第78話 「流星の一撃」
カインズ・ハルバートは強さを求めていた。
故にぬくぬくとした優しい環境を捨て、厳しい世界へと旅立った。
効率と安全が保証された中央都市の『正しい教育』ではなく、外の世界での数々の経験を選んだのだ。
ブブリアド・ハルバートは強さを求めていた。
故に中央都市の格闘術を学び、効率的に強くなろうとした。
外の世界で戦いを経験することなく、中央都市での修行の道を選んだのだ。
かつてのブブリアドは当主になるために、ひたすらに己を鍛えた。結果としてブブリアドは女性らしさからはかけ離れた醜い姿になっていったが、それでも構わなかった。
ブブリアドと対戦して勝てる者はいなくなり、やがて彼女は『最強』と呼ばれることになった。ブブリアドが当主になった時には、彼女に逆らう者は誰もいない。
『島砕きのブブリアド』は、ハルバート家で最も恐ろしい存在なのだから。
そんなブブリアドに、『弱点』を突き付けた人間は、カインズただ一人。
「ワタクシの……弱点ですって……?」
ブブリアドは歯を剥き出しにし、目を見開いてカインズに近付いた。
「強がってんじゃないわよクソガキ! ワタクシに勝つ? やれるもんならやってみな!」
ブブリアドの息が荒らぶり、猛獣のような形相になる。
「じゃあ早速見せてあげますよ。ボクの本気を」
カインズはブブリアドに背を向け、全力でブブリアドから逃げた。
瞬く間にブブリアドから離れるカインズを見て、ブブリアドは口元を歪ませた。
「怖じ気づいたのかしらぁ? でも逃がさないわよ!」
ブブリアドはカインズを追いかけ、徐々に距離を縮めていく。
それがカインズの思惑通りだとも知らずに。
自分の『最強』の強さに絶対の自信を持つブブリアドは、何の警戒心も抱かずに、カインズに突撃していた。
クロムだったら、カインズが逃げた時にすぐに追いかけたりしないだろう。何か企んでいると踏んで、警戒するはずだ。
カインズは急停止し、振り返ってブブリアドに対峙した。ブブリアドに向かって一直線に走るカインズ。みるみるうちに距離が詰められていった。
100メートル……80メートル……50メートル……。
カインズもブブリアドも、車を凌駕する速さで走っていた。
その違和感に気付いたのは、クロムだけだった。
カインズのスピードが、いつもより速い……!?
今までも尋常でない速さで走っていたカインズだが、今のカインズの速さは過去を超えている。
当然だ。カインズは日々努力を重ねていた。任務の間や仕事の間に、自分の脚力を鍛えていたのだ。アジトの訓練場は修行の場として狭すぎるので、ラトニアの平原を使って、体力の限界が来るまで走っていた。
今のカインズの最高速度は、ブブリアドをも超える。
短い助走では大して速く走れないカインズだが、長く助走をつければ、並外れたスピードで走ることが出来る。こうなってしまえば、もうクロムですら対処出来ない。
そしてブブリアドでさえも、カインズの全速力にはついていけない。
何故ならブブリアドは『反応速度が遅い』上に、『動きに無駄が多い』からだ。
それがカインズの見つけた、ブブリアドの弱点。
カインズはブブリアドとの戦闘中、ずっとブブリアドの動作と顔に注目していた。
クロムから教わった、『相手の視線を見て行動する』という技術に基づいて。
視線に注目すれば、相手の次の行動が簡単に読み取れる。ブブリアドは攻撃に移る際、無駄な動きが多かった。しかも、攻撃を仕掛ける場所に視線を向けたため、簡単に回避でき、決定的なダメージを受けずに済んだ。
ブブリアドはカインズの攻撃を受け止めていたが、これは『避けなかった』のではなく、『避けることが出来なかった』のだ。カインズの素早い蹴りに反応しきれなかったブブリアドは、声を大にして「攻撃が当たっても効かない」ことを強調していた。
そして、ブブリアドの視線が『カインズが攻撃を開始する時ではなく、ブブリアドが攻撃を受けてから動いていた』という事実を、カインズは見逃さなかった。
ブブリアドの所作の一つ一つを警戒していたから。
迫り来るブブリアドに対して、カインズはスピードを落とさずに走っていた。
そしてブブリアドが間合いに入った瞬間……『一瞬』という言葉が長く感じる程の刹那的な瞬間に、全力の蹴りを叩き込む……それがカインズの勝算だった。
ブブリアドの反応速度では、この攻撃はかわせないだろう。
だが、簡単に出来ることではない。タイミングが早ければ空振りになるし、タイミングが遅ければブブリアドに正面衝突してしまう。
それに、カインズの本気の一撃が、ブブリアドに効く保証は無かった。
しかし、カインズはこの一撃に賭けた。今のカインズが出来る、精一杯の攻撃に。
「うがあああああああああああああああああ!!」
ブブリアドは獣のような雄叫びをあげ、カインズに突進してくる。カインズもブブリアドに向かっているため、相対速度は尋常でない。この突進は、近代兵器と肩を並べる威力だろう。
しかし、その相対速度を利用するのはカインズの方だ。
ブブリアドが目の前にまで近付いた時、カインズは思いっきり左足を前へ撃ち込んだ。
流星のような、弾丸のような、速く強い一撃を。
鈍く大きな衝突音が、その場にいる全員の耳を襲った。
次の瞬間に目に移ったのは、後ろに吹っ飛ばされるカインズ。そして……。
紫色のドレスを身に纏った巨大な肉の塊が、猛スピードで転がる姿だった。
「あばああああああああああああああああああああああ!!」
カインズの蹴りを食らったブブリアドは目にも止まらぬ速さで転がり、後方へ吹っ飛ばされていた。ブブリアドの肉体は屋敷の壁という壁を突き破り、勢いを落とすことなく進んでいく。弾力に溢れたゴムの塊みたいな肉体が、ボヨンボヨンと揺れて暴れ狂う。ブブリアドの叫び声と破壊音がクロム達の耳に届かなくなるまで、ひたすらに転がっていた。
辺りに広がるのは、瓦礫と平坦な土地のみだった。屋敷の建物は、まるで廃墟のように崩れていた。
観衆達は、言葉を失っていた。目の前で起こった劇的な光景に、思考能力を奪われていた。
恐怖を覚え、立ちすくむ貴族もいた。
この光景は、お伽噺に出てくるようなドラゴンや悪魔の仕業ではない。
優秀な遺伝子を持つだけのただの人間が起こした、ただの家族喧嘩なのだ。
「カインズ!」
クロムはカインズの元へ駆け寄っていた。クロム隊のメンバー、そしてレイティアとメイリーとヴィルカートスとティアナ姫も、クロムに続いた。
カインズは地面に倒れ、苦しそうに呻いていた。左足を押さえながら、ゆっくりと立ち上がるカインズ。
「カインズ、お前……。大丈夫か?」
大丈夫でないのは火を見るより明らかだが、だからこそクロムは心配の声をかけずにはいられなかった。
カインズはよろよろとクロムの肩に掴まり、笑顔を見せた。
「大丈夫……ですよ。背中と足がちょっと痛いですけどね……」
吹っ飛ばされた時に、背中を強打したカインズ。大きな怪我こそ無いものの、平気とは言えない状況だ。
「それより……大叔母様は?」
カインズが視線を向けた先には、ブブリアドが転がった跡がくっきりと残っていた。ミサイルでも撃ち込まれたのではないかと思える程、凄惨な光景だった。崩れた建物と、凸凹の地面のみが広がっている。
大きな重量を持った物体が高速で転がった結果、このような有り様となった。
「大叔母様は生きているでしょうか……」
カインズは不安そうに尋ねた。
ヴィルカートスがブブリアドのいる方向を向き、言った。
「私が確かめてこよう」
ヴィルカートスは勢いよくダッシュし、1分も経たずに戻ってきた。
「安心しろ。死んではいない。気絶しているようだがな」
カインズはほっと胸を撫で下ろした。
「よかったです」
「いいわけ無いだろう。こんなに暴れよって。ハルバート家のお屋敷を、何だと思っている」
ヴィルカートスはカインズの頭を軽く叩いた。
ヴィルカートスの表情は、厳しく怒っていた。
「叔母の元には医者を手配する。カインズ、貴様も怪我の治療をしてもらえ」
「お父様……」
カインズはヴィルカートスに向き合った。
「ボク、大叔母様に勝ちました。お屋敷もボロボロにしました。こんなボクを、本当に当主にするんですか?」
「貴様の言い分など通らん。次期当主はカインズ、お前だ」
カインズは俯いて、表情を暗くした。だが、ヴィルカートスは続ける。
「まぁ、しかし……。アイズにいたいというのなら、許してやらんこともない」
カインズは顔を上げて、ヴィルカートスを見た。
「本当ですか!?」
「ああ。『当主は屋敷から離れてはいけない』というのは、不文律であって決まり事では無いからな。お前がアイズの活動を続けることくらい、問題無いはずだ。私は当主は屋敷にいるべきだと思っているがな」
「ありがとうございます!」
「勘違いするなよ。あくまでも当主はお前だ。当主を拒むというのなら、この話は無しだ」
「はい!」
カインズはヴィルカートスの襟元にある、当主の証である記章を取って、自分の襟元に付けた。
「私のを取るな……馬鹿者」
ヴィルカートスはカインズの頭を軽く叩いた。
ヴィルカートスの表情は、優しく微笑んでいた。
そしてこの日、歴史あるハルバート家の屋敷は半壊したのであった。
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