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青星の水晶〈上〉  作者: 千雪はな
第3章 不穏
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畏怖の念

僕は騎士団長室に呼ばれていた。


数日前、アリアが乗る馬車に投石があったその日にも報告に訪れたが、今日、再び騎士団長――フィリップ兄上に呼ばれたのだ。アリアのことだとは思うが、具体的には聞いておらず、漠然とした不安を感じていた。



廊下に響いた硬い足音が部屋の前で止まると、扉が開いた。


「ライナス、もう来ていたのか。待たせてすまない」


兄上が側近らと共に入ってきた。僕は座っていたソファを立ち、敬礼した。


「いえ、先ほど着いたところです」


「そうか。座ってくれ」


「失礼します」


兄上が向かいのソファに座るのに続いて、僕も座った。


「それで今日お前を呼んだ理由だが、ハンティントン侯爵令嬢の件だ」


「はい」


僕は努めて落ち着いて返事をした。


「先日の馬車への投石があったところだが、あの村だけでなく、王都のあちこちで抗議活動が確認されている」


「……抗議活動、ですか?」


「ああ、魔術師をこの国から追い出すように訴えるものだが…、侯爵邸の周囲にできた湖のことがあるから完全には隠せるものではないと思っていたが、それ以上に情報が広まっている。魔術に対する人々の畏怖の念を利用して、その恐怖心を煽って人を集めている者がいるようだ」


「馬車への投石も、あの村で自然発生したのではなく、誰かが企てたということですか?」


「我々はそう見ている」


誰かがアリアの存在を何かよからぬことに利用していると聞いて、背筋が寒くなった。拳をギュッと握り締め、問題を整理するために質問をした。


「彼らの目的は?」


「目的までは掴めていない……が、侯爵令嬢の存在を利用して我々を混乱させようとしていることは確かだ」


「それで、ハンティントン侯爵令嬢に対してどうなさるおつもりですか?」


先日報告に来たばかりなのに、今日またここへ呼ばれたのは、その混乱を抑えるためにアリアの処遇が何かしら変わるということだろう。


僕は兄上の答えを拳を握り締めながら待った。兄上も僕の反応をじっと見て、一呼吸置いてから言葉を発した。



「ウェーンブレン離宮に魔術調査の場を移す」


「ウェーンブレン離宮…」


岩山の上に立つ白い壁が美しいその離宮は、脇の渓谷を清らかな川が流れ、眼下には国で一番美しいと称されるウェイン湖周辺の緑あふれる風景が広がっていた。


今では王族の静養の場となっているが、かつて隣国と争っていた時代に建てられた城塞だ。切り立った崖と渓谷を流れる深い川が、外部から離宮への侵入を阻んでいた。



何者かが意図的に人々を煽って魔力を持ったアリアに敵意を向けようとしている今、不特定多数が出入りできるアカデミーよりも、離宮の方が警護もしやすく安全であろうことはわかる。


警護のしやすさだけでなく、王都に留まって抗議の輪が広まる可能性を考えると、ここを離れるのが賢明だろう。


「しかし、離宮は王都(ここ)からは遠くないでしょうか」


魔法調査班だけを離宮に移し、魔法庁の他の班はアカデミーに残るのであれば、長官である僕はアカデミーに残る必要がある。何かあってもすぐには駆けつけられない距離は僕の心を不安にさせた。


「確かに近くはないが、様子を見るだけなら日帰りで行ける。他にこの離宮よりいい場所はあるか?」


「………いえ。し、しかし、せめてもう少し配置する兵を増やせませんか?」


テーブルに置いてあった魔法調査班移転計画の書類に目を通しながら、警備の不安を口にした。


「これ以上の警備は王族に対する規模になる。侯爵令嬢一人、(いち)研究班に過分な対処をすると、反発の口実にされるぞ」


「確かに…、仰る通りです」


「お前の不安もわかる。できるだけ腕の立つものをつけるようにする」


できるだけ――精鋭は陛下や皇太子殿下御一家を始め、王位継承者に優先してつけられる。継承権が十五位だとしても、僕の方がアリアや魔術調査班の警備よりも優先されてしまうのだ。しかし……


ここでゴネても仕方がないのはわかっているので、僕はため息を飲み込んで、必要なことを確認した。


「では、移転はいつの予定でしょうか」


「明後日だ。情報の伝わり方から見て、アカデミー内から漏れている可能性がある。できるだけ早く行動に移した方がいいだろう。生活に必要な物はこちらで用意して持ち込むから、魔術調査班は調査研究に必要な物だけ荷造りしてくれ。明後日の朝に馬車を寄越す」


明後日……


「かしこまりました。それでは準備にかかりますので、失礼いたします」


「ああ、よろしく頼む」


不安に思うことは多々あるが、今できることを考えよう。僕は兄上に敬礼すると、扉へと足を向けた。



「ライナス」


兄上が僕を呼び止めた。それは上官としてではなく兄としての呼び掛けに聞こえた。


「はい、兄上」


「魔術師への敵意には、お前も気をつけろ。お前にも魔力が宿っているんだろう?」


僕の魔力なんて微々たるものだが……、魔術に畏怖の念を抱いている人々にとっては、魔力量なんて関係なく恐ろしいものなのだろう。


「ありがとうございます。十分に気をつけます」


その返事を聞いて、兄上は満足そうに頷いた。僕は改めて一礼すると、騎士団長室を(あと)にした。

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