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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第2章 魔術研究所
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治癒の魔法

僕はアリアの寝台の横の椅子に座り、持ってきてもらった書類に目を通していた。


アリアは時々眉間に皺を寄せてぎゅっとシーツを握りしめたりして、悪夢にでもうなされているようだった。僕はその度に書類を置き、握りしめたその手を包んでそっと撫でた。手が小さく震え、目にしたであろう恐怖が伝わってくるようだった。


しばらくして握りしめていた手の力が抜け、穏やかな寝顔になると、彼女の目元に滲んだの涙を指で(ぬぐ)ってやり、髪を撫でて再び椅子に座って書類の確認に戻った。


書類が乗るだけの小さな机の上で印を押すと、横に立つ女性事務官にそれを手渡した。事務官は区切りがつくまで重ねた書類を手に待っていてくれていた。


「手間をかけてすまない」


僕がアリアを起こさないようにと思って少し声を抑えながら謝ると、事務官は笑いながら首を振って小声で答えた。


「いえ、とんでもございません。ライナス殿下が長官になられてからこの研究所のどの班からも不満を聞かなくなりました。殿下が興味を持って各班の声をお聞きくださっているからだと皆、感謝しております。ですから、殿下がここで書類を確認をされる必要があるのでしたら、私共はそのお手伝いをするまでです」


「そ、そうか?」


僕は自分の好奇心を満たしてくれるこの立場を楽しんでいただけだと思っていたが…。感謝だなんて言ってもらえると、少し照れ臭くなった。



「ん……」


僕と事務官が話す横でアリアの声がした。そろそろ目を覚ますのかもしれない。


「では、こちらの書類はいただいていきます。残りは明日以降で構いませんので」


「ああ、ありがとう」


お互いに控えめの声で話し、事務官は一礼すると書類を抱えて部屋を出ていった。そして扉が音もなく閉まると共にアリアの声がした。


「……ライナス様?」


「アリア、気分はどうだ?痛いところはないか?」


「はい、大丈夫です。今……どなたかいましたか?」


体を起こそうとするアリアの背中にクッションを入れて、座るのを手伝いながら僕は答えた。


「ああ、書類を取りに来た事務官だ。僕が貴女が目覚めるまでここにいたいと言ったら、待っている間に確認できるだろうと書類がこちらにやってきたんだ」


僕は寝台横の椅子に戻り、アリアと視線を合わせて苦笑いした。アリアも一緒に笑うと思ったのに、彼女はじっと僕を見つめ、そしてその瞳は見る間に潤んだ。


「アリア⁈どうしたんだ」


「ご、ごめんなさい。目を覚ました時にライナス様がいてくださって、ほっとして……」


そう言うと、溜まっていた涙はポロポロと瞳から溢れ出した。僕は椅子を立つと、寝台の端に腰を掛けてアリアの肩をそっと抱いた。


「謝らなくていい。怖かっただろう」


アリアは小さく頷くと、僕の背中に手を回して上着をぎゅっと掴んだ。僕はしばらく背中をさすりながら、彼女が漏らす不安に大丈夫だと答えた。



少し落ち着いた頃、アリアは僕の胸に顔を(うず)めたまま聞いた。


「あの…、エレンは?…兵の皆さんは……」


彼らが怪我をしたところを思い出したのか、僕の上着を掴むその手は小さく震えていた。


僕はできるだけ穏やかな声で答えた。


「大丈夫だ。アリア、貴女が皆の怪我を治したんだ」


「私…が?」


アリアが顔を上げ、涙で潤む瞳で僕を見上げた。


そこへ扉がノックされ、侍女が食事を乗せたワゴンを押して部屋に入ってきた。


「エレン!」


アリアの瞳からは再び涙が溢れてきた。そして寝台から降りようとするので、エレンは慌ててワゴンをその場に残して駆け寄ってきた。


「お嬢様!私は大丈夫ですから、今は無理をなさらずお休みください」


「ああ、エレン。無事だったのね!」


アリアは寝台の上から身を乗り出し、エレンを抱きしめた。


「エレン、怪我は?どこか痛むところは?」


エレンが「大丈夫です」と言っても、アリアは彼女をひどく心配するように抱きしめていた。そしてアリアの周りが白く光ったと思ったら、ブワッと広がり、僕らは光に包まれた。


「わ……これが、治癒の魔法…か?」


今、僕は怪我をしているところがないからその効果がよくわからないが、ここ数日の疲れが癒やされて体が軽くなった気がした。


「お嬢様、本当に私はもう大丈夫なのですよ。お嬢様が治してくださったのです」


「本当?本当に大丈夫なの?」


「ええ、擦り傷ひとつございません」


アリアは顔を上げて、石が当たったと思われるエレンのこめかみ辺りに手を添えてじっと見つめた後、再びきゅっと抱きしめた。


「よかった…、よかった、貴女が無事で…」


「ありがとうございます、お嬢様」


エレンも遠慮がちにアリアの背中に手を回した。


僕は、無事を確かめ合う二人を見てほっとする反面、なぜアリアの乗る馬車が投石されたのかを考えていた。

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