第4話 「逃走」
『アイズ』という組織が助けてくれるのだ。
そんな希望を手にしたユリーナは、昼食を済ませた後、ネーミリカと共に部屋に戻った。ここのルールを教えられるとか言われていたが、職員がユリーナに声をかけることはなかった。
ネーミリカ曰く、アイズがこの娼館に突入するのは、今日か明日の可能性が高いという。『仕事』をさせられる前に脱出できる可能性大だ。
「あれ?」
ユリーナはこのとき、ようやく『違和感』に気づいた。
ネーミリカさんはどうやってその情報を手に入れたんだろう。
それに、最初は「諦めろ」とか言ってたくせに、急に「ここを出られる」なんて言い出すなんて。
一度生じた疑問は、みるみるうちに膨らんでいった。
廊下の扉が開く音がした。そこから出てきたのは3人の男たち。職員だ。
彼らは娼婦部屋の鍵を次々と開け、中から娼婦たちを引っ張りだしていた。
「オラッ、早く外の車に乗りやがれ!」
先程ユリーナの部屋を開けた大男が、怒声をあげている。
『車』……というのは、確か中央都市で流行っている鉄の乗り物のはずだ。
何故娼婦たちに車に乗るように指示しているのか。ユリーナの頭の中で、また一つ疑問が湧いた。
ユリーナの部屋の鉄格子も開かれ、眼鏡をかけた男が、外に出ろと命令した。
「ネーミリカさん……」
ユリーナが不安を露にしてネーミリカの方を向くと、ネーミリカ優しく答えた。
「アイツらの言うことを聞いておきな。大丈夫」
ネーミリカとユリーナ、そして5人の娼婦が、3人の男たちに連れられて大型の車に乗り込んだ。女性たちは暗い小部屋のような空間に、男たちは車の運転席に座った。
「これは運搬用の大型トラック……。まずいわねぇ」
ネーミリカは小さく呟いた。
「どういうことですか?」
「アイズが来ることがバレたのかしら。アイツら、アタシ達を連れて逃げる気ね」
「逃げるって……どこにですか!」
「知らないわよぉ。でも、どこか遠くでしょうね。この店を捨てて、別の土地でまた娼館を続けるつもりだと思うわ」
「じゃあ、助けは……」
「来ない。そしてあんたはきっと、故郷にはもう戻れない」
「そんな!」
ただ一つの望みが絶たれ、ユリーナはその場に崩れ落ちた。
ユリーナが泣き出すと、釣られたように他の娼婦たちも徐々に涙を見せ始めた。ネーミリカは表情を固くしたまま、じっと床を見つめている。
トラックの荷台スペースの中で、すすり泣く声が響き渡る。その時だった。
「うっせえんだよ小娘共が! 黙らねえとぶっ殺すぞ!」
女の怒声が泣き声を一斉に止めさせた。
ユリーナたちが驚いて声の出所……つまり荷台スペースの隅っこを向くと、小柄な女が娼婦たちを睨み付けて立っていた。
露出の多い派手な格好をしており、右手には鞭を持っている。どこから見ても売春婦には見えない風貌だ。(いや、SMプレイの店なら話は別だが、『蜜の楽園』ではそういうサービスは取り扱っていない。)彼女は鞭を思いっきり床に打ち付け、威圧を込めた声でこう言った。
「アタイはサジェッタ。運転席にいる男共に頼まれて、お前らの監視をしている。妙な真似したら……分かってるよなぁ?」
車が耳障りなエンジン音を鳴らし、乱暴な足取りで発進した。
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