第77話 天音家
部屋に重い沈黙が流れる。
玲は画面に映る男を見つめ、小さく呟いた。
「……知ってる」
恒一が振り向く。
「知ってるのか?」
玲は静かに頷いた。
「ああ」
「プロだ」
「天音家の人間」
その一言で、恒一の表情が変わる。
「天音家?」
「ああ」
「殺し屋五家」
「その第一位」
「御三家最強の一族だ」
「殺し屋五家……」
恒一は記憶を辿るように呟く。
玲は静かに頷いた。
「ああ」
「初めて会った時にも話したと思うが」
「裏社会には」
「五つの殺し屋一族がある」
「第一位」
「天音家」
「第二位」
「冬埜家」
「第三位」
「市之瀬家」
「第四位」
「霧島家」
「第五位」
「鬼灯家」
「その中でも」
「天音家」
「冬埜家」
「市之瀬家」
「この三家が御三家と呼ばれている」
「規模も」
「実力も」
「他とは一つ抜けている」
恒一は首を傾げた。
「規模?」
玲は静かに頷く。
「ああ」
「天音家は」
「白耀グループ」
「冬埜家は」
「獄蓮会」
「市之瀬家は」
「アルカディア製薬」
「それぞれ巨大組織の傘下にある」
「だから」
「人員も資金も桁違いだ」
「御三家と呼ばれる理由も」
「そこにある」
「じゃあ」
「霧島家と鬼灯家は?」
「日本古来から」
「暗殺や護衛」
「その他の汚れ仕事を請け負ってきた一族だ」
「規模が小さいから」
「昔から互いに助け合ってきた」
「霧島家が主」
「鬼灯家が従」
「そういう形ではある」
「でも」
「上下関係はほとんどない」
「実際は対等だ」
「血が濃くなり過ぎないよう」
「両家で婚姻を結ぶことも多い」
「歴史だけなら」
「御三家より古い」
「全盛期なら」
「御三家にも引けを取らない強さだった」
「でも」
「時代が変わった」
「仕事は減り」
「今では」
「ほとんど廃業状態らしい」
玲は一息ついて続けた。
「でも」
「天音家だけは少し特殊なんだ」
「特殊?」
「ああ」
「天音家には」
「宗家と分家がある」
「宗家は」
「代々、天音の血を受け継ぐ本家」
「本物の天音だ」
「代々」
「化け物しか生まれない」
「分家は違う」
「白耀グループが」
「世界中から傭兵や暗殺者を集め」
「天音の名を与えた者たちだ」
「もちろん分家も強い」
「でも」
「宗家とは比べものにならない」
玲は画面の男へ視線を向けた。
「こいつは」
「宗家序列第三位」
「天音剣吾」
「宗家の中でも」
「トップクラスの実力者だ」
「宗家序列第一位は」
「天音槍士」
「第二位は」
「天音刀也」
「第三位が」
「天音剣吾」
「第四位は」
「天音弓香」
「この四人は」
「殺し屋五家の中でも別格だ」
恒一は思わず息を呑む。
「そんなに有名なのか」
「ああ」
「私でも知ってる」
「昔」
「一度だけ現場で会ったことがある」
「現場?」
「獄蓮会の命令で」
「標的を殺しに行った時だ」
「その標的には護衛が付いていた」
「その護衛が」
「天音刀也だった」
玲は当時を思い返した。
「凄まじい手練れだった」
「勝てなかったのか?」
「引き分けだ」
「互いに深追いはしなかった」
「でも」
「最後まで戦っていたら」
「どちらかは死んでいた」
玲は静かに画面へ視線を戻す。
「宗家は」
「一人一人が化け物だ」
恒一は唾を飲み込んだ。
「どういう組織なんだ?」
玲はゆっくりと答えた。
「天音家は」
「白耀グループ直属の殺し屋一族だ」
その言葉を聞いた瞬間。
恒一の表情が変わる。
「……待て」
「白耀グループって」
「まさか、あの白耀グループか?」
玲は静かに頷いた。
「ああ」
「日本最大級の総合企業だ」
白耀グループ。
金融、建設、不動産、医療、製薬、食品、警備、IT。
数百社もの関連企業を抱える、日本有数の巨大企業グループ。
慈善事業や災害支援にも積極的で、世間からは「理想の企業」として高い評価を受けている。
恒一は驚きを隠せなかった。
「テレビでも毎日のように名前を聞くぞ……」
「そんな会社が」
「殺し屋を抱えているのか?」
玲は静かに頷く。
「ああ」
「表向きは優良企業」
「でも」
「裏では違う」
玲は静かに続けた。
「法では裁けない悪を」
「社会悪として断罪する」
「それが」
「白耀グループの理念だ」
「その実行役が」
「天音家」
「獄蓮会は」
「依頼を受けて金の為に殺す」
「市之瀬家は」
「美学のために殺す」
「同じ殺し屋でも」
「思想はそれぞれ違う」
恒一は眉をひそめる。
「正義のために殺すってことか」
玲は首を横へ振った。
「少し違う」
「天音家は」
「殺しを正義だとは考えていない」
「人を殺すことは」
「罪だと理解している」
「それでも」
「多くの命を守るためなら」
「自分たちが罪を背負う」
「そう教えられている」
玲は画面に映る剣吾を見つめた。
「『みんなのために殺す』」
「それが」
「天音家の断罪だ」
少し間を置いて、玲は静かに続ける。
「でも」
「朝霧夫妻事件だけは違う」
恒一が顔を上げた。
「この事件は」
「裏社会でも有名だ」
「二十八年前の事件だけど」
「私でも知っている」
「白耀グループが」
「標的の情報を取り違えた」
「住所も」
「標的も」
「全部」
「別人だった」
部屋が静まり返る。
「天音剣吾は」
「こういちのお父さんとお母さんを」
「悪人だと信じて任務を遂行した」
「殺した後」
「間違いに気付いた」
「だから」
「逃げなかった」
「自分から警察へ通報し」
「その場で逮捕された」
恒一は拳を強く握り締める。
「じゃあ……」
「俺の親は」
「何もしていないのに」
「理不尽に殺されたのか!」
バンッ!!
拳が机を叩く。
玲は静かに頷いた。
「ああ」
恒一は力なく俯く。
「あの日」
「剣吾が言っていた」
『……取り返しがつかない』
「子どもの頃は」
「何を言ってるのか分からなかった」
「でも」
「今なら分かる」
「そういう意味だったのか……」
事故だった。
手違いだった。
誰かが標的を取り違えた。
たった、それだけで。
父と母は命を奪われた。
どれだけ後悔しても。
どれだけ償っても。
もう二人は帰ってこない。
それだけが、どうしようもない現実だった。




