第42話 「悪欲」
「そろそろ自分は本部に戻りますねー。お仕事がありますからー」
ロマノが手を振りながら寝室を出た。
そう言えばロマノはラトニアに遊びに来ていたんだったな。もう帰らないとまずいだろう。本部の人達も団長の帰りを待ちわびているだろうし。
「ああ、じゃあな」
俺の軽い挨拶に、ロマノは笑顔で返した。
思えば、今日は色んなことがあった。
海で泳いだり、強敵に破れたり、カインズがプロポーズしたり。
もう時刻は夜だった。皆は解散し、各々の帰るべき場所に帰っていく。
レイティアはカインズが住んでいる家に泊まるそうだ。カインズがラトニアで購入した、小さな家だ。
カインズは今、立派に自立出来ている。俺が初めて会った頃より、あいつはずっと甲斐性のある人間になった。カインズの両親だって、今のカインズを見たらきっと認めてくれるはずだ。
俺だって、今に甘んじる訳にはいかない。修行のために家出したカインズのように、俺も自分を磨かなくては。
「とりあえず、訓練だな」
オーディンに負けない強さを得るために。もっと戦闘訓練を積んで、強くなりたい。
あの男は、とてつもなく強かったから。
* * *
チェルド大陸のどこかに存在する、不気味な洞窟。
人けが無い荒れ地にあるその洞窟は、悪党集団『イーヴィル・パーティー』の隠れ家だ。
オーディン・グライトは、妻のシエルと共に隠れ家に帰還した。
「待たせたな。我が輩が帰ったぞ」
ボスの到着を聞いて、一人の女が駆けつけた。子供のような体型のその女は、オーディンを見るやいなや、手に持つ鞭を思いっきり振るい、オーディンに向かって放った。鞭の先端がオーディンの足元を狙う。
オーディンは鞭の一撃を難なくかわし、攻撃の主に声をかけた。
「サジェッタか。随分乱暴な挨拶だな」
鞭の女……サジェッタはオーディンを睨んで怒声を浴びせた。
「おっせーんだよボス! 勝手にいなくなりやがって!」
どう見ても10代前半にしか見えない風貌のサジェッタだが、これでも成人を迎えた大人である。赤色の三つ編みポニーテールを揺らして、高い声で罵倒する様は、お転婆な少女のようだ。
「ボスがいねーと例の計画が進まねーじゃねーかよ!」
「焦ることはない。実行の日は一ヶ月後だからな」
怒るサジェッタと宥めるオーディン。何も知らぬ者から見れば、親子に見えたかもしれない。
「偽装パスポートも、王宮の地図も、準備は整っておるのだろう?」
「まあ、そうだけどよ……」
サジェッタは声のトーンを落として引き下がった。
「サジェッタ。ボスに乱暴な口を聞くのは止めた方がいい。ボスは怒ると恐い」
サジェッタの背後から、大柄な男が歩いてきた。髭が自慢の、ガンダス・ジルガリオだ。
「ガンダスゥ! テメエは黙ってろ!」
サジェッタがガンダスを睨むと、ガンダスは顔をしかめて足を止めた。
悪人揃いのイーヴィル・パーティーの中でも、ガンダスは比較的小悪党だ。スリやカツアゲくらいしかやったことがない。一人で大きな犯罪を行うのが恐いからだ。ガンダスはローリスクな悪事ばかり働く。図体はデカイが、ビビりなのだ。悪人としては、致命的だろう。それ故、サジェッタにはビビらされてばかりだ。
「そう言えば、サジェッタ。今日、アイズの隊員に出会ったぞ。お前が言っていたハルバート家の青年もいた」
オーディンの言葉に、サジェッタは不愉快そうに耳を傾ける。
「あのカインズとかいうガキか。今思い出してもイライラする」
少し前に、サジェッタはガンダスと組んで、私立娼館の用心棒をしていた。だが、アイズの隊員三人によって阻止され、護衛対象の職員達は全員お縄に就いたのだ。
「で、どうだったんだよ?」
サジェッタが期待を込めて聞いた。
「我が輩を捕まえようとしたのでな。返り討ちにした」
期待通りの答えに、サジェッタが思わずニヤける。
「ハッ! 無様なこった!」
笑うサジェッタの前で、オーディンはあの戦闘を思い出して密かに高揚していた。
ジャンバラの能力を受け続けてなお、オーディンに立ち向かったあの女。
クロム。ただ者ではない。
並の精神力の持ち主なら、ジャンバラの能力にすぐ屈し、数分も経たずに気絶するはずだ。だがクロムは長い間ジャンバラに耐えた。それも、激しい攻防を繰り広げながらだ。
斬撃の精度も凄まじかった。クロムの戦闘の腕前は、オーディンが目を見張る程だった。
歴戦の戦士であるオーディンが、初めて戦慄する相手だった。
「面白い……面白いぞ……」
なんだこの興奮は。なんだこの喜びは。
オーディンはかつて味わったことのない感情を噛み締めていた。
強敵との出会い。
一度は勝ったが、二度目は分からない。
「クロム……。我が輩は、貴様に興味が湧いたぞ」
あの女に悪の恐怖を刻み込み、屈服させたい。
魂の奥から、欲望が沸き上がった。
「また会える時を待っておるぞ」
オーディンは不敵な笑みを浮かべた。
* * *




