列車の中にて
ちょっと短めです。
メアリ様は初めての列車旅ということもあって、侍女と楽しそうに客室を探索している。1号車は私達の貸切で私の部屋はメアリ様の隣だ。
その間に兄に護衛を任し、1人でパンフレットを読みながら他の車両をチェックしに行く。かく言う私も初めてなので少し浮かれてしまう。1号車から4号車まではおそらく貴族しか使うことが無いだろう食堂車、展望デッキ、ラウンジがあり、5号車以降は2級客室、3等客室、そして座席のみの車両と続く。
丁度、5号車の通路を歩いている時、列車が動き始めた。足に力を入れてフラつかないように踏ん張ると真横の客室の扉が思い切りよく開いた。
バンッ‼︎
危ない!と思った瞬間には扉が思い切り顔面にぶつかり、そのまま背中から廊下へ倒れて頭に強い衝撃が走る。防御魔法が得意とか2度と言わない…と誓いながら意識を手放した。
「・・・護衛やお付きの方はいらっしゃらなかったのですか?」
「彼女1人だったよ。」
「いや、でもしかし…」
「多分1号車が貸切になってるからそこじゃ無い?急いで連絡してきて。」
後頭部も痛いし、鼻がジンジンする…
誰かの話し声が聞こえてうっすら目を開ける。
「あ、気がついた?」
私を覗き込むように問いかける。紫色の瞳の持ち主はあっけらかんと笑いながら謝罪の言葉を口にする。
「ごめんね〜まさか発車時にウロウロしてる人がいるなんて思わなかったんだ。」
そうか…発車時は動いちゃダメだったのか。
「いえ…」
「君、ポート王国の人だよね?これから旅行に行くの?」
っ‼︎
なぜポートの人間だと?気がついたばかりで頭が回らない。とりあえず体を起こしてみると、廊下に寝かしてるんかよ!と突っ込みたいところを我慢して考える。
「安心して。何もしてないって。この通り倒れたままにして触ってない。僕たちはトランセットから買い付けに来てた帰りなんだ。列車に慣れてないようだったからポートの人かなって思っただけ。」
ええ、そうでしょうね。廊下に寝かされたなんて初めてですよ。一応侯爵令嬢なもので。
「ずみまぜん。」
…?
ふっと違和感を覚えて鼻を恐る恐る触ってみる。
「あー、鼻血出てたから、その、鼻に布を詰めてあるから…止まってそうなら取った方が…」
笑いを堪えてるのか肩を震わせながら横を向いている。
「…大変失礼致しました。」
とりあえず鼻の穴に詰められていた布を取り、自分のハンカチで鼻を押さえ直した。
恥ずかしさで頬が少し熱くなり、視線をずらす。
「ねぇ、君名前は?僕は・・・ジョン。」
「リィです。」
漆黒の艶やかな髪に、宝石のような紫の瞳が不思議そうに視線を合わせてくる。
どっかで聞いた事のある組み合わせだったと思う。どこかの貴族の令息にいたような・・・気がして本名ではなく愛称で名を名乗った。
「リィ?まぁいっか。ねぇ、どこ行く予定?僕は王都まで行くんだけど、良かったらお詫びに案内するよ。」
「結構です。」
「僕、結構王都には詳しいんだけどなぁ…」
「そろそろ部屋に戻ります。また後ほどお礼にお伺いさせて頂きます。」
立ち上がろうとすると、ジョンは自然な動作で手を差し出してきた。
その手に、自身の手を重ねようとしたその時、ヒュッと二人の間を何かの影が通り過ぎた。
--カツン。
目線が影を追うと、壁にぶつかって短剣が床に落ちた。
ハッと視線を戻すと険しい顔をしたジョンの頬に今まではなかった赤い筋からとじわっと滲み出した。
開いていた窓から投げられたであろう短剣をジョンはすぐ様拾い、私の手を乱暴に掴み引っ張り起こして、無理やり立たせる。
「1号車のほうへ走るよ。」
おそらく暗殺者だ。
すると丁度、1号車の側のドアが開かれシリアス兄様とジョンと一緒にいた人が話しながら戻ってきた。
「エド!賊だ!窓から!」
ジョンが焦った様に叫ぶ。
すぐさま状況を確認した二人は表情を引き締め、シリウス兄上が私を抱き寄せ防御魔法を展開した。
エドと呼ばれた人が開いていた窓から外を確認し、すぐさま窓を閉める。
「大丈夫か?血が・・・」
青白い顔をした兄が焦った様に私に問いかける。私は顔を縦に振り、小声で暗殺者かもしれませんとコッソリ伝えた。
「まず、このまま部屋まで連れて行く。君は、連絡を寄越してくれた人だね。人を連れて後で戻ってくるので何があったか詳しくはその時に。」
「ちょっと待って。」
ジョンの傷にそっと手を近づけ、治癒魔法を発動させる。
指の先がぼんやりと光り、傷跡は何もなかったかのようにすっと消えた。
驚いたように私を見て呆然とするジョンとエド。
「鼻…の治療のお返しです。」
かすかに微笑んで、踵を返し急いで1号車へ戻った。