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絶望から救った彼女たちに甘やかされても、Nレアギフトじゃ異世界そんなに甘くない!  作者: 水華奈
本編

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6/6

6話_震える山

主人公の描写に熱が入りすぎて、気づけば6話目……大変お待たせしました!

ここからようやく本格的なヒロイン描写が始まり、画面も一気に華やかになっていく予定です。


ぜひ、評価ボタンやブックマーク等で次回以降の執筆の応援お願いいたします(*◡ ◡)⁾⁾⁾



 俺は日課である赤色スライムの魔石の残骸を撒くため、村から遠く離れた岩山――『大崖(おおがけ)』へと向かっていた。

 その時だ。


 ズシン、ズシンと、足元だけでなく岩山そのものを大きく揺らすような激しい地鳴りが伝わってきた。

 ただの地震じゃない。何かが激しくぶつかり合うような、すさまじい戦闘の気配だ。



「なんだ……!?」



 俺は慌てて身を低くし、音のするほうへと近づくと、茂みの隙間からそっと様子を覗いた。

 そこに広がっていたのは、全長十メートルはあろうかという巨大な竜が、まさに地響きを立てて倒れ伏す瞬間だった。


 やったか? と思った直後だった。

 崩れ落ちる巨体の完全な死角から、竜が相手を道連れにせんとばかりに尾を薙ぎ払った。


 それを間一髪で避けたかのように見えた。

 しかし、風に舞う黄金の髪の美しい女性が――そのまま力なく膝から崩れ落ちていくのが見えた。


 俺は慌てて茂みをかき分けて飛び出し、一直線に彼女のもとへ走り寄った。

 金色の獣耳の先にある傷口が黒く変色しており、ジュゥゥッという嫌な音とともに強力な毒が回り始めているのは一目瞭然だった。


 なんとかして助けなければ。

 ……しかし、問題は、俺の『濾過(ろか)』が、残念仕様であることだ。

 自身の体ならともかく、範囲としては触れているものしか処理できず、「他者の体内」には直接干渉できない。皮膚越しに触れても、中の毒には届かない。


 なら、どうするか。

 このままでは、彼女は数分と持たずに死ぬかもしれない。

 直接、血管の中の毒を取り除くには――。


 そうだ。毒を、俺の領域に引きずり込めばいい。



「えっ……あっ!?」



 何事かと目を見開くアルミナ。俺は構わず、ピクピクと動く獣耳を両手で掴んで固定すると、赤黒い血が滲む耳の先の傷口に直接、唇を強く押し当てた。


 他人の体内から俺へと移った瞬間、それは『濾過(ろか)』の対象となる。

 俺が懸命に毒血を吸い出すたび、密着した彼女のしなやかな体がビクンと跳ねた。



「あっ……んんっ……ふぁあ……」



 獣人にとって最も敏感な器官である耳を強く吸われているからか、体内から毒素が引き抜かれていく奇妙な感覚が合わさったせいか。彼女の口からは、熱を帯びた艶めかしい吐息が漏れ出している。


 脳がバグりそうになるが、違う、これは純粋な救命措置であり、正当な医療行為なのだ。

 俺は無理やり自分を納得させ、毒素を瞬時に『濾過(ろか)』した。


 直後、ピリッと静電気が走るような刺激が胸の奥を突いた。

 あのやばそうな竜の毒……のはずだが、どういうわけか、俺への代償は、少し刺激の強い炭酸水程度の反動にしかならなかった。

 どうやら俺の狂気の修行は無駄じゃなかったらしい。


 俺はゆっくりと唇を離し、口元を手の甲で拭った。

 変色していた傷口は、すっかり本来の肌色を取り戻している。



「嘘……毒が、消えている……?」



 茫然とした声を上げた彼女は、自らの獣耳の先にそっと触れ、信じられないといった様子で瞬きを繰り返している。

 俺たちが安堵したその瞬間だった。



『ギュルルルルルルゥゥゥ……ッ!!』



 突如、横たわっていたはずの腐毒竜の死骸が、不気味な鳴き声とともに痙攣を始めた。死骸の内部に蓄積されていた莫大な瘴気が暴走し、自らの肉体をアンデッドとして強制的に蘇らせた。

 瞳に禍々しい赤い光を宿した『屍竜』が、一番弱そうな(エサ)に向けて巨大な顎を開いて飛びかかってきた。


 ……嘘だろ、蘇るなんてありかよ。

 神様、やっぱり俺の人生はここで終わる運命なんですか。こんなNレアのハズレギフトじゃ、異世界なんて生き抜けるわけがないんだ――。



「危ないッ!」



 俺を庇うように立ち塞がったのは、アルミナだった。

 毒から解放された彼女が、黄金の閃光となって双剣を振るう。

 その十字に交差する凄まじい斬撃は、屍竜の牙が俺に届くより早く、アンデッドとしての核――胸の奥深くに残った魔石の核を破壊した。


 直後、力の源を失い、今度こそただの肉塊へと崩れ落ちていく屍竜の死骸から、圧縮され残っていた致死の『瘴気』が勢いよく噴出した。


 いくら俺が毒を吸い出せたとはいえ、空間全体に広がる致死の大規模な瘴気を消し去ることなど、小さな子供にできるはずがない。そう判断したのだろう。

 彼女は俺を守るため、自らが瘴気の犠牲になることを覚悟で、俺を瘴気の範囲外に投げ飛ばした。



「ごめんね、小さな坊や。でも、あなただけは絶対に生きて――」



 彼女が死の瘴気を受け入れようと目を閉じた、その時。


 俺は空中に向かって手をかざした。

 『濾過(ろか)』、発動!


 周囲に立ち込める致死の瘴気が、竜巻のように渦を巻きながら、浄化されていく。

 崖上に広がるはずだった死の気配は、一瞬にして澄み切った空気に変わってしまった。



「どうして……瘴気が……?」



 覚悟を決めていた彼女は、ポカンと口を開けて周囲の空気をしげしげと見つめた。

 そして、信じられないといった顔で目の前の俺を見る。



「……ふふっ。本当に、信じられない。こんな小さな子に、二度も命を救われてしまうなんて」



 そう呟き、彼女は俺の体をガバッと力強く抱き寄せた。



「むぐっ!?」



 ()()に必死すぎて全く目に入っていなかったが、しなやかで引き締まった身体からは想像もつかないほど、彼女には柔らかく大きな二つの山があった。

 そこに顔が完全に埋まってしまい、押し潰されそうだ……物理的に死ぬ、死ぬが、これはこれで悪くない……。

 ただ、余裕を感じさせる彼女の態度とは裏腹に、俺の顔を包み込むその山は、先ほどまでの死の恐怖によって小刻みに震えていた。



 俺は五歳の貧弱な筋力でそんな彼女から必死に顔を引っこ抜き、大きく息を吸い込んだ。

 彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。



「ねえ、あなたの名前……お姉さんに教えて?」


「……エイルっていいます。お姉さんは?」


「私はアルミナ。エイル君……ええ、絶対に忘れないわ。私の命を救ってくれて、本当にありがとう」


「エイルでいいよ!」



 彼女、アルミナは甘い視線で俺を見つめると、ふと鋭い目を背後の死骸に向けた。



「エイル、お姉さんは一度ギルドに戻って、他の魔物がこの血と瘴気の匂いに群がってこないよう、急いでギルドまで戻って回収部隊の手配を頼まなくちゃいけないの。それが終わったら、必ず責任を持って村まで送り届けるわ。だからそれまで一緒にギルドに――」



 ギルドに――。その言葉を聞いて、俺は咄嗟に空を見上げた。

 太陽の位置はすでに傾きかけている。


 ギルドとやらに行き、こんな巨大な竜の処理なんて待っていたら、確実に夕飯の時間に遅刻する。

 おまけに、子供が立ち入ってはいけないこんな遠くの危険地帯まで来ていたことまで確実にバレてしまう……。


 そうなれば、我が家の絶対権力者である母ミーナによる「おやつ抜き&一週間あるいは一ヶ月軟禁刑」という、エイルにとって死よりも恐ろしい極刑が待っている……。


 悪いけど、アルミナさん。俺は帰らせてもらいます……!


 俺は彼女が竜の死骸から破壊した魔石の核を切り出そうと双剣を構え、背を向けたその隙を突いた。

 竜の硬い鱗を砕き、肉を裂く激しい音が響く。それに紛れるようにして、俺は茂みへと滑り込み、森の奥へと全力で駆け出した。


 ほんの数十秒。



「――お待たせ。危ないから一緒に……えっと、エイルのお家はどの辺りにあるの?」



 最低限の処理として、手早く魔石の核の切り出しを終えたアルミナが振り返ると、そこにいるはずの幼児の姿は忽然と消え失せていた。



「エイル……!?」



 アルミナは慌てて周囲を見渡し、ピーンと黄金の獣耳を立てて全神経を研ぎ澄まそうと耳に意識を向けた瞬間、彼女はビクッと肩を震わせ、自らの獣耳を両手で押さえてしゃがみ込んでしまった。



「……っ」

 


 無理もない。獣人にとって敏感な器官である耳を、つい先ほど、あんなにも強く吸われたのだ。

 おまけに嗅覚も、周囲に充満する竜の強烈な死臭が邪魔をしている。

 それでも、彼女の超感覚であれば、わずかな痕跡を拾い上げることができたはずだが、エイルは村へ魔物を引き寄せないよう、自身の汗や体臭を『濾過(ろか)』で消し去りながら移動していた。

 これらの要因が重なり、遠ざかるエイルの気配は、S級冒険者の索敵すらも振り切る完璧な隠密となってしまっていた。



「……ふふっ。本当に、何から何まで不思議な子……」



 物理的に追跡が不可能であると悟ったアルミナは、呆れたように、しかし優しい微笑みを浮かべた。

 この巨大な死骸を放置すれば、凶悪な魔物たちを引き寄せ、最悪の場合は二次被害の「スタンピード(魔物暴走)」すら引き起こしかねない。

 一刻も早くギルドに戻り、死体の処理と事後対応を進める必要があった。

 そして、これほどの逃走技術を持つ子供なら、魔物に見つかる心配など皆無だろう。


 そう確信できたことで、彼女はほっと胸を撫で下ろした。



「エイル……。この広い世界でも、きっとまた巡り会えるわ。どうか元気でね、私の小さな命の恩人さん……」



 小さな少年の名を深く心に刻み込み、彼女もまた魔石を手に、疾風のように駆けていった。


 ――その道中、先ほど少年に強く吸われた耳の先がふいに熱を帯び、彼女は顔を赤らめると、自身の獣耳をそっと押さえたのだった。



挿絵(By みてみん)


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