第6話 「ネーミリカ・ユルマ」
ネーミリカ・ユルマは思い出す。蜜の楽園で働き始めたあの時のことを。
貧乏な彼女は毎日を生きるのが精一杯だった。家もない。家族もいない。仕事もない。唯一の取り柄は美しい顔と肉体だけだった。
ネーミリカは娼館で働くことを決めた。
国立の娼館に就職すれば、高額の収入を得ることができる。法律で保護された国立娼館なら、娼婦の待遇がいい。アブノーマルなプレイを強要されることは無く、あくまで子作りが目的の行為を行う。国立娼館は政府の人口増加政策の一環だからだ。
国立娼館は男女の出会いの場にもなるので、お見合いのようなものだ、とも言われている。楽な仕事で高収入を得て、なおかつ、幸せな家庭を手にすることも出来るかもしれない。
しかも当時のネーミリカは処女で、若かった。性的な経験に興味があったのだ。
ネーミリカに迷いは無かった。
ネーミリカが就職した娼館は国立ではなかった。蜜の楽園という私立娼館である。
もっと情報収集を行ってから就職すべきだったのだが、それを怠るのが若さというものだ。
蜜の楽園での仕事はネーミリカの望んだものとは違った。
女性を物のように扱う、客と職員。劣悪な労働環境。低い賃金。
一日に何度も連続で仕事をさせられ、やっと休憩時間が来たかと思えば職員に犯される時もある。客の健康状態や衛生状態をチェックしないため、病気を移されることも多かった。その度にオーナーが、怪しい闇医者を娼館に呼んで治療したが、治療費は自腹だった。
次第に疲労と暴行でボロボロになっていく体。しかし、逃げることもやめることも許されない。
無法地帯の私立娼館。
ネーミリカが働き始めてから一ヶ月後。ネーミリカが妊娠した。
ネーミリカは職員にそのことを告げたが、休みは貰えなかった。
「妊婦の需要は結構高いからなあ。儲け時だ」
オーナーは平然とした顔でそう言った。
一応仕事量は減った。ネーミリカが仕事の負担で死なないように、配慮もされていた。
だが、知らない男の子供を孕みながら、その父親でもない男と交わる時、ネーミリカは罪悪感に苛まれていた。
父親の顔を見れないであろう我が子に、ただひたすら謝った。
勿論、ネーミリカは何も悪くないのである。罪があるとすれば、それは無知だったことに他ならない。私立娼館という監獄に自ら入ってしまった、その愚かさだ。
ネーミリカは涙を流しながら腰を振った。命一人分だけ重い、その腰を。
やがてネーミリカは出産した。女の子だ。母親の過去などまったく知らない、純粋な瞳の赤ちゃんだ。
最初妊娠したときは苦しくて辛いことがいっぱいだったが、お腹と共に膨らんでいった愛情があれば、そんなものはどうってことない。
ネーミリカは愛娘を抱いて、オーナーの所へ向かった。娘を育てるため、仕事をやめたいと言うためだ。すんなりと認められないだろうけど、土下座でも何でもするつもりだった。
オーナーはネーミリカの娘を見るなり、こう言った。
「女か。好都合だ。あと10年も経てば使えるだろ。いい商品に育てろよ」
ネーミリカは絶句した。それと同時に気づいた。
コイツらは、アタシを逃がすつもりは無い。
ネーミリカは既に人気ナンバー1の娼婦だった。容姿も、プロポーションも、テクニックも一流だからだ。
そして何より、行為中、常に悲壮感溢れる表情をしているのが、客の興奮を誘ったからだ。絶望に満ちた顔の女を無理矢理服従される喜び。
ネーミリカは、蜜の楽園で一番の雌になっていたのだ。
ネーミリカの娘は都会の育児施設に預けられた。養育費は娼館の職員が払うという。それはつまり、職員に人質をとられたということである。
「俺達に逆らったら、支払いをやめるぞ。そうなったら、あの子は住む場所が無くなっちまうなあ……。のたれ死ぬだろうなあ……」
ねっとりとした声で、オーナーがネーミリカを脅す。逆らえるはずは無かった。ネーミリカにとって、娘は何物にも代えがたき宝だ。
「分かり……ました」
ネーミリカはその後、2人の子供を生んだ。1人は男の子。もう1人は女の子。2人とも、育児施設に預けられた。
ネーミリカの顔から絶望は消えていき、明るく振る舞うようになった。
いつか自分に商品的価値が無くなれば、仕事をクビになるはず。そうしたら、あの子たちに会いに行こう。
希望を得たネーミリカは、笑顔の魅力的な女になった。仕事を積極的に行い、まるで男好きで性欲の高い女のようになった。これはこれで需要が高く、職員たちはネーミリカを信頼している。
従順になるのだ。決して職員達の機嫌を損ねないように。
いつかあの子達に会うために。