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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
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第41話 「天才貴族は強くなりたかった」

 カインズを寝室に運び、ベッドで安静に寝かせておいた。しばらくすれば目を覚ますだろう。短い間に二度も気絶して大変だな。

 軽い治療をしておいたが、これ以上は必要無いだろう。出血を伴う怪我は少なかったからな。

 カインズの寝室に、皆集まっていた。レイティアは心配そうにカインズを見つめていた。

「兄上……」


「ケッ、ざまあねえな」

 エリックはカインズに向かって憎まれ口を叩いている。ああ見えて、結構カインズを心配しているのだ。多分。

 レイティアはエリックを睨んだかと思うと、今度は俺を睨んだ。

「クロムさん、少しやりすぎではないのですか。兄上はこんなにも貴方を思っているのに、酷い仕打ちです。あんまりです。貴方には兄上の気持ちが分からないのですか!」

 次第に口調は感情的になっていき、ついには叫ぶような声量になった。レイティアの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 レイティアが言いたいことも分からなくはない。誰だって、兄が木刀で殴られまくったら気を悪くするだろう。

 でも、やりすぎだとは思っていない。カインズが本気で来る以上、俺が手を抜く訳にはいかなかった。カインズの気持ちは痛い程分かっているつもりだ。だからこそ、俺は本気で戦った。

 だが、そう言ってレイティアに反論すると大口論になりそうなので、俺は「すまない」とだけ返しておいた。


「ううっ……」

 しばらく経った後、カインズが目を覚ました。辛そうにしながらも、体をゆっくり起き上がらせる。

「兄上!」

 レイティアがカインズの手を取った。

「ここは……」

「お前の寝室だ」

 唸るような声で尋ねるカインズに、俺が答えた。

 カインズは周りを見渡し、俺の顔を見た。

「そうか……。ボクは負けたんですか……」

 声に悔しさが滲み出ていた。

「悔しいなぁ……」

 お前の感情はそんな一言で表せるはずはないのに。カインズは、ただ一言呟いた。


「負けたのなら仕方ありませんね。ボクは諦めます」

 さばさばとした感じで言っているが、諦めたくないのは見え見えだった。

 あと少しカインズの気絶が遅ければ。あと少し俺のギブアップが早ければ。

 カインズは勝利して、俺を妻に迎えたはずだった。

 戦いでハッキリと白黒付けるつもりだったが、むしろ決意は揺らいでしまった。

 気持ちを濁された感覚だ。


 俺は、どうすべきなんだ?

 「ギブアップするつもりだったからやっぱりお前と結婚しよう」とでも言うのか?

 覚悟を決めて、本気で俺に立ち向かった男に、どの面下げてそんな戯言が言えるんだ。カインズの思いを、台無しにするつもりか?

 ここで俺が結婚を承諾したら、あの勝負が意味の無い茶番になってしまう。それはカインズに対する裏切りだ。

 あいつは、死ぬ程悔しい思いをしながら、結果を受け入れて、『ワガママ』を捨てたんだ。

 だから、甘ったれた言葉なんて吐くな。

 俺は、カインズが決めたルールを尊重する。


「昔話を……してもいいでしょうか」

 唐突に、カインズがそんなことを言った。

「ボクが中央都市にいた頃の話です。ボクが家出した理由も、そこにあります」

 皆黙って耳を傾けた。カインズの昔の話か。初めて聞く。


「自慢ではなく事実として語るんですけど……ボクは生まれた頃から才能に恵まれていました。先祖代々から続けられた品種改良により、ハルバート家は優れた人間ばかり生まれてきます。でも、ボクは別格でした。生後2ヶ月にはもう一人で歩いて、1才の頃には並の大人より速く走れました。想像してみて下さいよ。オムツを履いた赤ちゃんが大人より速く走る様を。笑えますよね。良く言えば天才。悪く言えば化け物ですよ。言葉を操るような歳には、100メートルを10秒で走りました。ボクの足の力は、両親も驚く程優秀でした。周りの人間はボクを称賛しましたよ。10年に一度の天才だ、って」

 レイティアは「うんうん」と頷きながら話を聞いていた。


「大人達はボクを寵愛し、大事に大事に育てました。次期当主はカインズで決まりだ、なんて言いながら。何一つ不自由無い中で、ボクはぬくぬくと育ちました。自分でも、『自分は天才なんだ』なんて自惚れたことを思ってました。そんな時に、一冊の本と出会いました。努力を続けた凡人が、努力を怠った天才に勝つといった内容の童話です。純粋な子供心に、その内容は響きました。『このまま才能に溺れていたら、ボクは敗者になってしまう。努力しなきゃ』と思いました。周りの大人達は、『そんなことはない。カインズが凡人に負けるものか』などと言ったでしょう。でもボクは怖かった。自分がどうしようもなく愚かな敗者になる気がして、怖かったんです。大人達の誉め言葉を受ける度、自分が弱くなっていく気がしました。こんな優しい環境にいては駄目だ。もっと厳しい環境で、自分を鍛えないと。焦りと恐怖は、ボクの決意を固めました」

 カインズは途切れることなく話を続けた。


「だからボクは、中央都市を出たんです。見知らぬ土地で、自分を鍛えるために。12歳の時でした。両親には無断で出発しました。止められるのは目に見えていたから。その頃には既に車より速かったですから、誰が追いかけてきても逃げるつもりでした。初めて見る外の世界。予想より苦労しました。明日の食料すら無くて放浪してた時に、ラトニアのサーカス団に拾われました。あの人達は命の恩人です。感謝の念と共に、自分の無力さを感じました。ほら、天才だなんていっても、所詮はこの程度じゃないか。悔しいけど、嬉しかった。自分の弱さが知れて、嬉しかったんです。そして、アイズに入ることになり、クロム隊長に出会いました。模擬戦闘をしたんですが、完敗でしたよ。戦闘訓練は実家でも沢山しましたが、クロム隊長程強い人はいなかった。ハルバート家の男であるボクは、優秀な女性をお嫁さんにしようと考えました。そのため、クロム隊長にプロポーズしたんですが……勿論断られました。当時は愛の無いプロポーズだったので、断られても当然ですね」

 カインズは恥ずかしそうに過去を語った。


「それからというもの、多くの経験を積んできました。中央都市では味わえなかったであろう経験です。ボクは昔よりずっと強い人間になりました。皆のおかげです。長い間家出していたので、両親はきっとボクを心配したでしょう。本当はもっとここにいたかったけど、もう帰らないといけません」

 カインズは口を止め、しばらく黙っていた。

「皆……ありがとう……さようなら……」

 カインズの目から、ボロボロと涙が零れた。

 レイティアがハンカチを取り出して、カインズの頬に当てた。


「まだ一ヶ月ある」

 俺が言うと、カインズは俺の方に顔を向けた。

「一ヶ月後に帰るのなら、まだアイズは続けられるな。カインズ」

 カインズの顔が明るくなった気がした。

「はい!」

 元気な返事だ。

「お前の帰省に、俺達もついて行こう。お前が当主になる瞬間を見届けてから、もう一度別れの言葉を聞くとしよう」

「それは嬉しいですけど……いいんですか?」

「構わないさ。それが俺の『ワガママ』だ」

 俺が笑顔を向けると、カインズも笑顔を返してくれた。


 傷は、癒えたみたいだな。

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