第62話 「カインズの両親」
ハルバート家のお屋敷の門を開くと、その先には石造りの真っ直ぐな道が続いていた。道の左右には、メイド服姿の女性達がずらりと並んでいる。彼女らは頭を下げ、一斉に挨拶をした。
「お帰りなさいませ、カインズお坊っちゃま!」
大勢のメイドに囲まれた道を通りながら、カインズは「ただいま」と一人一人に挨拶を返している。
何て言うか……。本当にお坊ちゃんなんだな、カインズ。
メイドの道を過ぎた後は、広い部屋に入った。綺麗な装飾が施された机と椅子がいくつも並び、高い天井にはシャンデリアがぶら下げてあった。
「ここは大講堂です。話し合いに使ったり、パーティーに使ったり……要するに多目的室ですね」
カインズは部屋の紹介をして、ぐるりと周りを見渡した。
「メイド達の様子を見るに、ボクが帰ってくることは知られているようですね。じゃあ、もうすぐお父様達も来るでしょう」
すると、黄色のドレスを着こなした女性が、大講堂に入ってきた。黄色い長髪を優雅に揺らす、なかなかの美人だ。顔立ちはレイティアに似ている。彼女はカインズの顔を見た途端、驚いた様子でこちらに走ってきた。長いドレスを着ているとは思えない、ハイスピードで。
「カインズ! カインズなのね!」
彼女はカインズのに抱き付き、涙を流し始めた。
「良かった……。死んじゃってたらどうしようかと……。本当に無事で良かった……」
「心配をおかけしました、お母様」
カインズは母親の背中を撫でて、微笑みを送った。
「皆にも紹介します。こちらがボクの母。メイリー・ハルバートです」
メイリーはカインズからゆっくり離れ、俺達の方を見た。
「あら、カインズのお友達? こんなに沢山のお友達が出来て、立派になったわねえ」
メイリーは深々と頭を下げた。華麗な礼だった。
「息子がお世話になっております。カインズの母の、メイリーと申します」
「アイズ所属の、クロムです」
どういう礼を返せばいいか分からなかったので、軽く会釈して自己紹介した。
「アイズの方でしたか。皆さんアイズの制服を着てらっしゃいますものね。ああ、カインズ。貴方、アイズに入隊したのね。人助けのお仕事だなんて、偉いわ」
メイリーはカインズの顔を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「レイティアもお帰りなさい。カインズと一緒に帰ってきたの?」
「はい。母上」
「衛生団でのお仕事、ご苦労様」
カインズが母親を感動の再会を果たしたところで、大講堂にもう一人の人物が入ってきた。黄色い短髪の、目付きが鋭い男性。立派な髭と眉間のシワのせいで、恐ろしい印象を与える人だった。今まで出会った強者達と同じ、強靭な雰囲気を醸し出している。
メイリーは彼を見ると、近付きながら叫んだ。
「あなた! カインズよ! カインズが帰ってきたのよ!」
メイリーは男性の側に立った。あの男が、カインズの父親か。
「カインズ、か……」
男はカインズを睨んだまま、ずかずかとこちらに前進してきた。
カインズが頭を下げ、再会の挨拶をする。
「お父様、お久しぶりで……」
カインズが言い終わるより先に、父親の拳がカインズの右の頬を抉った。瞬間的な一撃がカインズを襲い、カインズは吹っ飛ばされる。室内の机やオブジェにぶつかって、カインズは壁に激突した。
「兄上!」
すかさずレイティアがカインズに駆け寄る。
「このどら息子が。貴様がいなくなったせいで、一族がどれだけ迷惑を被ったと思っている。恥を知れ」
カインズの父親は、大地を轟かすような低い声で怒りを発した。
カインズがヨロヨロと立ち上がる。
「皆には迷惑をおかけしました。申し訳ないと思っています」
「ならば貴様は何をしに帰ってきた。まさか、いけしゃあしゃあと家督を継ぐつもりではあるまいな」
「そのまさかですよ。次期当主の座は頂きます」
「しばらく見ないうちに冗談が言えるようになったのだな」
「冗談じゃありません。本気です」
「ほざけ。貴様の目には、迷いが見えるぞ。外の世界で大切なものでも出来たか」
迷いと言われて、カインズは黙っていた。
「安心しろ。家を捨てた貴様に家督は継がせん。下劣な田舎で一生を過ごすといい」
カインズの父親は振り返り、部屋の外へ歩いていった。だが急に動きを止め、俺達の方を確認した。
「カインズ。この者共は誰だ」
「アイズの皆ですよ。ボクの仲間です」
「ふん、外で何をしていたかと思えば、下らん慈善事業をやっていたのか。普段なら田舎者共は追い出すところだが、カインズに免じて滞在を許可してやる。くれぐれも我が一族を汚すなよ」
そう言い残して、父親は大講堂を出ていった。
「なんですかアイツ! 感じ悪ーい!」
ユリーナは顔をしかめて、舌を出していた。
人見知りのミミは、またもや俺の後ろに隠れている。
メイリーが俺達の元に来て、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。あの人も悪気は無いんです。ただ、ハルバート家のことを考えているだけですの。折角カインズに会えたんだから、もっと優しくしてもいいんですのに……」
レイティアとカインズが俺達の近くに歩いてきた。
「あれがハルバート家の現当主。ヴィルカートス・ハルバートです」
仰々しい名前だな。
「カインズ、怪我は無いか?」
「あると思いますか?」
無いだろうな。カインズだったら、数メートル吹っ飛ばされたぐらいではかすり傷すら付かない。ヴィルカートスも、それを理解して殴ったのだろう。
「さて、他の人達にも挨拶に行きますか」
カインズが手を叩き、俺達は大講堂後にした。




