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第六話

 


 それから。

 優輝からの電話は途絶えた。


 すでに一週間以上も経つ。

 

 あの時聞いた「好きだ」の言葉。

 聞き間違いだったのかもしれない。そうじゃないのかもしれない。

 だけどわたしにそれを確認する術もなかった。


  

 

 

 その日も雨だった。

 まだそんなに強くはないけれど空はどんよりと真っ暗で。


 傘を差して帰り道、S駅に向かって歩く。

 今日も傘の群れが色とりどりの紫陽花のようだった。



「杳子」



 駅前で呼び止められて振り返る。

 そこに立っていたのは順平で、この前綾菜をなだめた時のようなバツの悪い表情をしていた。


 少し前までは見るだけでドキドキしてたのに、今はなにも思わなかった。



「やり直したいんだ」



 突如言われた言葉に、頭の中が真っ白になる。

 


「あの時は悪かった。あれから優輝に言われたこと考えてて、やっぱり杳子のほうが――」



 そう言った順平の後ろに見えた金色の髪。

 ライオンみたいな髪がびしょ濡れで、傘も差さずにこっちへ向かって歩いて来ていた。


 一週間見なかったその姿。

 よりにもよってこんな時に逢うなんて。


 わたしが口を開こうとすると、優輝が小さく首を振ってニヤッと笑う。



 ――よかったな。



 そう動く唇。

 

 わたし達を気遣うように、元来た道を戻って行った。

 駅はこっちだよ。なんで違う方向へ行くの?



「杳子?」



 眉を寄せた順平がわたしを見ている。

 全く優輝の存在には気づいていない。


 わたしは、去ってゆく優輝の背中を順平の肩越しに見ていた。



 行かないで! 



 心の中ではそう叫んでいるのに声が出ない。

 優輝の金髪が大きな雨粒に濡れている。それはまるで彼の涙のようで。



 気づいた時には雨の中を傘も差さずに追いかけていた。





 駅に向かって歩いてくる同じ学校の制服の人たちの波をすり抜ける。

 怪訝な目線も降りしきる雨も、一歩踏み出すごとに跳ね上げる水も全く気にならなかった。

 ただただ、その濡れた金髪を追いかけるのだけで精一杯で。

 

 脇道に入った優輝の姿が見えなくなる。

 その背を追いかけて、わたしも脇道に入った。



「優くんっ!」



 大声で呼びかけると、驚いた表情で優輝が振り返る。

 そして怒ったように眉をつり上げ、鋭い目で睨みつけられた。



「恥ずいからその名で呼ぶなって」



 わたしが近づくのを全身で拒絶しているようだった。

 だけど、わたしは一歩ずつ近づいてゆく。


 ライオンみたいな優輝、だけどココロはそうじゃない。

 素直じゃなくて、人一倍寂しがり屋なんだ。

 自分を見てほしくて、これが彼なりの自己主張なんだって思えて。



「優くん」

「だから――」



「好き」



 雨粒がわたしと優輝を打ちつける。

 その雨音で聞こえなかったかもしれない。だから。



「優くんが、好き」



 もう一度大きい声で伝える。すると優輝の細い目がこれでもかってくらい大きく見開かれた。

 

 思いが溢れ出す。

 泉のように流れ出す涙も雨が全部かき消してくれるはず。



「ばっかじゃね」



 意地悪そうに口角を上げて笑う優輝が、大股で近づいてきた。

 目の前に立たれ、見上げると切なそうな目。今にも泣き出しそうだった。



「おまえは本当のばかだな」



 大きくて暖かい優輝の手のひらがわたしの両頬を優しく撫でた。

 雨で貼りついた髪を後ろに流すように何度も頬に触れられる。それでもわたしは目を逸らさず優輝の目を見ていた。


 クッと再び微笑んだ優輝の顔が近づいてきて、そっと唇が重ねられる。

 それは一瞬だけ触れて、すぐに離れた。

 


「目、閉じろ。ばーか」



 細められた優輝の目を見ながら従うと、啄ばむような口づけをされた。

 それはほのかにしょっぱくて。だけどとっても心地よくて、幸せな気持ちをもたらしてくれた。


 このキスが終わったら、伝えよう。


 今度は優輝が眠りにつくまで、わたしが囁き続けるから。


 だから、今日も二十二時。約束だよ。



 【おわり】






ありがとうございました!


ここで書ききれなかったことがまだ少しだけあります。

セーラー服の女の子は誰か?とか(裏設定的な何か)

いつか優輝視点として投稿したいと思います。

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