第19話 「閑話と対面」
観察室を後にした俺達は、客人用の部屋に案内された。10人以上座れる大きな机と、部屋の隅にある色鮮やかな機械の箱が目に映った。
デグルヌの話によれば、ここは研究員が休憩に使うこともあるという。俺達が席に座ると、全員にお菓子と飲み物が用意された。クッキーとコーヒーだ。どれも見た目が均一だから、きっと食品工場の大量生産品だろう。
俺達はお菓子を食べつつ、デグルヌの話を聞いた。真面目な口調で淡々と語られた。
「事件が起こったのは一週間前のことです。研究所に、一通の脅迫状が送られて来ました。ドラゴンの研究をやめろ、と。ドラゴンの件は外部には一切公表してません。研究員以外は知っているはずがない。つまり、ドラゴンの情報が盗まれたのです。コンピュータがハッキングされた可能性もあるし、研究員の中に、情報を口外した者がいる可能性もあります。どちらにせよ、大問題です。脅迫状が送られた次の日には、正門に爆弾が仕掛けてありました。副所長が早期に発見したので、爆発させずに処理できましたが、危うく大惨事になるところでした」
物騒な話だな。これはもう一種のテロ活動だ。
50年以上前の時代なら、ここで警察が活躍したはずだ。だが、はじまりの日の影響で、警察内部でも大勢の死者が出た。その対応に追われて、激務に晒された警察組織は形骸化している。組織人口も数える程しかない。小さな犯罪に構っている暇が無い上に、大きな犯罪を解決できる能力も無い。そこに政府の圧力がかかって、性犯罪等の犯罪を無視。そして今にいたるという訳だ。今の時代の警察は役に立たない。
デグルヌは、続けた。
「その二日後には、研究所で怪しい人影を発見しました。逃げられたため、誰かなのかは不明です。ですが、予想は付きます。『ニトラ教』をご存知でしょうか」
「ドラゴンを邪悪な存在だと主張する、宗教団体ですよね」
カインズが回答した。流石、カインズは物知りだ。
「ええ。その通りです。ニトラ教が何かしらの方法で、この研究所からドラゴンの情報を盗み、犯行に及んだのかもしれません。もちろん、他の組織の犯行という可能性もあります。例えば、イーヴィル・パーティーとか」
イーヴィル・パーティーか。この前、カインズから聞いた話だと、ユリーナの事件にもイーヴィル・パーティーが関わっていたらしい。俺が戦ったヒゲ面の大男と、カインズが戦った背の低い女の2人だ。
「どんな連中が来るかは分かりませんが、皆様を頼りにしてます。それはさておき……」
デグルヌは一旦話を切った。「それはさておき」? 今の話より重要な話題があるということか。
デグルヌは明るい顔で話を再開した。先程とは打って変わって、楽しげで抑揚のあるトーンで熱弁した。
「僕の名字を聞いて誰かを思いだしませんか? バグ。そう! 僕はあの世界的歴史学者ゾーズヌ・バグの玄孫……つまりひいひい孫なんですよ! ゾーズヌ・バグといえば、『はじまりの日』の前後の歴史を分かりやすくまとめた『ゾーズヌの歴史書』で有名です! 皆様も一度はお読みになったでしょう。彼の歴史書は読み物としても資料文献としても一級品ですからね。はじまりの日の惨劇を間近で見たからこそ書ける名文。時代を越えて、人々の心を掴みました。その影響で、僕は生物学者ですが、歴史にも詳しいです」
デグルヌの絶え間ない談義。息を吸う暇も無いんじゃないかと思う程のマシンガントーク。本人はすごく楽しそうだ。
正直、興味は無い。退屈だ。
つまらなそうな顔はおくびにも出さないが。
「僕は昔から研究が好きでしてね。何故好きになったかと言いますと……」
デグルヌ室長のお話は30分にも及んだ。
休憩室のドアが、ウィーンと機械音を出して開いた。
「デグルヌ室長。何をやっておるのかね」
野暮ったい眼鏡をかけた、白髪の老人男性が入室した。
「これはこれはマジマジ所長。どうなされました」
デグルヌは席を立って老人に応答した。
「また君は無駄話をしておるのかね。アイズと駄弁をする暇があったら研究室に戻りたまえ」
有無を言わせぬ口調だった。
マジマジ所長は俺達をジロリと睨み付け、こう吐き捨てた。
「ふん。こんな偽善者共が信用できるか。金で動くプロしか、儂は認めん」
デグルヌとマジマジは休憩室を出ていった。
「な、なんですかあの爺さんは!」
ユリーナは怒りを露にしていた。
ミミはファティオの背中に隠れて怯えている。人見知りが激しいミミには、あの気難しそうな老人が怖く見えるのだろう。俺は、ああいった視線や罵倒には慣れてるが。
「まあまあ。ボク達は無償で働きますからね。金の繋がりが無いが故に、信頼されてないのでしょう」
カインズは冷静にユリーナを宥めた。
「あの所長の言うことも一理ある。ほら、さっさと警護に行くぞ」
俺は皆を引き連れて、第一観察室に戻った。
観察室はロックがかかっていなかったので、俺達も入室できた。観察室に入ると、白衣を着た研究員が立っていた。俺達に気づいたその男は、自己紹介を始めた。
「その制服……。皆さんがアイズの方々ですか。俺……僕は副所長のトーマス・ホワイトと申します。今回は、よろしくお願いします」
トーマス副所長は、深々と頭を下げた。
俺達も頭を下げる。
俺達全員は今、アイズの制服を着ている。(いつも通り、俺は男子用制服だ。)制服があると、一目見てアイズだと分かるから便利だ。ユリーナの分の制服を、早く注文して正解だった。
ブラッドドラゴンは、俺達を見つめていた。
そして一瞬トーマスを見ると、そっと目を閉じた。




