第95話「黄金の迷い子、あるいは再利用のボストック」
米派の重鎮たちが、割れたしゃもじを前に「米の絶滅」を嘆いていたその時、料亭の襖が音もなくスルスルと開いた。
「……うほっ?」
そこに立っていたのは、パン教の『人類パン化後世界創造責任者』に就任したばかりの、あの少女だった。手には、シロップが染み込み、アーモンドクリームを乗せてこんがりと焼き直された厚切りのパン、**『ボストック』**が握られている。
「な、……貴様ッ! なぜここが分かった!」
「刺客か!? それとも、我らをパンに練り込みに来たのか!」
色めき立つ重鎮たち。しかし、少女は怯える様子もなく、トコトコと座敷の中央へ歩み寄ると、一番上座に座る重鎮の前に、そのボストックを差し出した。
「うほっ」
「……な、何だ。これを食えと言うのか。……ふん、断る! 我ら米派は、一度炊いた米が余ればチャーハンにするか、おじやにするのが筋! パンをシロップに浸して焼き直すなどという、軟弱な再利用には屈せん!」
重鎮が吠える。しかし、少女は悲しげに首を振ると、自らボストックを一口、幸せそうに頬張った。
サクッ、ジュワッ。
静かな座敷に、アーモンドの香ばしい音と、ラム酒の芳醇な香りが広がっていく。
「…………」
重鎮たちの喉が、一斉に鳴った。
少女はもぐもぐと食べ進めながら、重鎮の割れたしゃもじを拾い上げ、不思議そうに見つめた後、それをボストックの隣にそっと置いた。まるで「折れた心も、こうして甘く焼き直せばいいのに」と言わんばかりの無垢な瞳。
「……なんて、いい子なんだ……」
一人の幹部が、堪えきれずに涙を流した。
「見てくれ、あの食べ方を。敵陣に一人で乗り込み、我らに武器を向けるどころか、再利用の精神を身をもって示してくれている……。これこそ、我らが忘れていた『余った素材への愛』ではないか!」
「う、うむ……。確かに、この香りは……悪くない。いや、むしろ落ち着く……」
重鎮の震える手が、少女の差し出したボストックの欠片に伸びた。
一口食べた瞬間、彼の脳裏には、黄金色に輝く麦畑と、自分たちの守ってきた稲穂が、一つの大きなパン生地の中で仲良く発酵している光景が浮かんだ。
「……うほっ♪」
重鎮が、ついに禁断の鳴き声を漏らした。
その瞬間、料亭の大型モニターに教祖様が映し出された。
「パンに祝福を。……あら、私の大切な『責任者』がお邪魔していたようね。大司教たち、彼女を迎えに行ってあげて。……米派の皆さんも、もう無理をしなくていいのよ。ボストックのように、あなたたちも新しく、甘く焼き直される準備はできているのかしら?」
モニターの向こうで微笑む教祖様と、目の前で「うほっ」と笑う少女。
米派の重鎮たちは、もはや抗う気力を失い、全員でボストックを分け合いながら、静かにパン教への「帰依」を誓うのだった。
『米派の総本山、陥落www』
『うほ課長、最強の平和外交官すぎる』
『ボストック食べたくなってきた、再利用(改宗)してくるわ』
チャット欄の熱狂をよそに、料亭にはかつてない穏やかな時間が流れていた。




