第13話 「クロムVSカインズ」
アジトの地下室は訓練場になっている。俺たち4人は、訓練場に向かった。障害物のない平らな床に、俺とカインズが向かい合って立っていた。2人の距離は、約10メートル。その様子を、ユリーナとエリックが固唾を飲んで見ていた。
今から始まるのは、俺とカインズの模擬戦闘。手合わせとも言う。
「武器の使用は禁止。先に床に倒れた方の負けだ」
エリックがルールを述べる。カインズは走り出す構えをとっていた。
エリックの一声で、勝負が始まった。
「始め!」
先手を取ったのはカインズだ。カインズは勢いよく俺に向かって走る。
と、同時に、俺はカインズの左目に目掛けて唾を思いっきり発射した。カインズの目は、その軌道をハッキリと目視し、体を右に傾けて回避する。
それはつまり、カインズのバランスが崩れることを意味する。
俺はその隙を突いて、カインズに足払いを仕掛けた。そしてカインズの左肩を掴んで外側へ押し出す。カインズは大きく右に傾き、体は宙に浮いた。
結果、カインズは慣性の法則に従って、訓練場の壁に吹っ飛ばされた。
「ぐっ!」
バタリ、と音がして、カインズが床に倒れた。
「勝負あり!」
エリックが模擬戦闘の終了を告げ、カインズの体を起こしに行く。だが、既にカインズは立ち上がっていた。
「また負けた……。唾が来るとは思わなかったなあ」
結構な速度で壁に激突したはずだが、カインズは平気そうだ。
「実戦では敵がどんな攻撃手段を用いるか分からない。あらゆる戦法に対応できるようにしておけ」
「了解です、隊長」
エリックは何かに気づいた様子で床を見た。その目線の先には、俺が放った唾液が落ちている。
「クロムの唾液は俺が掃除しておこう!」
そう言ってエリックは唾液に向かってダッシュ。
「あ! ズルい! 私がやる!」
ユリーナもダッシュ。
2人は俺の唾液の処理の権利を求めて喧嘩を始めた。
「馬鹿かあいつら……」
呆れるしかない。ユリーナに戦闘を見せるためにここに来たのであって、喧嘩を見るためではない。
「全員、リビングに集合だ!」
俺は皆を一階に上がらせた。
ちなみに、唾液はいつの間にか減っていた。
後で2人にそのことを問い質すと、あからさまに動揺していた。
あいつらの口元が湿っていたのを覚えている。
全員が席に着いたので、話を続けよう。時刻は夜9時になっていた。
「さて、今日の活動はここまでだ。エリックとカインズは帰宅していいぞ。で、ユリーナは……」
「私は身を清めて寝室で待ってますね」
「……そうだな。風呂入って寝てろ」
色々疲れてるだろうしな。心身共に癒すために、早く寝た方がいいだろう。
俺が指示すると、ユリーナは何故か驚いていた。下を向いて、顔を赤らめながら、「今夜するんですか?」「クロムさんったら積極的……」などと小声で呟いている。
何か勘違いしてないか?
エリックとカインズは「じゃ、また明日な」「失礼します、隊長」と言って玄関を出た。
エリックとカインズがアジトを出た後、俺はユリーナを風呂場に案内する。
湿度の高い木製の部屋に、ドラム缶が3つ。換気用の窓が3つ。床の四隅には排水を外に出すための穴と管があり、使用済みの水は風呂場に残さない仕様。桶と小さな椅子がいくつか転がっている。それがうちの風呂だ。
脱衣場で服を脱いで、俺とユリーナは一緒に入浴した。さっきからユリーナの視線を感じる。
「クロムさん、やっぱり女の子なんですね……」
まだ男だと疑ってたのか。
ドラム缶は浴槽の役割だ。熱湯機で作ったお湯をたっぷり張って使う。
俺たちは体を洗ってから、ドラム缶に入った。(ユリーナが必死に「洗いっこしましょう」と言ってくるので、お互いの体を洗うことになった。)
「先に体を洗うことを忘れるなよ」
「はーい。でも何でドラム缶? 浴槽は使わないんですか?」
「最近は衛生に心掛けないとすぐ死ぬからな。複数人で同じ浴槽を共有するのは危険だ。俺がアイズの新入りだった頃の隊長は、それが原因で感染症にかかって死んだ」
はじまりの日以来、衛生の重要性は急上昇した。このアジトの風呂は、昔は1つの浴槽を使っていたが、今はドラム缶を使っている。
「このドラム缶の残り湯も捨てるぞ。衛生のためだ」
「えええええ!? そんな! クロムさんの入っていた残り湯、捨てちゃうんですか! 飲んじゃダメなんですか!」
「当たり前だろ」
飲むなよ。
「後で窓を開けるぞ。換気も大事だ」
程よく温まったところで、俺たちは風呂を出た。
ユリーナを部屋に案内する。ユリーナの部屋は俺の部屋の隣にした。
部屋にはベッドが1つあるだけだった。
「必要なものがあったら言ってくれ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさーい」
パジャマ姿のユリーナと手を振って別れた。
俺も部屋に戻って、ベッドに潜った。
その夜は隣の部屋が少しうるさかった。
ギシギシとベッドが揺れる音と、「クロムさん……クロムさぁん……」という嬌声が聞こえる。
ユリーナの身に何かあったのかと思い、ユリーナの部屋に突撃した。
何事もなかった。ただ、ユリーナが顔を火照らせて、一人、ベッドの上でくねくねしてただけである。ユリーナは俺に気づくと、急に動きを止めた。
俺はそっとドアを閉じた。




