魔女に投石(前編)
アリアの宿舎が見えた時、ちょうど馬車が建物の正面に着いたところだった。
僕は馬車のすぐ横で馬を降り、その扉に駆け寄った。扉とその両側にある窓は全て割れ、キャビンの外側も石がぶつけられて傷だらけになっていた。
「アリア、大丈夫か!」
扉を開けるとアリアが侍女を抱きしめてキャビンの床に座り込んでいた。
栗色の短めの髪のその侍女には見覚えがあった。アリアの側付きの侍女で、あの爆発に巻き込まれて怪我をした一人だ。名は確か……エレンだ。僕と直接話すことはほとんどなかったが、数年前からアリアの侍女として側にいるのは見知っていた。
二人の周りには、卵くらいの大きさの角張った石が幾つも転がっていた。そして、僕の声に顔をあげたアリアの頬や髪には血がべったりと付き、クリーム色のドレスの胸元やスカートにも血が染みていて、その光景に僕は背筋が凍る思いがした。
「あ……ライナス様…」
僕の名をほっとしたように呟くと、ふっと力が抜け気を失った。
「アリアっ!」
「お嬢様!」
倒れていくアリアを侍女が受け止めた。僕もキャビンの中へ駆け込んだ。
侍女の手からアリアを奪うように抱きしめ、顔にかかった髪を退け、額、頬、首…と順に傷がないことを確認した。僕は震えが止まらない手で血の付いた髪を掻き分けてみたが、頭部にも怪我はなかった。
「その血は私のものだと思います…」
「えっ⁈」
侍女の言葉に僕は驚いた。彼女もこめかみ辺りから服の胸元まで流れたように血の跡はあるが――
「でも貴女も傷がないようだが……?」
「おそらく…アリア様が治してくださったのです」
「治した………もしかして治癒の魔法…か?」
―――これまで治癒の魔法が発動されたところを見たことはなかったが……
考え込みそうになったが、僕の腕の中で気を失っているアリアの眉間に小さく皺が寄ったのを見てはっと我に返った。
「とりあえず部屋に運ぼう」
僕はアリアを腕に抱いて馬車を降り、周りの兵らに指示を出した。
「貴殿は騎士団長に報告を。そしてハンティントン侯爵にもアリアを保護したことを伝えてくれ」
「「はっ!」」
近くにいた兵らがすぐに馬に乗り、アカデミーの正門へと走っていった。
「それから、貴殿は侍女殿を運んでくれるか」
「かしこまりました」
残っていた兵の一人がキャビンへと向かい、侍女を抱えて運ぼうと申し出たが、侍女は「自分で歩けます」と断って自分の足でサッと馬車を降りた。
「ご心配をお掛けして申し訳ございません」
そう僕に頭を下げた後、背筋を伸ばして立つ侍女には痛みを隠している様子はなかった。
「では、アリアの部屋へ行こうか」
「はい、殿下」
僕は宿舎の周りの警備の強化を指示すると、侍女と数名の護衛の兵を連れてアリアを部屋へと運んだ。
◇ ・ ◇ ・ ◇
アリアを彼女の部屋に寝かせ、医師が診察を始めるのを見届けると、僕は隣室に侍女と数名の兵を順番に呼んで話を聞いた。
侍女の話によると___
「お嬢様を乗せた馬車がハンティントン侯爵邸の敷地に隣接する村に入った途端、石が投げつけられました。
窓を割って石が入ってきましたので、お嬢様は床に身を伏せていただき、私が覆い被さったのですが、少し顔を上げた時に石が額に当たって私は気を失ってしまい……」
「その後はわからないということか」
「はい。気づいたらアカデミーの門をくぐるところで、お嬢様が私を抱きしめてくださっていました」
そして馬車の護衛についていた兵らの話では___
「村に入った所で待ち構えていたようでした」
「『魔女は立ち去れ』『この地も魔女が水に沈めるつもりだろう』などと口にしながら、道の両側から一斉に石を投げてきました」
「石を投げた者達はフードを被って、木や建物の影に隠れて顔は見えませんでした。申し訳ございません」
「馬車が旋回する時、我々ができるだけ盾になれるよう周りに立ったのですが、投石の数が多く、キャビンの中に投げ込まれてしまいました」
それぞれの話から、投石された時の様子がわかってきたが、その内容と彼らの今の様子に矛盾があることに気づいた。




