♯3ー3 読書感想文を提出してください 人事部より
二か月が経った。
田村はすっかり人事部からのメールを忘れていた。
ある朝、受信トレイに見慣れないアドレスからメールが届いた。本社人事部。圧縮ファイルが添付されている。
田村は一瞬、身を固くした。セキュリティ訓練の偽メールかもしれない。最近、そういった社内訓練が増えていた。うっかり開くと、「引っかかりました」という通知が来て、情報セキュリティ研修を受けさせられる。
ヘッダー情報を確認する。本社のサーバーから来ている。本物のようだ。
田村はファイルを開いた。
中には二つのファイルがあった。
一つ目を開くと、賞状が表示された。
「優秀賞」と、大きな文字で書いてある。受賞者の欄に、田村誠一の名前があった。
二つ目を開くと、田村が送った原稿のPDFが入っていた。赤いペンで、あちこちに丸や線が引いてある。余白には手書きのコメント。「この視点、面白い」「第五の旅、秀逸」「スウィフトへの言及、的確」。最後のページに大きな花丸が描いてあった。
田村は、しばらく画面を見つめた。
これは何だ。
本当に読書感想文の審査だったのか。それとも別の何か、たとえば思考力や表現力を測るテストで、田村はたまたまそれに合格しただけなのか。あるいは、生成AIを使って書いた人間とそうでない人間を選別するための、何らかの判定なのか。
最近、大学生の論文でAI利用を検出するプログラムが話題になっている。会社の人事がそれを使っていても、おかしくない。
だとすれば、田村が選ばれたのは、文章の中に「宅建士の試験勉強で建築基準法を勉強したとき」「本社勤務時代の取締役との飲み会の話」「山形の妻の実家の農業の件」……そういった、生成AIには書けない個人的な文脈が含まれていたからかもしれない。
あるいは本当に、ただの読書感想文コンテストかもしれない。
どちらにしても、田村には確かめる方法がない。
木下課長に見せると、「田村さん、すごいじゃないですか」と屈託なく笑った。「やっぱり本を読んでいる人は違いますね」。
田村は「いやあ」と曖昧に笑い返しながら、心の中で別のことを考えていた。
絶対に、これだけではないはずだ。
何かが動いている。どこかで、何かの判断が下されようとしている。人事というのは、そういうところだ。良い知らせを、良い知らせの形で送ってくるときほど、本当の意図はその裏にある。
田村は窓の外を見た。曇り空の下、通勤客が足早に歩いている。スマートフォンを見ながら歩く人、イヤホンをして歩く人。誰もが首から見えない「評点板」を下げているように見えた。
ガリバーの「ヌメラリア」は、まだ存在しない。
しかし、その入口には、もう立っているのかもしれない。




