プロローグ
「おい、石田。聞いてるか? 昔の俺はな、1日で3件の契約を取ってたんだ。しかも全部、飛び込み営業でな!」
またかよ……。
かれこれ5年は、こんな話を聞かされてる。
俺の名前は石田寛人。27歳、都内のブラック企業勤めだ。
残業が終わり、飲むぞと言われ断れないからしぶしぶ来たらまたこれだ。
「あのな?営業部のエースって呼ばれてたんだぞ? 今のお前らみたいに、マニュアル通りやる連中とは違ってな」
はいはい、すごいすごい。
正直うんざりしているが、相槌はうつ。「はぁ」「すごいですね」と。
反論しようものなら「やる気がない」「根性が違う」と怒鳴られる。俺はただ聞くしかない。
2時間ほど経ち、酔った部長と一緒に店を出る。
やっと解放されるという気持ちと、明日も会社で同じ様な話を聞かされるんだろうなと思うと少し鬱になる。
しばらく歩いた後、ふらふらと歩く部長が歩道の外、つまり車道に身体をだした。
「そっちは危なっ……!!」
エンジン音もほとんどしない黒い車が、ありえないスピードで部長の方に向かっている。
俺はとっさに走った。
なんで自分でも走ったのかよくわからない。
ただ、困っている人がいたらなるべく助ける様にしてた。
……まぁ、それは周りからいい人って思われたいだけなんだけど。
キィーッ!!!!
車に乗っていた金髪の男もこちらに気付き、急ブレーキをかけたが既に遅かった。
鈍く高い、初めて聞いた音が響き渡る。
黒い車は、タイヤを空転させながら急発進させあっという間に見えなくなった。
覚えてろよ……顔もナンバープレートも曲げられてて見えなかったけど……
気づいた部長が真っ直ぐと俺の方まで歩いてくる。
ついさっきまでフラフラとしていたが、人というのは予想外のことがあると一瞬で酔いが覚めるらしい。
「部長……大丈夫っすか?」
動揺し目を見開いている部長に俺の方から先に言葉を発した。
「お、おい…寛人っしっかりしろ!寛人っ!!」
「顔…近いっすよ。酒臭いなぁ、もう……」
こんな時まで身体に染み付いてるのかヘラヘラと笑いながら俺は言う。
「喋るな!わかったからもう喋るな…!」
悪い癖だ。
怒られている時も、自慢話を聞いてるときもいつもヘラヘラして誤魔化すのが当たり前になっている。
そのせいで更に怒られる時もあれば、自慢話がもっと長くなる時もあるんだろうな……
こんなことを考えていると、部長の声がほとんど聞こえなくなっていることに気づいた。
最初は痛みでどうにかなりそうで、身体が熱くなったかと思えば、今度はすぐ凍えそうになった。
そして、それすらも感じなくなった俺は部長の顔も見えなく声も音も聞こえなくなっていた。
あれだけ話が長くて、聞きたくないと思っていた部長の声も、いざ聞けなくなると思うと悲しいもんだな……
こうして、俺は泣きじゃくった部長の酒臭い息を浴びながら呆気なく人生を終えた。
……はずだった。
そう、終わりのはずだったんだ。




