第84話 「離脱」
俺の目の前にいるセンは、8年前とさほど変わっていなかった。
白と黒の髪。痩せた体。狂気的な笑み。
常人とかけ離れた殺意を纏った青年は、俺の前に再び現れてしまった。
「クロムちゃん、変わったなぁ。別人みたいに強くなった。顔付きと立ち振舞いで分かるぜ。しかも、ちょっと男らしくなったか?」
センから見た俺は変化があったらしい。
「セン、お前は変わってないな。あの夜の後、お前はどうした? 集落に帰ってのうのうと暮らしていたのか?」
「あの集落の大人達なら皆殺しにしたぜ。その後は……大陸中をブラブラしてたな。自由って最高だぜ。心置き無く人間を殺せるからな」
「そうか……。予想通りで最悪の返答だ」
俺はクロミールを構えて、剣先をセンに向けた。
「殺人鬼のお前を許す訳にはいかない。これ以上罪を重ねる前に、俺が殺してやる」
「オレもクロムちゃんをぶっ殺したいぜ。今のクロムちゃんは、命が輝いてるからな」
センは薄い刃の剣を構え、俺を睨んだ。
「っと、その前に……だ。そこの黄色い髪したテメェ。カインズ・ハルバートだろ?」
センはカインズに視線を移した。
「何故ボクの名前を知っているのかな」
「『観察者』のクソジジイに聞いたんだよ。それよりいいのか? こんな所で油売っててよ!」
「どういう意味?」
「ハルバート家の屋敷に、オレの仲間が向かっているぜ。今頃、テメェの家族が虐殺されまくってんじゃねぇの?」
「なっ……!」
カインズの表情が歪んだ。屋敷にはカインズの家族や、クロム隊の仲間達がいる。あそこにも、センの仲間のテロリストが来ているのか。
「早く帰ったらどうだ? 家族が心配だろ? オレもクロムちゃんと積もる話があるし、邪魔なテメェは屋敷に帰ってくれねぇか?」
センが神経を逆撫でするような声で呼び掛ける。
だがカインズは、すぐに戻ろうとしなかった。
「ボクはクロム隊長を守らなくてはいけない。この場から去る訳には……」
カインズの言葉を聞いて、センは露骨に不機嫌そうな顔をして腰を低くした。
「帰れって言っただろぉ?」
刹那、センがカインズに急接近した。カインズ以上の瞬発力で前進したセンは、剣を構えたままでカインズの眼前に立っていた。
「……っ!」
カインズが反射的に後ろに跳んだ。背後には死体や瓦礫などの障害物が多く散乱している。後ろが安全な保証など無い。だが、カインズは跳んだ。
カインズがいた空間をセンの剣が斬る。大きく後退したカインズは、息を切らして立っていた。
カインズはセンの奇襲をギリギリで回避した。
……と錯覚するほどの回避速度だった。
「え……?」
カインズとセンの間には、紅く染まった小道が出来ていた。ドロドロとした血液が、道路を這うように広がっていく。
カインズは自分の右腕を見た。
手首から先が無かった。
「うわああああああああああああああああああ!」
絶叫するカインズの右手首から、血がどんどん溢れ出す。カインズは懐からミミの止血剤を取り出し、中身を手首に撒いた。ピンク色の液体が傷口を覆って、たちまち出血を抑えた。止血が迅速だったため、命に別状は無いだろう。
「オレが珍しく、殺さないでやるって言ってんだからよ。さっさと消えろ。それともここで死ぬか?」
センは切断されたカインズの右手を蹴飛ばそうとする。俺はクロミールを降り下ろし、センの脳天を狙った。だがセンは俺の斬撃をかわし、素早く後退した。センは俺から少し離れて、体勢を立て直す。
俺はカインズの手を拾って、カインズに向かって投げた。カインズは左手でキャッチする。
「カインズ、お前は屋敷に戻れ。皆が心配だ」
「でも、ボクはクロム隊長を守らないと……」
カインズが共闘してくれるのはありがたい。だが、俺の手助けをして他の人が死んだら本末転倒だ。俺達は今、多くの命を守るために戦っている。
「いいから戻れ! 『約束』を忘れたのか!」
俺とカインズが屋敷を出た際に決めた『約束』。俺の指示に従うこと。
「しかし……」
カインズは逡巡していたが、歯を食い縛って言った。
「分かりました。どうかご無事で!」
カインズは屋敷に向かって走り出し、やがて姿が見えなくなった。
「ようやく二人きりだな……。クロムちゃん」
センが気持ち悪く笑い、カインズの血が付着した剣で空気を撫でる。
「まずはテメェがどれ程強くなったか……確かめさせてもらうぜ」
センは剣を構え、俺に向かってきた。




