12-3 空の旅
本日もよろしくお願いします。
空を駆ける船ウラノス。
その船首に少女が1人。
着物袴に肩から厚手のロングコートを掛け、進路の先をキリリと見据えるその姿は、決戦に向かう女船長のよう。
が、少し頬が赤い。目はキリリとしているが、唇は恥ずかしさを隠しきれずにムニムニとしている。
すらりとサーベルを抜き、全軍突撃ぃ!
「はい、カーット!」
そんな陽気な声と共に、ポンとその顔に本格的な朱がさした。
「うふふ、どうでした?」
女船長ムーブをしていたささらが、タッチパネルの周りに集まる命子たちの下へ駆け寄った。
「シャーラ、これはオスカル賞取れちゃうデスよ」
「まあ、本当ですの? ふふふ……大根ですわ! ルルさん、大根ですわよ!?」
「シャーラはメロンデス?」
「大根役者のことですわよ! あとメロンではないですわ!」
そうして見せてもらった自分の姿に、ささらは顔をさらに赤くする。
まあ、正直ぎこちなかった。
さて、空飛ぶ船に乗った命子たちだが、2時間くらいで暇をし始めた。
日本人にウラノスのお披露目をするために海岸線が見えるルートを通っているが、ずっと景色を見ていられるほどの落ち着きが命子たちには搭載されていなかったのだ。
そこで、甲板にある撮影機材で撮影会をし始めたのである。
この撮影機材はウラノスのPR用のもので、『自由に使ってSNSに投稿してください』というユーザーぶん投げ仕様。
さすがに船の外観から迫るようなダイナミックさはないが、ささらを決戦に向かう和風女船長に仕立てるくらいの遊び方はできた。
撮影された物は専用のタッチパネル筐体に転送され、それを各々のスマホにダウンロードするわけである。
その作業は紫蓮やルルが行なっていた。
2人のスマホ戦闘力は高く、説明を読むだけでダウンロードなどをペッペッとやってしまう。『はい、カーット!』などと、重要そうだけど別にそうでもないポジションを演じていたスマホ戦闘力5のザコとは違うのだ。
が、スマホとは上手く使いこなすのではなく、楽しんだ者が勝つ。誰しもが一時的にスマホ戦闘力を数千にまで上昇させることができるのだ。それは命子も同じ。
『超魔導書士系空賊なう』と自身の女空賊っぷりを動画付きでプイッターに投下して以降、『忍びニャンコ系空賊なう』や『ガチ巫女フォーチューバー系空賊なう』や『精霊使い系妹空賊なう』など、命子は凄まじいスマホ戦闘力を発揮していた。
なお、命子的には飛空艇は空賊のイメージらしい。
そんなふうにキャッキャして遊んでいると、お目付け役の馬場が言った。
「みんな、そろそろイヨ様のフォーチューブのお時間です」
「「「はーい!」」」
命子たちは元気にお返事して、準備を始めた。
日米猫豪の4か国は、ウラノスがいかに安全かPR活動を積極的に行なっていく方針だった。
日米における太平洋横断が成功しているというのはすでに説明した通りだが、一般ユーザー目線でも乗り心地などをガンガン語ってほしいわけである。
『業務連絡。甲板にてフォーチューブ用の撮影が開始されます。甲板で作業を行なう作業員はご注意ください』
などと放送が入る。
一般客が命子たちだけなので行なわれたのだろう。
やがて右手に九州が見え始めた頃、それを背景にして『イヨのヤマトちゃんねる』が始まった。
撮影者はルルパパ。ルルパパはカメラマンをしていたことがあり、今ではMRSの撮影リーダーなのである。
「皆の衆~! イヨなのじゃ! 今日はお空の上からこんにちはなのじゃ。元気してたかの?」
『なんな~ん!』
その撮影風景を見ていた命子は、ゴクリと喉を鳴らした。
イヨもイザナミもめっちゃ慣れてると。
もはや歌って踊り始めても不思議ではないと命子は思った。
「少し前からお知らせしている通り、今日から妾は海外に遠征なのじゃ。いまは空飛ぶお船ウラノスの上にいるのじゃ。空を飛ぶのは実に素敵な体験じゃの」
挨拶を終えたイヨは、助手を紹介した。
「ウラノスの旅路では、毎回特別『こらぼ』なのじゃ。第1回目はこの2人。命子様と妹の萌々子殿なのじゃ!」
「こんにちは、長女の羊谷命子です!」
「こんにちは、次女の羊谷萌々子です! この子は三女の光子です!」
『っっっ!』
しっかり紹介してもらった光子が、エーックスとカメラの前でご挨拶。
「3人とも元気いっぱいじゃの。ではまずは今だけしか見られない景色を紹介するのじゃ」
「向こうに見えているのは宮崎県宮崎市です。この動画が放送されるのは夜の予定ですが、みなさんはウラノスを見られましたか? 私たちの方からは宮崎市の人たちがちっちゃく見えてます。おーい!」
イヨの案内で、命子は暗記したセリフに若干のアドリブを交えつつ読み上げて、みんなで海岸へ向けて手を振った。その後ろ姿は旅行番組の旅人の如し。
萌々子は、お姉ちゃん凄いな、と思った。
一方の命子は、いつも映る動画には台本なんてなかったので、ちょっとやりにくかった。カッコイイ感じのセリフも言えないし。
「2人は飛行機に乗ったことあるのかの?」
「はい。お姉ちゃんたちとキスミアへ行ったときに往復で1回ずつ乗りました」
萌々子が答える。やはり台本である。
「ウラノスと比べてどうじゃった? 妾は飛行機には乗ったことがないからわからんのじゃ」
「窓の外から大陸を見た時は感動しました。ウラノスは低いところを飛ぶので世界の大きさはあまり感じられませんが、空を飛んでいる感じはこっちの方があって楽しいです。あと、近くにほかの飛空艇も飛んでいて、それもすっごくカッコイイですね」
この答えは台本ではないが、マイナスなことは避けている。あくまでもPRの動画なのだ。
このため、この動画には国から報酬が発生していた。
そんなふうに雑談したり、海岸が見えたら手を振ったりして、30分ほどの動画は締めに入る。
「次回の動画はウラノスの船内の紹介なのじゃ。楽しみにしていてほしいのじゃ。では皆の衆、さらばなのじゃ!」
「「さらばなのじゃ~!」」
3人と精霊たちが手を振って撮影は終わった。
「……はぁ。超緊張したー」
萌々子が解放感からドッと息を吐いた。生放送だったら見せちゃダメな感じの気の抜けた様子である。
「モモコちゃん、お疲れ様なのれす。とっても上手だったのれす」
「ありがとう、アリアちゃん。次はヨーロッパに入ったらだね」
「その時は一緒に頑張るのれす」
とまあそんなふうに、命子たちはウラノスの上でもお仕事があるのだった。
こうして撮影された動画は、動画編集関連に強い紫蓮パパの手で編集されていく。
飛空艇に乗った感動冷めやらぬ内の仕事だが、自分の趣味のBGMなどは入れず、『イヨのヤマトちゃんねる』の雰囲気にあったものに仕上がった。
日本時間19時に投稿されたこの動画は、多くの人を楽しませた。
特に各地の浜辺でウラノスを見た人からの熱いコメントが多く寄せられ、国のPR活動は成功と言えるのだった。
ウラノス飛空艇団は九州を過ぎ、沖縄を越え、やがて何もない海へ出る。
その頃になると、命子たちは室内で持ってきた宿題をやったりして過ごしていた。
期末テストを受けずに休みに入っているため、宿題が多いのだ。これは中学生の萌々子も同じであった。
レベルが上がった状態で勉強してきたからか、命子たちの記憶力や計算力は高く、さらさらと問題を解いていく。
しかし、習っていないことをできないのは投擲も学業も同じだ。
それに対して教師がプリントに解法などを細かく記載するのも酷な話なので、教授が臨時の家庭教師をすることになっていた。高校や中学の教師と一度会ってくるほどのガチっぷりなので、おふざけなしの勉強時間となる。
そんな時間も終わって、解放感を求めてみんなで再び甲板に出てみると、サーベル老師がいた。
船縁で海を眺めている老師の背中に、命子が問いかける。
「何か見えますか?」
「海ばかりじゃの。しかし、これほど低いと珍しい光景ではある」
老師はそう答えてから命子たちに振り返った。
「宿題はもういいのかの?」
「夏休みの宿題もコミコミですし、ゆっくりやります」
「まあ、しっかりやるならなんでもいいじゃろう」
老師はそう言うと、近くにあるベンチに座った。
「お主らの今後の活動を考えると、英語は身に付けておいたほうが良い」
「はい。私は一番英語を頑張ってます」
必要になるかなと思って、命子たちは全員が英語をちゃんと勉強していた。
「でも、高校の英語は本場では変に聞こえるって聞きます。実際のところどうなんですか?」
「たしかに堅苦しかったり、あまり使わん表現もあろうが、単語を何も知らんかったら、何を言いたいのか予想がまったくつかんじゃろう?」
「それはそうですね」
「文法のほうは案外間違っていても通じるもんじゃ」
「へえ、そうなんですか?」
「お主らが海外の者から拙い日本語で話しかけられれば、頑張って理解しようと思うじゃろう? それと同じことをしてもらえる。まあ、相手の負担になるから、やはり文法も学んでおくべきであろうな」
「老師、グローバルですね」
「まあの。しかし、わしも初めの内はコミュニケーションに難儀したものじゃ」
はえー、と命子たちは、あたふたしながら買い物をする老師の姿を想像した。
「全然想像できない」
「若い頃の話じゃよ。歳を取ってからは割とどうにでもなると知って、そう慌てることもなくなった。いや、国際化が進んで、他国の言葉を使える人が増えた影響もあるかもしれんな」
「へぇ。老師なら身振り手振りでどうにかなりそうだけどね」
「ほっほっ、たしかにマイマーは表現者じゃからの」
なるほどなぁ、と命子たちは老師の若い頃を想像した。やっぱり全然想像できなかった。
いい機会なので、命子は気になることを尋ねた。
「薔薇騎士とはどういう関係なんですか? お孫さん?」
「いや、血のつながりは全くない。わしはあの娘の兄であるアルフレッドに3年ほど剣を教えたのだが、その際に兄の真似をして剣を振っていたのがソフィア、つまり薔薇騎士じゃ」
「相手は貴族ですよね? 全然想像がつかないです」
「一応言っておくが、エギリス貴族は全員が大豪邸に住んでいるわけではないぞ。大金持ちもいるが、普通のサラリーマンもおる。まあソフィアの実家であるフォーサイス家は大豪邸に住むほどの大金持ちじゃったけど」
「ふぇええ、どういう人生を送ると大豪邸に住む子供に剣を教えるんですか?」
老師マジ謎と命子たちは驚いた。
「長く旅をしていると、たまに大富豪と出会うこともある。まあそれよりも強盗に遭う確率のほうが遥かに高いがの。なぜ3年も食客になったのかは、フォーサイス家の都合もあろうからワシの口からは言えん」
「じゃあじゃあ、『せつこ』って人は?」
DRAGON東京大会で、薔薇騎士と会話した老師はそんな人物の名前を出した。
知りたいキッズの攻撃を受けて、老師は若干怯みつつ、答えた。
「わしが世界中を旅したのは知っていると思うが、雪子はその旅に長く同行した少女じゃ。いや、もう立派なレディか。お主らの姉弟子にあたる娘じゃの。今ではフォーサイス家の貴族夫人じゃよ」
「えーっ! リアルガチシンデレラやん。すげぇ」
「お主らも人のことは言えんと思うが」
老師にそう言われ、照れた命子はルルの太ももを引っ叩いた。その理不尽な暴力に、ルルはむしろ喜んだ。
「老師と旅をしたということは、雪子さんは強いのですか?」
ささらが問うた。
「旧時代ならば、まあ強かったのではないかのう? 銃弾も避けられたし」
「「「え」」」
さらりとバイオレンスな旅模様を口にする老師に、命子たちはワクテカした。
それからしばらく銃弾の避け方について講義を受けて、話が少し止まったところで命子が言った。
「老師はあっちに着いたらどうするんですか?」
「鉄道でフェレンスまで向かって、そこから船じゃの」
「旅慣れてますね」
「何事も経験じゃよ。昔よりも世界中の治安が格段に良くなったし、お主らも機会があれば旅をしてみるといい。旅路の夕焼け空を眺めると人生に深みが出たように思えるぞ」
「思えるだけですか?」
「うむ、自分の人生が深いなんて恥ずかしくて言えんからの。ほっほっ」
老師は茶目っ気を見せて笑った。
と、その時、船内放送が入った。
『もう間もなくのお時間で、本日の停泊地であるタウィワンに到着いたします』
そのお知らせのすぐあとに、陸が見えてきた。
ウラノスの空路上にある各地域では、当然、すでに話はついており、タウィワンの人たちもウラノスの到着を待っていた。
タウィワンもまた日本と同じように島なので、空の移動手段の確保は死活問題であり、飛空艇に興味津々なのだ。
夕暮れが始まろうという時間にウラノス飛空艇団はタウィワンの北の海に到着した。
浜辺付近にまで一度接近する。
浜辺に集まって見学する人たちに、命子たちは元気に手を振って応えた。
飛行機から飛空艇へ切り替わる時期なので、イメージ戦略に余念がない。
そうしてから沖へ戻り、ウラノスはゆっくりとその船体を海面に着水させるのだった。
なお、この際に夕日の空を飛ぶ飛空艇団の姿を撮影した写真は、大手ソフトウェアメーカーに高額で買い上げられ、買い取られた金額が都市伝説化するほど超有名な1枚となる。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




