第76話 「家族喧嘩」
レイティアが貴族達の人混みを掻き分け、前に出てきた。
「兄上、やめて下さい! 大叔母様はハルバート家で最強と呼ばれたお方。戦ったら死んでしまいます!」
レイティアが戦いを止めようと叫んだが、カインズは聞く耳を持たない。
「大丈夫。ボクはそう簡単に死なないよ」
メイリーもレイティアの隣に来て、場を収めようとした。
「レイティアの言う通りよ。やめなさい。ほら、あなたも言ってあげて」
メイリーはヴィルカートスの腕を掴んで、同意を求めた。
ヴィルカートスはため息を吐いて、カインズに向かって言った。
「いいか、カインズ。私だってお前が当主になることには反対だ。お前よりレイティアの方が相応しいと思っている。だがな。一族はお前を選んだのだ。これは私の意思ではなく、ハルバート家全体の意思だ。無駄な抵抗はやめて、当主になれ。万が一お前が叔母を倒せたとしても、お前が当主になることは変わらない」
家族からの反対を受けても、カインズは自分の意思を曲げなかった。
「ここで大叔母様を倒したら、一族も考えを変えるんじゃないですか? ハルバート家の最高権力者に歯向かうような暴れん坊の問題児は、当主に相応しくないでしょうし」
ブブリアドも、闘志を剥き出しのままだ。
「でしゃばるんじゃないわよ、ヴィルカートス。どのみち、カインズにはお仕置きを与えなきゃいけないからねぇ」
ブブリアドは息を荒くして、叫んだ。
「もうすぐ戴冠式が始まるから、そっちに行きたい奴は行きな! ここにいても、巻き添えを食らわない保証は無いわよ!」
貴族のうちの数人が、逃げるようにその場を去った。彼らの怯えきった表情が、ブブリアドの強さを表している。
『島砕き』の異名を持つ、ブブリアド・ハルバートの強さを。
「クロム隊長達は、手を出さないで下さいね。これはボクと大叔母様の戦いです」
カインズは俺達に掌を見せ、『来るな』という意思を表した。
ブブリアドの実力がどのくらいのものかは分からないが、戦えばカインズは無傷ではいられないだろう。正直、心配だった。
だが、カインズは強い信念を持つ男だ。生半可な覚悟で強敵に喧嘩を売ったりしない。アイツが「手を出すな」と言ったのなら、決して手を出してはいけないんだ。
ここで俺達がカインズに手を貸したら、それはカインズに対する侮辱になる。
「分かった」
俺はカインズの邪魔にならない所まで下がった。クロム隊のメンバーにも、俺の近くに来させる。
「俺達はここで見守っていよう」
見届けようじゃないか。カインズの勝利を。
「大丈夫……なんですか……?」
ユリーナが心配そうに俺を見た。誰だって不安だし、カインズに協力したいはずだ。だが、同時にカインズを信じているはずだ。だから見守っている。エリックも、ファティオも、ミミも。
「信じよう」
そしてカインズの家族もその場に残り、多くの貴族とクロム隊が、この家族喧嘩の観客となった。
しかしこの戦いは、『喧嘩』というにはあまりにも破壊的すぎた。
「手加減はしないわよ!」
ブブリアドがカインズに向かって突進する。車を超える程のスピードで前進する巨大な肉の塊が、轟音と共に壁をぶち破った。
常人がこれを食らえば、骨が折れ、内臓が破裂し、死に至るだろう。体が丈夫なカインズが受けても、ただじゃ済まないはずだ。
言葉通り、手加減はしないらしい。
「ボクも手加減しませんよ」
それは、カインズも同じことだ。
カインズはブブリアドの一撃を避け、ブブリアドの左横に回っていた。
ブブリアドがカインズの方を向くより早く、カインズの脚が牙を剥く。
岩をも砕くカインズの蹴りが、ブブリアドの横腹に直撃した。
ブブリアドの贅肉がブヨブヨと暴れ狂い、奇怪に揺れた。
「効かないわねぇ……」
ブブリアドはいやらしく笑い、カインズの足を掴んだ。カインズが抵抗する暇も無く、カインズは思いっきり投げ飛ばされた。カインズの体が空高く飛び上がる。
カインズの体は弧を描きながら宙を舞い、30メートルくらいの高さの展望台に激突した。
「うぐっ……!」
展望台の壁に亀裂が走り、崩れていく。カインズは瓦礫と共に地面に落下した。
地面に激しく打ち付けられたカインズの体に、容赦無く無数の瓦礫が降り注ぐ。
「カインズ!」
気付けば、俺は叫んでいた。このままでは、カインズが生き埋めになってしまう。
「大丈夫……です……っ!」
カインズは素早く立ち上がり、瓦礫から脱出した。カインズの灰色のスーツが、薄汚れた粉塵にまみれている。
カインズは痛みをこらえるように、歯を食い縛っていた。
大ダメージを受けているのは明白だった。あんな重量を持った物体が高速で衝突すれば、生半可な威力にはならない。父親に殴られても平然としていたカインズだが、ブブリアドの一撃の重さには苦痛を隠せていなかった。
圧倒的な破壊力。それに加え、カインズの攻撃はほとんど通っていない。厚い贅肉の壁が、衝撃を和らげているようだ。
高い攻撃力と防御力を兼ね備えた存在。これがハルバート家最強の女なのか。
「偉そうな口を聞いた割には、随分軟弱ねぇ……。やっぱりワタクシの教育を受けなかったからかしらぁ?」
ブブリアドが醜い笑みを浮かべて、カインズに近付いた。
悪魔のように冷酷な眼差しで。ドラゴンのように恐ろしい足取りで。




