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絶え損ないの人類共  作者: くまけん
第一章 チェルド大陸編
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  第一閑話 「人気ピエロのカインズ・ハルバートは少女のために街を駆ける」

閑話という名のオマケ話です。本編で書かれることは無いであろうショートストーリーを、作者の気まぐれで投稿します。


 ++++++++++++++++++++++++++++++++++


 これは、ユリーナがアイズに入団する少し前のお話。


 ラトニアの街には、愉快なサーカス団がいた。娯楽の少ないこの街では、サーカス団は人気者。特に、街の子供たちはサーカス団が大好きだった。

 サーカス団は街の公園でショーを行った。玉乗りだったり、ジャグリングだったり、手品だったり、とにかく目を引くパフォーマンスで人々を楽しませた。

 そんなサーカス団での一番人気は、カインズ・ハルバートという名のピエロだ。彼は5年前に街を放浪していた所をサーカス団に拾われ、ピエロとして働くことになった。

 カインズは家出して、当てもなくチェルド大陸をさまよっていた。彼の話を聞いたサーカス団は、快くカインズを受け入れたのだ。

「どんな事情があるかは知らないけどさ。家が嫌いなら帰らなくてもいいと思うよ。そんで家が恋しくなったら、アタシに言いなさい。いつでも見送ってやる。好きな時に帰ればいい」

 サーカス団のリーダーであるムーリエ・クーファは、そう語った。ムーリエはカインズにサーカスの基本を教えた。今ではカインズは立派なピエロだ。

 カインズは子供たちの前では明るくひょうきんに振る舞い、女性たちの前では優しくハンサムな姿を見せる。そしてカインズのパフォーマンスはド派手かつ繊細だった。人気が出るのも当然だろう。


 今日もカインズたちはショーをする。

 公園には10人の子供が集まり、ショーの開催を今か今かと待ちわびていた。

「よい子のみんなー! こんにちはー!」

 カインズの優しい声に、子供たちも「こんにちはー!」と元気よく返す。

「今日はボクたちラトニアサーカス団のショーに来てくれてありがとう! 早速、パフォーマンスを披露するよ!」

 カインズはそう言って黒い箱を取り出した。一辺20センチメートルくらいの箱から、赤いボールを取り出して、上に投げる。また取り出して、また上に投げる。落ちて来たボールをキャッチして、すぐさま上に投げる。その動作を繰り返していくうちに、カインズの頭上を6つものボールが上下運動をした。カインズはボールが地面に落ちることのないように、掴んでは投げた。カインズの手とボールの動きが、空中でだ円を描いた。これぞサーカス団名物、ジャグリングだ。カインズはこれを3日でマスターした。ムーリエも驚きの習得スピードである。

 カインズはジャグリングを続けながら、サーカス団の仲間が用意した大きな球体に飛び乗った。半径70センチメートルくらいの、水玉模様のボールだ。カインズは玉乗りでバランスを取りながら、器用にジャグリングを続けた。

「わあああ! すごーい!」

 子供たちから歓声が沸き上がった。

 カインズは足の動きには自信があるのだ。玉乗りなんか朝飯前だ。


 カインズや他のパフォーマーが場を沸かせた後、最後のパフォーマンスが始まった。カインズがサーカス団に入ってから考案されたパフォーマンス。カインズにしか出来ないことだった。

「今から、あそこの輪っかをくぐります!」

 カインズが指差した先にあるのは、高さ30メートルの大木のてっぺんにあるフープ。人が通り抜けられる程の大きさだった。

「えー、そんな高いとこ無理だよー」

「どうやんの? ねえ、どうやんの?」

「木に登るんじゃない?」

 子供たちがわくわくしながらカインズを見た。

 カインズは子供たちから少し離れて、腰を低くした。

「行くよ!」

 カインズは何の小細工もすることなく、ただ普通にジャンプした。カインズの足下に砂埃が舞い、カインズは空高く飛ぶ。そして木の枝に付けてあるフープの穴をくぐり、地面に落下した。カインズは怪我一つなく着地して、子供たちに手を振った。

 公園に、今日一番の歓声が響き渡った。


 今日のパフォーマンスが終了し、片付けの時間になった。

「いやー、今日も大成功だったよ! カインズ君のお手柄だね」

 サーカス団の先輩がカインズに声をかけた。

「いえ、皆さんのおかげですよ」

「またまたカインズ君は周りを立てちゃってー!」

 このサーカス団は、いつも笑顔だ。楽しくて、明るくて、カインズは居心地が良かった。

 アイズの皆とも仲良くやれてる。サーカス団の皆とも楽しくやれてる。

 ここには、カインズが求めていたものがあったのかもしれない。


 カインズは中央都市での少年時代を思い出し、今と比べ、そして微笑んだ。

 今は幸せだ。帰りたくない。でも、いつまでもここにいる訳にはいかない。

 ハルバート家としての宿命があった。カインズは、中央都市に戻らなくてはいけないのだ。


 でも、今だけは。今だけは、楽しませて欲しい。充実した毎日を許して欲しい。

 カインズは自分の思いを噛みしめ、街を歩んだ。

 すると、一人の少女がカインズの元に駆け寄り、手紙を渡した。

「ピエロのお兄さん。お父さんにお手紙を渡して!」

「手紙?」

 少女の手紙には、幼い字で「お父さんへ」と書いてあった。

「うん。ピエロのお兄さん、すっごく高くジャンプ出来るから、お星さまにお手紙届けて欲しいの」

「え?」

 一瞬、カインズが理解に苦しむと、少女は悲しそうに言った。

「お父さん、お星さまになったんだって。お母さんが言ってた。だから、お父さんのお星さまにお手紙渡したいの」

 カインズは納得した。この子のお父さんは死んじゃったんだ。だから、星になったお父さんに手紙を届けたい、と。

「……ダメ?」

 少女は涙目になっていた。カインズが断ると思ったからだ。

 カインズに断る理由は無かった。断れなかった。

「もちろんいいよ。ボクに任せて」

 少女は顔を明るくして、「ありがとう、ピエロのお兄さん!」と言って走っていった。

「それと、お父さんからお返事もらって来て!」

 無茶な要求を追加しながら。

「………………」

 カインズは困惑しながら、去り行く少女に手を振った。

「アイズは人助けしなきゃね」

 しかし、どうしたものか。流石のカインズでも、星まで届く大ジャンプなど出来ない。出来たとしても、少女のお父さんから返事は貰えない。貰えるはずがない。

 適当に手紙を捨てて「ちゃんと届けておいたよ」と言えば解決する話ではないのだ。「お父さんの返事」を用意しなければ。

「……そうだ」

 カインズはアイデアを思い付き、ファティオの家に向かった。


 カインズはファティオの家にお邪魔して、事情を伝えた。ファティオは頷いて聞いていた。

「それで、僕の出番という訳ですね」

 ファティオは理解が早かった。カインズが言わんとしてることを察知し、答えた。

「父親の心情なら、僕に任せて下さい」

 ファティオはおもむろにペンを持った。


 次の日、カインズは少女に手紙を渡した。

「ちゃんと届けておいたよ。そしてこれがお父さんの返事」

 「お父さんの返事」を受け取った少女は大喜びだ。

「わあっ、本当だ! ありがとう、ピエロのお兄さん!」

 物の道理を理解していない年の女の子を騙すのは気が引けたが、子供を喜ばすのが大人の対応だろう。文字通り子供騙しだったが、優しい嘘で騙せたのなら、それでいい。

 昨日、ファティオは「お父さんの返事」を書いた。ファティオは作家だ。登場人物の心情を的確に表現するのが仕事のファティオなら、見ず知らずの人物の心情を把握して手紙を書くことも出来た。そうして出来上がった「お父さんの返事」は、確かに少女を幸せにしただろう。

「手紙、か……」

 5年前に家出して以来、家族には手紙すら送っていない。音信不通のカインズを両親は心配していた。そのことをカインズも知っていたが、結局連絡は取れずじまいだった。

「手紙……書いてみようかな」

 カインズはぽつりと呟き、ラトニアを歩く。


 もうすぐ、新しい任務が始まる。カドマ荒野にある私立娼館から、遊女を救い出す任務だ。

 カインズはアジトのドアを開け、元気に挨拶した。

「おはようございます、クロム隊長!」


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