魔術調査班の休日
「今日と明日、魔術調査班は休みだったな」
僕は、南向きの窓を背にして使い込まれたどっしりとした机に向かい、まずは毎朝秘書官がまとめてくれる魔術庁各班の予定表を見ていた。チェスターは壁際の一回り小さな机で新しく届けられた書類を整理しながら僕の言葉に答えた。
「そうですね。アリア様は、ハンティントン侯爵邸へ行かれるのでしたね。そろそろ出発される頃でしょうか」
そう言われて僕は机の上に置いた懐中時計にちらりと視線をやった。
「ああ、そうだな。ここで調査をするために移ってきてから初めて侯爵邸に帰るからと、二、三日前に会った時は嬉しそうにしていたな」
「それはよろしかったですね」
「僕も行きたかったなぁ…」
以前は、二週間に一度くらいは視察などの公務で外出したついでに侯爵邸に立ち寄っていた。僕にとっても肩の力を抜ける貴重な場所だった。それがいつの間にか一ヶ月以上訪れていない。
―――まあ、ずっと緊張や不安を感じてきたであろうアリアが慣れ親しんだ家で、久しぶりに兄のギルバートに甘えられればそれでいいのだが。
「今日はこの書類を片付けてくださいね」
「わかってる」
僕の机の上には、各班の研究の申請書や備品の購入許可申請書など様々な書類が積まれていた。チェスターや補佐官らが内容を精査してくれているが、最終的に承認して印を押すのは僕の仕事だ。
春の終月も後半となり、四半期ごとに締められる申請書類が大量に僕の承認を待っていて、ここ数日寝不足が続いていた。僕も休みが欲しい。
「殿下、明日の午後にアリア様を迎えに行くくらいはできそうですよ」
「本当か⁈」
僕の予定を確認したチェスターの言葉に、思わず満面の笑みで聞き返してしまった。今、この部屋にチェスターしかいなくてよかった。小さく咳払いをして「では、早く書類を片付けよう」と呟いた。
僕のわかりやすく浮かれた様子にふっと笑って、チェスターも書類に視線を落として手を動かしながら一言加えた。
「申請内容に一つずつ興味を持たれないよう、お気をつけください」
「わかってるよ。いちいちうるさいな」
魔術庁で行なっている調査や研究は、どれも僕にはとても興味深い。つい詳細を知りたくなって手を止めてしまう。時にはその研究室まで足を運んでしまうことも。
でも今回は申請書の確認に徹し、早めに終わらせよう。それくらい僕だってわかっている。時々チェスターと言葉を交わしつつも、いつもより早いペースで書類の山を片付けていった。
◇ ・ ◇ ・ ◇
昼の休憩には少し早い時間、僕の机の上の書類はまだまだ残っているものの、順調に作業を進めていた。
その時、廊下をバタバタと走る足音が近づいてきて、僕もチェスターも顔を上げた。
「どうかしたのでしょうか?」
チェスターが席を立ち、廊下を確かめに行こうと机を離れた時、扉がノックされた。
「入れ」
「失礼いたします」
入ってきたのは白衣を着た研究官ではなく、騎士団の兵だった。嫌な予感がして僕も立ち上がった。
「どうしたんだ」
「はっ、殿下。ハンティントン侯爵令嬢の馬車に投石があり、怪我人が出たため引き返してまいりました」
怪我人と聞いて僕はサッと血の気が引くのを感じた。慌てて執務室を出て、研究棟のエントランスへと向かった。廊下を走りながら、僕についてくる兵に確認をした。
「アリアは?怪我をしているのか?」
「いえ、侯爵令嬢はご無事ですが…」
「では誰が怪我を⁈」
「迎えにきていた侯爵家の侍女です」
「それにしても、なぜ投石されるんだ…」
「侯爵邸の手前の村で、『魔女は出て行け』などと村人らが言っているのが聞こえました」
侯爵邸から近ければ、屋敷があっという間に湖に囲まれたことを知っていても不思議ではない。それを見て不安に思ったのだろうか。
「なぜアリアの乗った馬車が……迎えということは、侯爵邸の馬車を使ったということか」
「はい。侯爵邸の紋章が付いた馬車で迎えに来られました」
「だから狙われたのかもしれないが…。ギルバートが投石されたなんて話はなかったよな」
すぐ横をついてくるチェスターにそう聞くと、彼は頷いて答えた。
「はい、先日の騎士団からの報告書にはそのような記載はございませんでした」
そこまで話したところで、研究棟のエントランスに出た。しかし、そこに馬車はいなかった。
「今朝はご令嬢の宿舎の方にお迎えに上がりましたので、そちらへ戻られると思います。殿下、私の馬をお使いください」
そう言って兵は自分が乗ってきた馬の手綱を差し出した。
「ありがとう」
僕は馬に跨ると、アリアの宿舎へと急いで向かった。




