第1話 百点
はじめましての方も、いつもお読みいただいている方も、ご覧いただきありがとうございます。
本作は、元殺し屋の少女と、ごく普通の会社員が家族になっていく物語です。
人を信じることを知らず、殺すことだけを教えられて育った少女・玲。
そんな彼女が、一人の男性との出会いをきっかけに、
ラーメンを食べたり、
ゲームで遊んだり、
友達を作ったり――
少しずつ「普通の幸せ」を知っていきます。
派手なバトルや裏社会での戦いもありますが、本作で一番描きたかったのは、血の繋がりがなくても家族になれるということでした。
玲が少しずつ笑顔を覚え、「普通の女の子」になっていく姿を、温かく見守っていただけたら嬉しいです。
どうぞ最後までよろしくお願いいたします。
十二月二十三日の夜。
朝霧家の食卓には、温かな湯気と家族三人の笑い声が満ちていた。
外は冷え込み、窓ガラスにはうっすらと白い曇りが浮かんでいる。
けれど、暖房の効いた部屋の中は暖かい。
テーブルの中央には、大皿に盛られた野菜炒め。
その隣には、焼き魚と味噌汁。
どこにでもある、ごく普通の夕食だった。
十歳の朝霧恒一は、先ほどから落ち着かない様子で父と母の顔を交互に見ていた。
早く言いたい。
驚かせたい。
褒めてもらいたい。
そんな気持ちを抑えきれず、恒一は箸を置く。
「お父さん、お母さん!」
「ん?」
「どうしたの?」
二人の視線が自分へ向いたことを確認すると、恒一は椅子から勢いよく立ち上がった。
ランドセルの近くへ駆け寄り、中から一枚の答案用紙を取り出す。
そして、胸を張りながら父へ差し出した。
「僕、算数のテストで百点取ったんだよ!」
答案用紙の右上には、赤いペンで大きく『100』と書かれていた。
父はそれを見るなり、大げさなほど目を見開いた。
「おおっ! 本当だ!」
「うん!」
「すごいじゃないか、恒一!」
父は答案用紙を何度も見直し、それから恒一の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「天才だな!」
「えへへ」
「この調子なら、将来は数学者になれるかもしれないぞ!」
「数学者?」
「ああ。難しい計算をたくさんする仕事だ」
「じゃあ僕、数学者になる!」
恒一が力強く答えると、父は楽しそうに笑った。
「おお、そうか! 頑張れよ!」
「うん!」
母も隣で微笑みながら、答案用紙を覗き込む。
「本当にすごいわね。ちゃんと勉強したの?」
「したよ!」
「昨日も宿題のあとに、計算ドリルやってたもんな」
父がそう言うと、恒一はさらに得意げに胸を張った。
「僕、いっぱい頑張ったんだよ!」
「そう。じゃあ、百点を取った恒一にはご褒美ね」
「ご褒美?」
恒一の目が輝く。
母は少し考えるような素振りを見せてから、にっこり笑った。
「明日の夜は、ハンバーグを作ってあげる」
「本当!?」
「本当よ」
「やったー!」
恒一は両手を上げて喜んだ。
母の作るハンバーグは、恒一の一番好きな料理だった。
表面はこんがり焼けていて、中はふっくら柔らかい。
上からかけられた甘めのソースも大好きだった。
「大きいやつにして!」
「はいはい」
「チーズも乗せて!」
「それは百点を取った人だけね」
「僕、百点だよ!」
「じゃあ、特別に乗せてあげる」
「やった!」
父と母が笑う。
恒一もつられて笑った。
明日はクリスマスイブ。
学校でも、その話題で持ちきりだった。
誰が何をお願いしたのか。
サンタクロースは何時に来るのか。
どうすれば起きたまま会えるのか。
恒一も何日も前から、欲しかった玩具を紙に書いて枕元へ置いていた。
「そうだ、お父さん」
「何だ?」
「僕、サンタさんにお願いしたんだ」
「ほう。何を頼んだんだ?」
「秘密!」
「父さんにも教えてくれないのか?」
「だって、言ったら来なくなるかもしれないもん」
「そうなのか?」
「学校でみんな言ってた」
恒一は真剣な顔で頷く。
父は母と顔を見合わせ、笑いを堪えるように口元を緩めた。
「そうか。それなら秘密にしておかないとな」
「うん!」
恒一は少しだけ不安そうな顔になる。
「でも……本当に来てくれるかな?」
「どうして?」
「僕、いい子にしてたつもりだけど……」
学校で一度、友達と喧嘩をした。
母に片付けなさいと言われたのに、玩具を出しっぱなしにした日もある。
そんなことを思い出しているのだろう。
恒一は心配そうに父を見る。
父は椅子から少し身を乗り出し、恒一の頭を優しく撫でた。
「それはサンタさん次第だな」
「ええっ」
「でも、恒一はいい子だから」
父は安心させるように笑う。
「きっと届けてくれるぞ」
「本当?」
「ああ」
「絶対?」
「きっとな」
「やったー!」
恒一は再び満面の笑みを浮かべた。
明日はハンバーグ。
その次の朝には、サンタクロースからのプレゼント。
父と母と一緒に過ごすクリスマス。
恒一は、明日が来ることを心から楽しみにしていた。
父がいる。
母がいる。
温かな食事がある。
笑い声がある。
それが当たり前で。
これから先も、ずっと続いていくものだと思っていた。
失う可能性など、考えたこともなかった。
その時。
――ピンポーン。
玄関のインターホンが鳴った。
三人の笑い声が止まる。
父が壁の時計へ目を向けた。
「こんな時間に誰だろうな」
「宅配便かしら?」
「俺が見てくるよ」
父はそう言って、椅子から立ち上がった。
恒一は再び箸を手に取りながら、玄関へ向かう父の背中を何気なく見送った。
廊下を歩く足音。
玄関の鍵が開く音。
扉が開く。
次の瞬間。
玄関から、何かが倒れる鈍い音が聞こえた。




