49.サンチェスは消えて逃亡する
サンチェスは消えて逃亡する
「サンチェスは見つかったか!?」
「こっちにはいません!」
アルフレッド氏の邸宅内を、警官らが走り回りながら捜索していた。
サンチェスが消えてから約五分が経った。
サンチェスがいたから起こったはずの乱闘、しかしその乱闘が静まったころにはサンチェスはそこにいなくなっていた。
セドリック警部はすぐに行動を起こし、警官らに邸宅内の捜索を命じた。
しかし、今のところサンチェスは見つかっていない。
セドリック警部はこれ以上無理をして動き続けると体を壊してしまう可能性があるので、フランス国家警察側の総本山である応接間で総指揮を行っていた。
その代わり、ジェームズはセドリック警部の分までサンチェスの捜査を行っている。
といっても、これと言った結果は出せていない。
サンチェスの消失から十分が経過した。
警官たちや、ジェームズの必死の捜索もむなしく、サンチェスが発見されることは最終的になかった。
途中からは疲労が回復したセドリック警部も少しだけ捜査に参加していたが、それでもサンチェスの発見には至らず、皆の士気も下がっていた。
そんな時だ。ある警官があるものを発見したのは。
「セドリック警部! 門の近くにこれが置かれていました。汚れ具合から見ても、かなり最近に置かれたもので、意図的に置かれたものの様です。」
セドリック警部に、そんな報告が入った。
セドリック警部はジェームズを呼び、それがサンチェスの事件の解決につながると信じて中身を確認した。
すると、先に反応したのはセドリック警部ではなくジェームズだった。
「これ、はッ………」
小さく声を漏らしたジェームズは、今までになく驚いた様子だった。
彼にしてみれば、驚くなという方が無理な話である。
そこにあった書類等は、ジェームズが今までの数か月の間に探しに探してきた書類だらけだった。
その中には、既に存在こそしないであろうと諦めていたものもあった。
しかし、その書類がそこにあるのだ。
セドリック警部は、ジェームズほど状況を把握していなかったために書類を一目見ただけでは何についての書類なのか分からない様子だったが、いくつかの書類に目を通して、その書類の内容や、重要性を理解したようだ。
こちらも驚いた様子で目を見開いている。
門の近くに置かれていたという箱に入っていたのは、アルフレッド氏の悪事の証拠だった。
これは、数か月前からジェームズが探偵として依頼されて探していた書類だ。ジェームズの実家の情報網を駆使しようとも発見できなかった書類が、思わぬ方法で発見できたのだ。
ジェームズとして自分が見つけられなかったものを他人に発見されるというのは悔しいことであったが、それ以上にその情報が入ったことを喜んだ。
依頼人の依頼内容としては、その証拠を見つけることというよりはその情報によってアルフレッド氏が失脚することだ。
その情報を依頼人に渡す必要はないとジェームズは結論付ける。
セドリック警部はジェームズが考え事をしている間に警官らにアルフレッド氏の身柄確保を指示し、フランス国家警察に報告し、アルフレッド氏の逮捕のために逮捕状を請求していた。
ジェームズは、箱の中に書類をもとの順に直してから入れ直し、ふたを静かにしめた。
セドリック警部は、いくつか手続きのようなものを行ったのちに、もう一度サンチェスの捜索をやりなおそうと考えた。
しかし、ジェームズはそれが無駄であることを知っていた。
先ほど見つかった箱は、十中八九サンチェスが置いていった置き土産であろう。
ならば、サンチェスは既にどこかへ逃亡したと考えていいだろう。
と言っても、この場ではジェームズはセドリック警部の部下のようなものなので、一旦何も言わずに従っておく。
ジェームズがセドリック警部に進言してサンチェスの捜索を止めることもできたが、ジェームズとしても確信を持てていないことを人に話すのは嫌だった。
今まで成功ばかりを重ねてきたジェームズだが、今回はサンチェスに負けてしまって、久々に敗北を味わった。
そのせいで、少しばかり自信を無くしてしまっているのだ。
しかし、このまま負けたままでいるというのはジェームズの威厳に関わる。
ジェームズとしては、一旦サンチェスの対策を考えておきたいところだ。
ジェームズはこれからの計画を立てながら、またもサンチェス捜索のために走り出した。
その後、どれだけサンチェスの捜索をしても意味をなさず、セドリック警部は失意のままに国家警察へと帰還した。
「やっと到着したか………あとはあれだな。」
フランス国家警察を前にして、一人の男性が考え込んでいる。
そして、少し考えたのちに国家警察内へと進んでいった。
「セドリック警部はおられますか?」
彼は受付窓口にいた警官にそう伝え、案内されて国家警察内の応接間へと通された。
セドリック警部がその部屋に来た。
しかし、セドリック警部はその人物を知らなかった。
「初めまして、セドリック警部。」
そう言って、彼はセドリック警部に握手を求めた。
その時、セドリック警部は自分の目の前にいる人物が誰かに気づいた。
「会うのは初めてですね、レオパルドさん。」
「おや、わかっておられましたか。」
彼、レオパルドは笑ってセドリック警部と握手を交わした。
「改めまして、レオパルド・アルバ・モンテスです。」
レオパルドは、そう自己紹介をして優雅に礼をする。
「セドリック・クレール・ラバスです。」
セドリック警部も挨拶を返した。
お互いに自己紹介を終えて、席に着くと、レオパルドが話し始めた。
レオパルドは、フランスに観光のために来たわけではない。
しっかりとした重要な用事があってここに来たのだ。
レオパルドが「本題に入りましょうか。」と言って話し始めると、一気にその場の雰囲気が変わった。
セドリック警部もレオパルドの雰囲気が変わったことに一気に真剣な表情になった。
「こちらにサンチェスが来ているという話を聞きました。それで先日はわざわざ国際電話を使って連絡させていただいたのですが、実際に私もこちらに来ようと思いまして、こうして参った次第です。エクトル警部もサンチェスがいるなら…と来る気満々だったんですが、流石に国家警察の刑事が簡単に国を離れられるわけありませんので、どうにか諦めてもらいました。」
セドリック警部は、レオパルドがサンチェスの話題を出したときに、やはりかと思った。
レオパルドが来ている時点で大体そうだという予想は出来ていた。
セドリック警部としては国家警察に電話をしてきたレオパルドが実際にフランスまで来るとは思っていなかったが、来たのは良いことだ。
セドリック警部はつい先ほどジェームズから次の事件には同行できないと連絡をもらっていたのだ。
ジェームズは一旦サンチェス対策を立てるために休養を取らなければならないのだった。
そのため、セドリック警部としては自分の代わりに足を使った捜査をしてくれる人物を探していた。
警官を連れて行ったらいいのだが、サンチェスがかなりの手ごわい相手だと知ってか、サンチェスの事件を担当したいという警官は出てこない。
それで、人手が足りていなかったのだ。
ここでレオパルドが参戦してくれるのはセドリック警部にとってはもちろんのこと、フランス国家警察としてもうれしいことだった。
「では、サンチェスの事件には参加していただけるのでしょうか?」
セドリック警部は一応のためにレオパルドに尋ねておく。
レオパルドは「もちろんです」と返した。
「それから、一つお伝えしておいた方がいいことがありまして――」
レオパルドは途端に声を潜めて話し始めた。