壱章‐三話:指南
お待たせしました。
第三話です。
2014.8/5 本文一部改訂。
────あの日から数日後。学校帰りの列車内で携帯をいじっていると、宮本さんからメールが届いた。
もうすぐ龍同士の集まりがあるため、それまでに龍としての基本的な作法を教えたいので翌日に神社まで来て欲しいという内容だった。
正直なところ困ってしまった。明後日から期末考査なので、最近はテスト勉強で大変なのだが……。勉強は大事なのだが、宮本さんからの用事を断る訳にはいかないので、今日二日分の量を勉強するしかないだろう。……そう思いながら、俺はカバンから単語帳を取り出し、載っている単語を覚え始めた。
家に帰った後、俺は夜中まで勉強したが、あと少しというところまで進んだものの、二日分の目標はさすがに達成出来なかった。何度か寝かけたので余計に危なかったが……。
俺は徹夜が出来ず、もし出来たとしても翌日がほぼ確実に絶不調になるため、途中で妥協して明日に備えて寝ることにした。
翌日、予想はしていたが朝起きるのがかなり辛かった。朝の列車でも寝たが、降車駅の一駅手前で目が覚めたため、寝過ごしはしなかったので良かった。授業中寝てしまわないか心配だったが、考査前で授業が自習ばかりだったので助かった。……別に安心して寝られると思った訳ではない。実際は二時間目でかなり眠くはなったが、一度も寝なかった。
今日はテスト前日なので授業は午前中で終わりだ。学校が終わると俺はすぐに駅へと向かい、龍宮神社へ行った。
神社に着くと、宮本さんが出迎えてくれた。
「急に呼び出してすまぬな、用事などはなかったか?」
「……大丈夫です」
本当は勉強をしておかないとテストで失敗しそうで心配なのだが、宮本さんに申し訳ないのでそう答えた。
「今度の集まりの時は、そなたの紹介があるから来てもらわないと困るが、普段は用事がある時は連絡してくれれば来なくても大丈夫じゃからな。人は皆本業があるからの、無理はせんでいいぞ。例えるなら儂ら龍は正社員で、そなたら人はアルバイトのようなものじゃからの」
「そうですか……。ではすみませんが今日は早めに切り上げてもらえますか? 実は明日からテストなので……」
そのような感じなら、もしかしたら早く帰ることも許してもらえるのかもしれないと思い、聞いてみた。
「そうじゃったのか? 呼び出してすまぬな。……ではちょいと駆け足で進めるが、大丈夫かの?」
「ありがとうございます、大丈夫です」
良かった。これでテストの心配はない。……家に帰ってから勉強を忘れなければの話だが。
「そうか、では別殿に向かうとするかの」
「別殿って何ですか?」
「この間儀式を行った建物じゃ。儂ら龍は人に見られるとまずいのと、社殿にずっといると神主に迷惑がかかってしまうから、基本的に社殿ではなく別殿を使っておるのじゃ」
「わかりました」
俺はそう答えて、宮本さんと別殿へ向かった。
別殿に着くと、宮本さんが、
「まずは基本からじゃ。龍の姿になってくれぬか?」
と言ったので、自分は龍の姿になった。
すると宮本さんも龍になり、
『……問題なさそうだな、ではいくつか説明するとしよう。……龍は何かを行う時には大概神通力を使う。神通力は意識することで使える。よって龍の姿になる時と同じくその状況を思い浮かべるだけで、神通力を使い大抵のことはできる』
と言った。
『……例えば何ができるのですか?』
『……追々説明する。まずは空中に浮いてみてくれ』
言われた通りに浮かぶ様子を思い浮かべると、段々と身体が上がり始め、宙に浮いた。
『……よし、そのまま空を飛べるか?』
飛ぼうとすると、空中で身体が動き、自由に空を動き回ることが出来た。空を飛ぶのはもちろん初めてなので緊張した。飛ぶのはとても気持ち良かった。
『……上出来だ。次に隠形術だ。状況を思い浮かべるのが難しいかもしれぬが……、始めに儂が手本を見せる』
五月雨守がそう言うと、その姿が急に消えた。
『……大体このようなものだ。出来るか?』
しばらくして再び姿を現すと、そう言った。
姿を消す想像をするのは難しかったが、先程の五月雨守の様子を思い浮かべた。すると、自分では姿が消えたのかどうかよくわからなかったが、五月雨守は成功だと褒めてくれた。
『……今度はその応用だ。儂がいつもしていることだが、特定の相手にだけ自分の姿を見せて、それ以外の者には姿を見せないように出来るか? 儂だけに見えるようにしてみてくれ』
同じようにやってみたが、特定の相手にだけ姿を見せる、というのがどうも上手くいかなかった。
どうすれば成功するのか分からず考えていると、五月雨守は、
『……あらかじめ姿を消した上で、念話をするような感覚で言葉を発する代わりに姿を見せる、と想像すると良いかもしれぬ』
と助言してくれた。
何度か想像を繰り返すと、
『……うむ、それなら大丈夫だろう』
と認めてくれた。
その後も、五月雨守に多くのことを教えてもらった。具体的には目上の龍への対応の仕方(五月雨守は先生のような立場なので普通に接して問題ないらしい)や、万が一普通の人に龍の姿を見られてしまった時の対処法、敵と遭遇した時の戦い方など、基本となることを教えてもらった。
目上に対しても堅苦しい決まりなどはなく、普通に敬えば大丈夫だと聞いて安心した。
龍の姿を見られた対処法が、即刻隠形術を使って逃げるという何とも原始的な方法だったので、意外だなと思った。神通力で何かをすると思ったのだが……。
戦い方について教わっている時のことだった。ふと龍が炎を吐く様子が思い浮かんだので、聞いてみた。
『我の想像では龍は炎を吐けると思うのですが、実際はどうなのですか?』
『龍は神通力で自然の力を借りているだけだ。練習すれば炎を生み出すことは出来るが、口から出すことは出来ぬ。……ただ、龍ではなく一部のドラゴンならば可能だ』
『現実にドラゴンがいるのですか?』
龍だけではなくドラゴンもいると知って驚いた。
『……何を驚いておるのだ。儂ら龍が存在するのだからドラゴンも存在する。日本では龍のほうが数が多いがな。ドラゴンはかつては暴れていたこともあるらしいが、日本のドラゴンは今は龍と同じく自然を守ろうとしている。……儂もドラゴンの知り合いが何頭かいるぞ。……ただし、龍の中の一部の過激派というか、頭の固い奴らがドラゴンを嫌っていてな、表面的にしか交流できぬのだ。ドラゴンと手を組めば良いと思うのだが……』
『色々と大変なんですね……』
自分もドラゴンに会えたら良いな、と思いながらそう応じた。
気づくと色々と教わっているうちに、夕方になってしまっていた。
学校が終わったのがお昼前でここに来たのがお昼を少し過ぎた頃だったはずなので、かなり時間が経っていた。
『……大体こんなものだな。覚えることが多かったと思うが大丈夫か?』
『大丈夫です、……恐らくは』
『まあ追々覚えていくだろう。今日はここまでだ。人の姿に戻って良いぞ』
そう言うと、五月雨守は人の姿になったので、自分も人の姿に戻った。
「意外と時間がかかってしまったのう、すまぬな」
「いえ、全然気にしてないです。色々と教えてくれてありがとうございました」
俺はそう言って、家へと向かった。
帰り道の途中で、急にお腹が空き、昼食を食べていないことを思い出した。龍の時は空腹を感じないんだなあ、などと思いつつ、急いで家に帰った。
家に帰り、テスト勉強を始めたが、すぐに夕食になった。夕食後、勉強を再開しようと思ったが、あまりに眠かったので少しだけ寝ることにした。
…………少しだけ寝るつもりだったのだが、疲れていたのか、目が覚めたら朝だった。
結局勉強が終わらなかったが、仕方がないのでそのまま登校した。ホームルーム後、問題用紙と解答用紙が配られ、チャイムが鳴った。遂にテストが始まってしまった。前日ほとんど勉強しなかったにもかかわらず、意外と問題を解けた。もしかしたら龍の力のおかげかな、と思った。
二日目以降は、前日にしっかり勉強したつもりだったが、教科や問題によって手応えがあったりなかったりで微妙だった。
そんなこんなでテストが終わり、返却期間になった。この学校では期末考査が終わると返却期間になり、期間中はテスト返しだけを行う。
ちなみに期末考査一週間前から終業式までずっと部活中止期間になっている。先生方が成績処理で生徒の様子を見ていない時に怪我をされたら困る、という理由らしい。生徒達の間ではただ仕事が増えるから面倒なだけでは、という噂が流れているが、真相は定かではない。成績は……、至って普通だった。国語と英語は平均点をやや上回り、数学はかなり下回った。それ以外の教科はほぼ平均点だった。
どうやらテストを受けた時の感覚は気のせいで、龍の力は頭を良くはしてくれないようだ……。成績が下がらなかった分だけ良かったと思うが。
返却期間の最終日の帰り道、昼過ぎのがら空きの列車に乗っていると、宮本さんからメールが届いた。内容はこうだった。
【神野君、試験はもう終わったかな? 急な連絡で悪いが、龍の集まりの日程が決まった。明日の夜、十九時からになった。場所は龍宮神社から少し離れているので、十八時半に神社に来てほしい。 初めて会う龍ばかりで緊張すると思うが、他の龍もいい龍ばかりだから心配はいらない。 それと、狩衣を忘れないでおくれ。それでは、また明日。
(追伸)前回が堅苦し過ぎたので今回は少し砕けた表現にしてみたのだが、どうだったかな?】
────宮本さんはああ見えて機械に強いのだろうか。文章はテスト前に届いた全部敬語だったものに比べるとかなり読みやすくなっていた。また、俺のことを気遣う文があったので嬉しかった。宮本さんは意外と頻繁にメールのやりとりをしているのかもしれない。
────学校の終業式は明後日。明明後日からは、遂に夏休みだ。
以前の書き方では自分でも読みにくかったので、今回は少し工夫したつもりです。
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