第79話 「異臭と異変」
カインズとブブリアドの戦いが終わった後、俺達は屋敷の後片付けを始めた。
屋敷が紛争地帯みたいな有り様になっているのは、流石によろしくないだろう。
貴族達やクロム隊が力を合わせて、穴と瓦礫だらけの地面や、崩れた壁の修繕に励んでいた。
その時、レイティアがふいに作業を止めた。
「この匂いは……?」
レイティアはしきりに鼻をひくひく動かし、周りを見渡している。
「どうした、レイティア」
俺が尋ねると、レイティアは眉を潜めて答えた。
「血と……火薬の匂い……!」
その場にいる人々の視線が、レイティアに集まった。
「何だと!?」
ヴィルカートスも鼻を動かし、低く唸った。
「確かに……。遠くから匂うな」
イミリも匂いを嗅いで、不機嫌そうな顔をした。
「チョーあり得ないんだけど! 血生臭い!」
一体、何が起こったというのだ。
ヘンリーは耳を澄ませ、屋敷の外を向いた。
「爆音のような音が聞こえたな。……あと、民衆の悲鳴。爆発事故でも起こったか?」
ヘンリーとイミリはポケットから『マインド』を取り出し、画面を凝視した。掌サイズの金属と画面の板には、何も映っていない。
「ちょっとどういうこと!? マインドが壊れてるんだけど!」
不満を垂らすイミリの隣で、ヘンリーも訝しげに画面を見ていた。
「いや、俺のマインドも動かない」
他の貴族達も『マインド』を取り出したが、どれも起動しないようだ。
触ろうが叩こうが、うんともすんとも言わない『マインド』達。
「事故だとしたら緊急速報がマインドに送られるのだが、困ったな。これでは発生場所すら分からない」
辺りがざわつき始める中、ヴィルカートスが冷静に呼びかけた。
「全員のマインドが壊れているということは、『イマジンハート』に不具合が生じている可能性がある。先ほどの爆発が関係しているとしたら……テロが起こったやもしれん」
一斉に、緊張が走った。
「非常事態だ。慌てた行動は避け、軍の指示を待て」
中央都市の軍は、都市内の治安維持活動をしている。もしテロが発生したのなら、軍が動いているはずだ。
しかし、俺はアイズの一員。人を助ける仕事だ。軍が出動しようがしまいが、俺が動かない理由は無い。
「エリック達はここで待機していろ! 俺は現場へ向かう!」
俺が屋敷の外へ向かって走り出すと、ヴィルカートスに止められた。
「待て。勝手な行動はするな」
ヴィルカートスの言うことも一理ある。だが、ここで黙って指をくわえている訳にはいかないんだ。
「行かせて下さい。俺はアイズの隊長です」
「駄目だ。客人の身に何かあったとなれば、ハルバート家の恥だ」
「だったらボクも行きます!」
カインズが身を乗り出して、ヴィルカートスの肩を掴んでいた。
「ボクがクロム隊長を守ります」
何を言っているんだ。そんなボロボロの体で。
「やめろ。俺一人で行く。怪我人を連れて行けるか」
「死んでも足手まといにはなりませんから。それに、クロム隊長一人だと迷子になるでしょう」
それは正直否定しきれない。迷宮のような中央都市の街中を、迷わずに歩ける自信は無い。
「だが……」
「ええい、もういい! 勝手にしろ! カインズといい、アイズといい、自分勝手が過ぎるな! だがこの私の名において、貴様等の要求を認める!」
俺が反論を考えていると、ヴィルカートスがカインズの背中をドンと押した。
「ただし、条件がある。……無事に帰って来い!」
カインズは、元気に頷いた。
「はい!」
そして、俺の顔を見る。
「いいですよね? 隊長」
「……仕方ない。だが俺からも約束だ。俺の指示に従え」
「それは約束するまでもないことですよ」
「あの、お二人に、これを……」
ミミが二本の試験管を出し、俺とカインズに手渡した。ピンク色の液体が入っている。
「止血剤です。もしもの時のために」
止血剤用の試験管は、割れにくいようになっているらしい。俺とカインズは懐に試験管を入れた。
「ありがとう、ミミ」
俺は他の皆にも指示を出した。
「ミミ、ファティオ、エリック、ユリーナは待機だ。しばらく経っても俺が帰って来なかったら、各自の判断に従って行動しろ」
エリックはアイズの制服を手に取り、カインズに向かって投げた。
「ほらよ、受け取れカインズ!」
カインズはふわりと飛ぶ制服をキャッチした。
「コイツが要るだろ? お前はアイズのメンバーだからな」
カインズは顔を綻ばせた。
「ありがとう、エリック!」
カインズは制服をスーツの上から着て、言った。
「さぁ、行きましょうか!」
そして、俺達は走り出す。
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