第95話 「サジェッタVSテマネスク」
テマネスクは口元を歪め、ナイフを胸ポケットから取り出した。
「貴女にも美しい死を届けましょう」
テマネスクの手から離れたナイフが飛んでいく。サジェッタは横に動いて避け、鞭を振るう。鞭が伸びて空中を走り、先端の刃物がテマネスクを襲う。
テマネスクは左手のナイフで鞭の先を受け止め、軌道をずらした。鞭の刃物が柱を砕く。
「黙って死ね」
サジェッタは冷たく言い放ち、再び鞭の攻撃を繰り出した。
サジェッタの鞭は『天の邪鬼の鞭』と呼ばれる一級品だ。先端の金属は岩をも砕く。伸縮性に優れていて、目にも留まらぬ速さで敵を撃ち抜く。扱うのは難しいが、とても強力な武器だった。
サジェッタの鞭が暴れる。暴れる。暴れ狂う。
痛みにのたうち回る蛇のように、鞭の脅威が部屋中を駆け回った。一度鞭の間合いに入れば、ズタボロの肉片になってしまうだろう。
「汚い動きですねぇ」
だがテマネスクはすっと前に進み、暴れる鞭の間合いに入った。高速で動く鞭の連続攻撃をかわし続け、サジェッタに近付いていく。
攻撃しても攻撃しても当たらない。
「チッ、クソが!」
サジェッタは舌打ちをして、テマネスクの脳天目掛けて鞭を放った。真っ直ぐに伸びた『天の邪鬼の鞭』の矛先。しかしテマネスクは余裕綽々といった様子で回避した。
「外れましたね」
テマネスクはこの隙を見逃さず、前進する速度を上げた。鞭が伸びきった今なら、接近戦で鞭を防御に使うことが出来ない。
その時のテマネスクは気付いていなかった。自分を覆う影の存在を。
その影は次第に大きくなっていき、テマネスクが気付いた時には遅かった。
ガラスが割れる音が甲高く鳴り響き、痛みと重さがテマネスクを襲った。
「あがぁっ!」
天井から落下したシャンデリアがテマネスクを押し潰したのだ。無数のガラスの破片と金属の部品がテマネスクの体に刺さり、ドロドロと血が流れていく。テマネスクの白スーツは紅に染まっていた。
「い……痛い……っ!」
テマネスクは声を絞り出した。彼の顔は苦痛で歪み、震えている。
「まだ生きてやがるのか」
サジェッタはシャンデリアからはみ出たテマネスクの顔を見下ろし、低い声を投げた。
「頭上は視野に入ってませんでした……。小生もまだまだ弱いですね……」
「違ぇーよ。アタイが強いんだ」
サジェッタは絶え間ない連続攻撃が得意である。相手に反応する隙を与えないような攻撃で畳み掛け、有利な状況のまま勝ち抜く。それがサジェッタの戦い方だった。追い討ちをかけるような戦闘スタイル故に、『追撃のサジェッタ』なんて異名が付いてしまった。
今回のシャンデリアだって偶然の産物ではない。全てサジェッタの思惑通りだった。予め天井のシャンデリアに目を付けていたサジェッタは、程よいタイミングを見計らって、天井に鞭の一撃を放ったのだ。あくまでもテマネスクに対する攻撃であると見せかけて。
鞭の鋭い先端は、シャンデリアの支えの紐を切り裂き、照明器具を凶器に変えた。
攻撃の最中に新たな攻撃を追加する。サジェッタらしい作戦であった。
「フフフフフフフフフフ……アハハハハハハハ!」
テマネスクは狂ったように笑いだした。
「床に這いつくばって死ぬなんて……全く美しくない! 余りにも惨めじゃないか! 小生の最期がこの有り様とは! 小生、この上無く絶望! アハハハハハハハハハハハハハ……」
笑い声の途中で、サジェッタはテマネスクの頭を鞭で撃ち抜いた。陥没した頭と、そこに刺さる鞭の先端。
「……………………」
サジェッタは無言だった。勝利に喜ぶでもなく、殺人の感触におののくでもなく。
何も言わずにその場を離れた。
サジェッタはゆっくりとガンダスの遺体に近付き、しゃがんだ。
「終わったぞ、ガンダス」
返事が来るはずは無かった。
「情けねえ……。このザマだ。お宝持つ係のテメェが死んだからよ。財宝は諦めて帰るぞ。……アタイは別のお荷物を持たなくちゃいけないからな」
サジェッタはガンダスの体を持ち上げ、肩に乗せた。
「やっぱ重いじゃねーか。くそっ。最後の最後までテメェはアタイの足を引っ張りやがる」
ガンダスの上半身を背中に預け、サジェッタは歩いた。ガンダスの足がズルズルと引きずられ、床に血の道が出来た。
「毎日墓参りして罵倒してやるから、覚悟しとけよ」
静かな謁見の間を後にして、サジェッタは一歩を踏みしめた。
「……重いな。クソが」
自身の声が震えていることに、サジェッタは気付いていなかった。
* * *