第四話 花売りエルザ
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エルザは花売りである。
アクソード王国の王都ダイナオークスには、花売り娘は珍しくないが、普通は、何かの仕事の傍らで花を育てている家から頼まれて花を売り、いくばくかの手間賃をもらう。いわば片手間の臨時仕事だ。
だが、エルザは違う。
自分自身で花を育てて、それを売ることを、生業としているのだ。
エルザは、ボドフリ山に住んでいる。
王都の北にボドフリ山はある。低い山だ。
ボドフリ山の南側の麓には、ボドフリ村がある。
この山の麓は地味豊かで、農作物がよく育つ。ボドフリ村は、小麦や野菜や果物を王都に供給している。こういう村は王都の周りにいくつもあって、王都の民の生活を支えている。
エルザの住まいは、ボドフリ村を出てボドフリ山を少し登った場所にある。
住まいはどこかと聞かれたら、ボドフリ村です、とエルザは答えるが、実のところ、エルザはボドフリ村には住んでいない。
王国の主要な山すべてがそうであるように、ボドフリ山も王家の財産である。下草を刈る権利と、枯れて落ちた枝を拾う権利はボドフリ村に与えられているが、山の木材を伐採することも、山で獣や鳥を獲ることも、山の池で魚を捕ることも、村人には許されていない。それができるのは、鑑札を受けた木こりや炭焼きや狩人や漁師たちだ。
ではそんなボドフリ山に、どうしてエルザは住んでいられるのか。
エルザの父は、王宮から出資を受け、植物の研究をしていた。各地を回って珍しい野菜や花を探し、種を収集しては持ち帰って、栽培を試みた。
エルザの父が南方から持ち帰ったガリガ芋は、今では庶民に人気の食べ物だ。
また、キンサロ王国からフレスロードという美しい花の種を持ち帰り、ボドフリ山で育てることに成功した。
フレスロードは王都のあちこちで栽培されるようになり、今や貴族家の婚礼にはなくてはならない花となっている。
こうした功績により、エルザの父は、ボドフリ山に家を建てて住むことが許された。また、一定の地域の中でではあるが、自由に植物を育ててよいという権利を得た。
しかも、ボドフリ山に住んでいれば、税を納めなくてよいのだ。
今は父も母も死んでしまい、雇い人たちもいなくなり、姉は王都に住んでいるので、エルザはたった一人だ。
それでも、寂しくはなかった。ボドフリ村の人々はエルザに優しいし、何よりエルザは花を育てる仕事が大好きだった。
家の周りには多種多様な花と木が自然に近い形で植えられている。この国ではここでしか見られないものもある。自活には十分な野菜も育てている。ずっとここに住んでいたい、とエルザは思っているのだ。
2
「荷車、引っ張ってやるよ」
「ありがと、ゴーロク。今朝も早いのね」
「ああ」
ゴーロクは、ボドフリ村の農家の息子で、毎朝ボドフリ山に、枯れ枝や枯葉を拾いに来る。背負い籠には、すでに枯れ枝や枯れ葉がぎっしり詰め込まれている。
ボドフリ山で仕事をする木こりたちは、ボドフリ村の井戸で水を汲ませてもらうこともあるし、雨宿りさせてもらうこともある。泊まらせてもらうこともある。それで恩義に感じているのか、売り物にならない枝などを切り落として放置している。だから、村人たちは、燃料にする枯れ枝に不自由することはない。何事も、持ちつ持たれつということだ。
ゴーロクの父も兄も、エルザの父の花畑の仕事を時々引き受けて、ゴーロクを連れて来ていたから、エルザとゴーロクは幼馴染だ。
エルザは今年十六歳だから、ゴーロクは十五歳なのだが、もう身長はゴーロクのほうが高い。
エルザの荷車には、フレスロードの花がたくさん積み込んであり、藁を編んだ覆いを掛けてある。
山の坂道を下るときには、それなりに力がいるので、ゴーロクの手伝いは、正直に言って助かっている。
ゴーロクは、慣れた手つきで荷車の取っ手を持ち、すたすたと山道を下った。でこぼこした山道を、荷車をあまり揺らさないよう、うまく荷車を引っ張っている。下手な引き方をしたら、せっかくのフレスロードが傷んでしまうが、ゴーロクの引き方は、安心して見ていられる。
坂道が終わり、平地に出てしばらくすると、ゴーロクは立ち止まった。
それまでエルザは、荷車を後ろから押しながら、荷物の様子を見守っていたが、荷車の前方に進み出て、取っ手をゴーロクから受け取った。
「じゃあな」
「うん。ありがと」
礼もそこそこに、エルザはゴーロクと別れ、荷車を引いて足早に進んだ。
できるだけ早く、花が少しでも新鮮さを保っているうちに届けたい。
農作業をしている顔見知りの村人たちとあいさつを交わしながら、エルザは先を急いだ。
村を抜けると、王都の北門は目と鼻の先にある。
「ボドフリ山のエルザです」
「今日も花の納品かい。気をつけて行きな」
「はい。ありがとうございます」
顔見知りの衛兵とそんなやり取りをして、エルザは貴族街の外れに向かった。
そして、まず、アイスリング家に足を運び、花の半分を降ろした。
「おお。見事なフレスロードだな。やはりボドフリ山のフレスロードは一味違う」
「ありがとうございます。近いうちにまたお花のご注文はございますか?」
「三日後に食事会があるのだ。三日後の朝に花を持ってきてくれるか。量は今日より少し少ないぐらいでな」
「かしこまりました」
手帳を出して、注文を書き込んだ。べつに手帳に書かなくても、この程度のことならきちんと覚えていられるのだが、わざわざ手帳に書くようにしている。ちゃんと手帳に書いたほうが、相手が安心するのだ。そして、こちらが筆記用具を携帯していて、字の読み書きができることを示すことができる。貴族家が相手のときは、それが信用につながる。
もちろん一番大切なのは、納める花の品質だ。貴族家では、それぞれ花を育てているものであり、普段は外から花を買う必要はない。
花を買うとしたら、自分の家の花では足りないときだ。つまり、大勢の客を招いて晩餐会を行ったり、何かの祝いの宴などを行うときには、大量の花が必要になるから、外から花を買う。
そうしたときに、買った側が感心するほど品質のよい花を納めておけば、ちょっとした食事会や茶会のときにも、その場の彩りに花を注文してくれるようになる。
アイスリング家を辞したエルザは、ウリボン家に向かった。
そして残り半分のフレスロードを降ろし、次の注文を受けた。
3
「〈ダイナの花束〉はいかがですか〜〜〜。とても綺麗でよい匂いがして長持ちする〈ダイナの花束〉はいかがですか〜〜〜。水のいらない〈ダイナの花束〉はいかがですか〜〜〜」
貴族家二つで荷物の大部分を降ろしたエルザは、貴族街から繁華街の外れに移動して、持ってきた花束を売るべく、通行人に呼びかけた。
この時間は、仕事に出かける人が通りを行き交っている。花売りをする娘は夕刻の街角に立つことが多いが、エルザは朝の間に商売をするのだ。
「水がいらない花束ですって?」
「はい。これです。五十日ぐらいは色鮮やかなままで、そのあとは少し色がくすんでいきますけど、百日くらいはもつようです」
「これは……枯れているの?」
「枯れているんじゃなくて、水気を抜いているんです」
「へえ。面白いわね」
その女性は、どうやって作るのか、とは聞かなかった。もちろんそれは商売の大切な秘密なのだが、実は、花束を作って十日ほど逆さに吊っておくだけなのだ。
もともとは偶然からの産物だ。エルザの部屋にはあちこちに花が落ちているが、花の中には枯れても美しさを保つものがある。ふと思いついて、いろいろな花で試してみたところ、水気が抜けても美しさを保つ花と、そうではない花があった。
特に難しかったのは、緑の葉だ。花だけでは美しくない。やはり緑の葉があってこそ、花の鮮やかさは映える。そのうち、いくつかの花の葉は、自然な緑色を保ったまま乾燥することが分かった。
最初は、花を個別に乾燥させてから花束にしようとしたが、うまくいかなかったので、すぐに最初から花束にして乾燥させる方法に切り替えた。
藁の上で乾かすと乾燥にむらが出たので、逆さに吊って乾かすようになった。
〈干し花束〉という名で売り出そうかと思ったが、いかにも語感がよくない。いろいろと考えて、永遠の美を持つ女神ダイナの名を借りて、〈ダイナの花束〉と呼ぶことにした。
三旬ほど前から売り始めたが、あまり売れ行きがよくない。やはり生花に比べると色の鮮やかさでは負ける。客はそこが気に入らないようだ。
(このお姉さんは何をしている人なのかな)
(なんか、できる女って感じで、素敵ね)
「一つ頂くわ。あなたはいつもここで花束を売ってるの?」
「まいどありがとうございます。いつもじゃないです。時々です。あ、でも、三日後は、今ぐらいの時間にいると思います」
「そう。また会えるといいわね」
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「また会えたわね」
「こんにちは」
「こんにちは。売ってもらった花束だけど、二日たっても綺麗なままだったわ。たぶん五十日ももつんでしょうね。すごいと思ったわ」
「ありがとうございます!」
「いろんな花を組み合わせて一つの花束にしているのも、とてもいいなと思ったわ。普通花束って、一つの種類の花を何本かまとめて結んであるだけですものね」
「貴族の方が何かの記念に贈るような花は、いろんな種類を組み合わせますけどね。もっとずっと大きな花束になりますけど」
「あら。あなたは貴族の方々ともお付き合いがあるの?」
「いくつかのお家に花を納めさせていただいてます」
「そうなの。ところで、押し花の注文はできる?」
「押し花、ですか?」
エルザは押し花を知らなかった。
その女性は、私の名はジェニーよ、と名乗り、エルザを自分の店に連れて行った。
それは繁華街の外れの裏通りにある、〈ブルーインク〉という名のサイン店だった。ジェニーはこの若さで自分の店を持ち、一人で切り盛りしているのだ。エルザはジェニーを尊敬の目で見た。
ジェニーはエルザに押し花の作り方を教えた。
押し花に向いているのは、厚みがあまりなく、水気が抜けやすい花だという。葉っぱも案外綺麗な押し花になるらしい。
ジェニーは、貴族女性用の訪問名刺の飾りとして押し花を使えないかと考えたらしい。ジェニーの〈ダイナの花束〉を見て、これを作った人なら、自分が思い描いた押し花を作ってくれるのではないかと閃いたという。
エルザの家の周りには、父が残してくれたたくさんの花が咲いており、ちょっと回るだけでいろんな組み合わせの花束ができる。花を育てて売る人は多いが、普通は数種類の花しか栽培しない。花の種類の多さはエルザの売りだ。
名刺の見本を五枚預けられた。見たこともないような綺麗な紙だ。飾り文字で名を入れるのだから、それだけの余白がいる。ごく小さな花や葉でなければならない。それはとても楽しい挑戦に思われた。
エルザは、押し花作りに夢中になった。花を育てる仕事は、夜は暇だ。安くはない蝋燭を惜しげもなく使い、エルザは夜な夜な試行錯誤を繰り返した。
なるほど厚みがなく、水気の少ない花は、押し花にしやすかった。だが、エルザは敢えて、厚みのある花や、水気の多い花、長い茎を付けたままの花なども押し花にしてみた。
花びらを一度分解して乾かしてから組み立てるというやり方も編み出した。もとの花は綺麗なのに、押し花にするとしわくちゃになったりくすんだりする花もあった。
ジェニーの依頼には、もちろん真っ先に取り組んだ。
小さくて見栄えのする押し花は、なかなか難易度が高かった。
だが、出来上がった五つの見本品は、エルザの自信作といえる。
〈ブルーインク〉に持参したところ、ジェニーに絶賛された。
王都に花を納めた日には、〈ブルーインク〉に立ち寄るのがエルザの日課になった。
ほどなく、二十枚の訪問名刺に押し花をする仕事を依頼された。
驚くほどの報酬を渡された。花代で計算すれば、二束三文の値段にしかならないはずなのだ。
「花の値段じゃないわ。あなたの技術と手間暇に対する報酬よ」
そんな考え方があるのかと思った。
できあがった訪問名刺を見せてもらったが、ため息がでるほど美しかった。文字がまるで咲き誇る花のようだった。
あとで、納品先から大変喜ばれたとジェニーから聞いた。
うれしかった。
(これはやりがいのある仕事だわ)
それからというもの、訪問名刺に押し花をする仕事は、途切れることなく依頼が入り続けた。
5
エルザは十七歳になった。
そして秋も深まり、フレスロードの咲く季節が巡ってこようとしていた。フレスロードの花は、秋の間中、ぷっくりと蕾を膨らませ、冬近くなったころ咲き始める。今年もたくさんのフレスロードが、王都の人々の目を楽しませることだろう。
ある日、アイスリング家から、フレスロードの花の大量注文が入った。高貴な方をお招きする特別な宴席があるのだという。
だが、その日付が問題だった。その日だと、そろそろ霜が降るかもしれない。
フレスロードは霜に当ててはいけない。それは原産地のキンサロ王国では常識だと、エルザの父は言っていた。霜に当たると、フレスロードの薄桃色の上品な色はすっかり色褪せてしまい、きたならしくなってしまうのだ。
場合によっては当日ではなく、前日か前々日に納品することになるかもしれないと断った上で、納品の約束をした。
それから数日間は、訪問名刺の仕事などで忙しくしていた。
ある日、納品を済ませ、〈ブルーインク〉にも立ち寄ったあと、空の荷車を引きながら、考えた。
(どうも、そろそろ霜が降りそうな気がする)
(明日は早朝からフレスロードを収穫して小屋に入れておこう)
そう決めて、王都の北門を出ようとしたときのことである。
「あ、エルザ。ちょっと待って」
顔見知りの衛兵だ。
いったいどうしたのだろう。
エルザは衛兵控え所に連れていかれ、そこからさらに、警邏隊詰所に連れていかれた。
6
窃盗の疑いだった。
エルザ本人に容疑がかかっているのではない。姉のナンシーに容疑がかかっているのだ。
ナンシーは宝石彫刻師だ。エルザより九歳年上で、二十六歳。
王都に住む師匠のもとに住み込みで働いている。顧客もついてきていて、そろそろ独立しようかという話が出ていると聞いている。
そのナンシーが、とある商人の家に派遣された。ブロンズ像の手入れのためだ。
その像にはいくつも宝玉が嵌め込んであり、大きくて立派な像なのだが、全体に汚れが目立ってきた。そこで、ごみや汚れを取り、磨きをかけて、美しさを取り戻すという依頼が師匠の工房に寄せられた。師匠から派遣されてナンシーが商人の家に行き、三日間通って仕事を仕上げた。
丁寧で手際のよい仕事に、商人も喜んだ。
翌日、商人は、机の引き出しに入れていた金貨が一枚なくなっているのに気づいた。その引き出しは、ナンシーが作業をした部屋の隣の部屋にあり、ナンシーが作業をした三日間、その部屋には商人本人しか入っていないというのだ。
金貨一枚といえば大金だ。
商人は、ナンシーの師匠の工房に人をやって、ナンシーを呼び出そうとした。
だが、ナンシーはいなかった。
ナンシーは、補修を頼まれたペンダントを依頼主に届けるため、見習いの青年と一緒に、アガスタンの町に出かけたのだ。
ナンシーは逃げたのではないか、と商人は思った。そして、警邏隊に届け出て、取り調べを依頼した。
こうなると、警邏隊としても取り調べをしないわけにいかない。
まずはナンシーの師匠を取り調べた。だが師匠自身に疑わしい点はなかった。
取り調べの中で、エルザの存在が明らかになった。
翌日の朝、警邏隊の兵士が北門の衛兵に確認すると、この日、朝早くにエルザが王都に入ったということがわかった。いつもならあといくらもたたないうちに、ここを通ってボドリフ山に帰るという。
そんな事情で、エルザは衛兵に呼び止められ、警邏隊詰所に連れて行かれて、取り調べを受けることになったのだ。
7
警邏隊の兵士は、厳しい顔や口調でエルザを責め立てたわけではない。むしろ、おだやかな態度で質問した。ところがエルザは、思いがけない事態にすっかりおびえ、舞い上がってしまい、取り調べはかなり長い時間に及んだ。
やがて帰っていいよと兵士に言われたときには、もう夕刻だった。
晩秋のことであり、陽が落ちるのは早い。曇り空だから、夜は暗い。ボドフリ村に帰るのも危ない。まして、山道を登ることなどできはしない。
エルザは、ナンシーの師匠のところに行って、ナンシーの部屋で一晩泊まらせてもらった。
翌日、エルザは師匠のもとにとどまった。この日ナンシーが帰ってくる予定だと聞いたからだ。ナンシーが帰ってきて、疑いが晴れるのを見届けなくては、安心してボドフリ山に帰れない。
アガスタンを朝早くに出発する直行便の乗合馬車なら、昼過ぎに着く。
だが、ナンシーは昼過ぎになっても帰ってこなかった。
エルザは気が気ではなかった。あれこれと悪いことを想像して、不安に押しつぶされそうになりなった。
夕刻になってもナンシーは帰らなかった。
師匠は、たぶん先方で何かの仕事を頼まれたのだろうと言った。
8
警邏隊の兵士が尋ねてきた。
どんな悪い知らせを持ってきたのかと思い、エルザの胸は潰れそうになった。
兵士はエルザがいるのを知って、おや、という顔をした。
兵士の後ろにゴーロクがいた。
兵士は、ナンシーの疑いは晴れたと言った。
驚いたことに、事件解決のきっかけとなったのは、ゴーロクだった。
ゴーロクは、エルザが帰ってこなかったことに気づいて、翌朝、王都に来た。そして北門の衛兵に話を聞いて、エルザが警邏隊に連行されたことを知った。
警邏隊詰所に押しかけたゴーロクを、兵士は最初相手にしなかった。
だが、あまりにしつこく食い下がるので、それなりの事情を話して聞かせた。
ゴーロクは、ナンシーが曲がったことの大嫌いな性格であることを、実例を挙げて兵士に説明し、もう一度商人の家族や店員たちを調べてみるべきだと言い立てた。
兵士はもう一度商人に聞き取りを行った。すると、家族や店員は確かに問題の部屋に入っていないが、姪が子供を連れて来たとき、その部屋に入ったということだった。ただし、その姪が金貨を持ち出してはいないことは確認済みだという。
兵士は、その姪の家を訪ねた。
姪から話を聞いたあと、念のために、子供からも話を聞くことにした。
すると四歳の子供が金貨を隠し持っていることがわかった。このきらきらしたものがあればおもちゃが買えると思ったという。
金切り声を上げて子供を叱る姪をなだめ、兵士は姪と子供を商人の家に連れていった。
真相を知った商人は、兵士に平謝りに謝り、姪とその子を処罰しないでほしいと懇願した。
兵士は、窃盗はなかったのだから、警邏隊としてはここで手を引くが、疑いをかけた相手には謝るようにと言い置いて去った。
そして警邏隊詰所で待っていたゴーロクに事件解決を告げ、一緒に師匠の家まで来たというわけだった。
「エルザ、帰ろう」
なんと用意のいいことに、ゴーロクはランプを持ってきていた。
師匠が食事をしていくようにと言ってくれ、エルザとゴーロクは、師匠の家で食事をしてから帰途に着いた。
ランプはエルザが持ち、荷車はゴーロクが引いてくれた。
北門は閉まる寸前だった。
恐ろしい夜の道なのに、ゴーロクと歩くと安心だった。
荷車の車輪が立てるごろごろという音が、エルザの胸に心地よく響いた。
雲の切れ間から見える星が綺麗だった。
ゴーロクは、エルザの家の前まで送ってくれた。
倒れるようにエルザは寝た。
9
寒さの気配で目を覚ました。
慌てて飛び起きて、外に出た。
霜だ。
霜が降りている。
エルザは真っ青になった。霜が降りる前にフレスロードを収穫しようと思っていたのに、盗難騒ぎですっかり忘れていたのだ。
急いで着替えて、フレスロードの花畑に向かった。
花を植えた場所は一か所に固まっているわけではなく、それぞれの花に適した場所に植えられている。
フレスロードの花畑は家から少し遠い所にあった。
朝もやの残る山道を、エルザは走った。
霜が降りて寒いはずだが、寒さも感じないほど心は花作りの失敗でいっぱいだった。
明日がアイスリング家との約束の日だ。
大量のフレスロードを届けると約束した。
だから今年は他の家からのフレスロードの注文は断った。
そのフレスロード全部を、霜に当ててしまった。
納品できるようなフレスロードが少しでも残っていてほしい。
そう思いながら花畑に急いだ。
到着したとき、信じられないものを見た。
黄金の花畑だ。
薄桃色であるはずのフレスロードの花は、金色に染まり、朝日を浴びて誇らしげに輝いてた。
(うそ)
(何………これ?)
霜に当たったフレスロードは、金色に変色したのだ。
どうしてこんなことがと思うエルザは、あることを思い出した。
この山にはファリアの花畑が二か所ある。一つの畑のファリアは青く、もう一つの畑のファリアは赤い。ところが二つのファリアはまったく同じ品種なのだ。赤いファリアを切って、青いファリアの畑に挿し木すると、青いファリアの花が咲く。青いファリアの花を切って赤いファリアの畑の挿し木すると、赤いファリアの花が咲く。
花の色を決めるのは土なんだよ、と父は言っていた。
原産地のキンサロ王国の土でなく、この国のこの山のこの土で育つことで、この金色のフレスロードは生まれたのだ。
そして、キンサロ王国はこの国よりずっと寒い。その寒いキンサロ王国では、霜が降りるとフレスロードの花は色褪せる。それはキンサロ王国では常識だ。しかし、ここアクソード王国では違うのではないか。
いや、分からない。
今目の前にあるものは、ただ一度だけの偶然の産物で、二度と起こらないかもしれない。
だがもしかしたら、来年も再来年も同じことが起きるかもしれない。
たった一つはっきりしているのは、この神秘的な色をした花なら、自信と誇りをもってアイスリング家に納めることができるということだ。
それにしても、フレスロードがこの山に植えられてから三十年以上になるのに、このことに誰も気づかなかったのは、なぜだろう。
たぶん、思い込みがそうさせた。そもそも霜に当たる前には収穫を済ませていたし、残った花は切り落として根に栄養を送った。それでも金色に染まった花や蕾は少しはあったはずだが、誰もがそれをきたならしい色だと思い込んでいた。そういうことではないだろうか。
いや。それでも説明がつかない。この国ではたくさんの人がフレスロードを栽培しているのだ。その誰一人として、フレスロードの花や蕾のいくつかを、つい霜に当ててしまったことがないなどということがあるだろうか。
それは考えにくい。とすると、やはりこの現象は、この山のこの場所で、特定の条件のもとでしか起きないのかもしれない。
10
アイスリング家の執事は、金色のフレスロードに目をみはり、破格の高値を付けてくれた。あるだけ欲しいと言われ、三度荷車で往復した。
この花は〈黄金のフレスロード〉と呼ばれ、大きな評判を呼んだ。
翌年、エルザは、ジェニーの依頼で、結婚式の出席者に渡す小型の〈ダイナの花束〉の開発に成功する。生花にはない独特の美しさを持つブーケで、ほのかによい香りを発する。美しい色紙で包み、リボンで留めてある。これも評判となり、次々に依頼が来た。
そしてこの年も〈黄金のフレスロード〉ができた。
さらに翌年、エルザはゴーロクと結婚した。エルザは十九歳で、ゴーロクは十八歳だ。
ゴーロクはエルザの家に来て一緒に住み、エルザを手伝った。
ボドフリ山では毎年〈黄金のフレスロード〉ができたが、真似しようとして成功した者はいない。美しい金色になる条件も、段々と分かっていった。
二人の間には、二人の男の子と二人の女の子が生まれ、皆で花を育てた。
エルザの家は、いつも楽しそうなにぎわいに満ちていたという。
[終わり]




