49話
ひ、人魂ーー!!
--と、私が叫ばなかったのは奇跡に近い。
さすがにスピネル君やブルーレースの前でそんな醜態を見せるほど元大人の尊厳を捨ててはいない。
……いや、驚いてもいいところか。私、今 七歳だし。
前世で小さい頃、アルミの七夕飾りを綺麗だからと枕元に飾り、すっかり忘れて深夜ゆらゆら揺れるそれを見てオバケー! と叫んで一階の母の部屋まで猛ダッシュで逃げた記憶が蘇る。あの時のラップタイムは多分私の人生でも一、二を争う速さであったろうよ。
窓の外のその不思議な光の玉を見て、私はそんなことを つらつらと考えていた。
「……呼んでいますね」
口を開いたのはスピネル君だった。
「わかるの?」
「なんとなくですが。竜はこの世界のすべての生き物と意思疎通できるので」
さっすがチート。
見つめていると窓の外の光が八の字運動を始めた。蜂かよ。
「森へ誘っていますが、--行きますか? スマラルダス」
スピネル君は私ではなく、スマラルダスにお伺いを立てる。私はどうせだ、行きたいな~。
スマラルダスはチラと私の顔を見た。
「顔に書いているぞ。そういうのを隠せといつも言っているんだ…」
スマラルダスがため息落とした。
深夜、私たちアンダリュサイト女子爵一行はぞろぞろと宿の裏手の小さな森へ向かった。
この寒い中、外に出ようとする私たちを宿が手配した護衛の冒険者たちがギョっとした顔で止めようとした。
「…ちょっとした夜の散歩ですわ。眠れませんの。大丈夫、わたくしの護衛は優秀ですから」
「しかし…」
私の言葉に冒険者たちは言いよどむ。
七歳児と楚々とした乙女と小学生男子とひょろとした優男の組み合わせに不安を抱いているのは明白だ。
「では、おひとり ついてきていただけます?」
私の提案に、スマラルダスたちが驚いた顔をした。
先頭をランタンを持って歩く冒険者が歩いている。最後尾にもひとり。結局二人、付いてきた。
その隣にスピネル君がいて、さりげなく、先導している。
どうやら、冒険者には光の玉は見えないらしい。
私たちは数メートル先の上空で、私たちの先を行く その玉の指示に従い森に分け入っている。
森はさやさやと風が渡り、月が枝越しに見える。
月明かりはあるが、静寂は少しばかり夜に恐怖を抱かせる。
そんな中を目的持って行き先を指示する私たちに付いてきた冒険者は訝しげな顔を見せるが、かまうものか。
それを見て、スマラルダスが体を折り 私の耳元にささやくように聞いてきた。
「いいのか?」
「害はなさそうですし、見られて困るものではないですもの」
「まあ、そうだな…」
そういえば。
「シルバートは出ていませんけれど、もしもの時はもしかして、スマラルダス本人が剣を振るうのですか?」
今まで"魔剣シルバート"は人型になった魔剣自身が剣を使っていた。
所持者である、スマラルダス本人が剣を扱っているところは見たことがない。
「ああ。さすがに、シルバートを出すのは憚られる。魔剣の使い方はお前よりは心得ているさ」
スマラルダスがニヤと笑う。
うふーん。挑戦だな。私もスマラルダスに向かって不敵に笑う。
「わたくしもシルバートの接待狩ばかりではなくてよ? チャンスあれば最近空晶の協力であみ出した、精霊のお墨付きの技をひろうしますわね」
****
森の奥に進むと小さな池があった。雪化粧された池は月に照らされ、神々しく、小さく波打っている。
その上に光は浮かび、その光が収縮してかき消え、代わりにその場所にいつの間にか、女の子が立っていた。
「な…! 馬鹿な! 水の上に人が立つなんて」
付いてきた冒険者はランタンを落としそうになる。
光の玉は見えなくても、人型を取ったそれは彼の目に見えたようだ。
「落ち着いて。異形ではありません。--精霊です」
冒険者に声をかけ、スピネル君が前に出た。
女の子は彼の気配に一瞬震える--が、すぐに視線をその後ろにいる私、アイアンディーネに移し、言葉を発した。
「…おまえ、空晶様の気配がするね」
馴染みある声の色。
少女の精霊は独特のそしてうっとりするほど美しい声音で話す。
空晶も同じだ。これは、精霊の特徴なんだろう。
「空晶様と契約を交わした人間ですわ。お初にお目にかかります。アイアンディーネ・アンダリュサイト女子爵です」
それに答えて、私は完璧な淑女の礼を披露した。
背後からブルーレースの満足気な気配を感じる。
どや! アイアンディーネはやれば出来る子やで!
女の子の姿の精霊はふわふわの白い毛皮のコートと帽子を身に纏い、それが、薄く透けて揺らめいている。その顔はやはり昼に見た少女の顔だ。昼に見た時は、空晶のように木々より上に姿があったのに、今はまるで人間の少女そのものの大きさだ。人間は水の上に浮かんだりはしないけれども。
そして、彼女は腰に手を当て、私に人差し指を突きつけた。
「おまえ。わたくしと契約おし。そして」
彼女が腰に当てていた手を離し、その手のひらを上に向けると魔法のように、その手の上に真っ赤なリンゴが現れた。
思わず拍手ーー!
「おまえ! 緊張感がないわね! 子供だからしょうがないけれど、拍手はお止め! 手品ではないのよ!!」
いや、さすがに手品とは思っておりません。
とりあえず、私は懸命に叩いていた手を止めた。
(あ、昼間感じた香り。リンゴの香りか)
私は彼女の言葉も思い出す。
そういえば、"私のリンゴ"って言っていた。
「コホン…。いいこと、よくお聞き。空晶のお姉さまの気配を感じてわたくしはおまえを呼んだのよ。このあたりはわたくしの支配する土地。けれど、最近魔獣が現れるようになったのよ…。森もまだ全然育っていないというのに…。人間の住まいが減って、魔力を使うものがいなくなったからよ! おまえたち人間はいったいなにをしているの! この責任を取ってここに人間をたくさん集めなさい! そして…」
その迫力に、全員ごくりと息を呑んだ。
「--そして、わたくしの好物のリンゴを育てるのよ!!」
精霊は一気に言うと、手の中のリンゴの香りを堪能する。
「……リンゴ……。育てていますわ。この先のアンダリュサイト村ですが」
「知っているわ! そこもわたくしの土地ですもの。あそこのリンゴが上手く育つのは、わたくしがリンゴが好きだからよ! それにあそこの精霊堂はわたくしの先代を奉った建物のはずだわ。精霊のためにあれだけの建物を建て、精霊の好むものを育てるのが、人間の本懐ではなくて? おまえたちはその頃の気持ちを思い出すべきよ。精霊にひれ伏しなさい。わたくしの言うことを聞きなさい!」
(あ、なーる。この精霊がアンダリュサイト村の…。じゃあ、サンタクロース牧場の山も範囲内かな? しかし、魔獣がもう生まれているのか。空晶より若いのに…)
私はチラと辺りを見回す。
付いてきた冒険者は精霊に恐れおののいているかと思ったら、彼女の態度に呆気にとられているようだ。
(そ~だね~。ひれ伏せ言われてもな~)
なんだろう。言っていることがただの子供のワガママに聞こえる。
そして それによって精霊としての威厳が地に落ちている…。
見た目も私よりやや上の少女だし。
ふん、とこちらを月光を背後に見下ろしている精霊を見つめる。
(これは、困ったちゃんかな?)
思わず困り眉で考え込んでいると、背後からスマラルダスがささやく。
「……朝には町の人間にこの話は伝わるだろう。空晶が精霊らしい精霊だったから、まさかエレスチャレの精霊がこうも幼いとは思わなかった。予想外だったな。精霊の印象が悪いのも困る。彼女はこのエレスチャレ町に棲みついている。彼女が調子に乗ってエレスチャレ町の住人に隷属を望めば、その不満の矛先は契約者に向く。精霊を御せない契約者は軽んじられるぞ」
「そ、そうですわね…。あの、契約しないという選択肢もありでは?」
なんか、メンドくさそうなの、この子。
「この精霊の場合は不安が残るな…。フロウライト伯爵とでも契約しそうだ」
(うお! 考えていなかった。うう~。精霊契約はゲームで言えば陣取り合戦。若い精霊は空晶ほど切羽詰っていないから契約しづらいとは思うけど、フロウライト伯爵がエレスチャレの森にこの子が棲んでいることに気がついたら、やっぱ、契約試すよね~)
私は頭を抱えた。
(すでに彼女は魔獣をもう生んでいる…。魔獣が生まれるという事は、精霊消滅の兆し? 魔力が溢れるとそうなるんだっけ。あばばば、今、エレスチャレ町の収穫がなくなったら困る~! だたでさえ、エレスチャレ地方は小麦の育ちが悪いのに! 本件持ち帰りの上熟考、はできないものか…)
返事を待つ彼女に視線を向ける。
彼女は、ふん、とふんぞり返ったままだ。ええい、子憎たらしいと思ったところで、私は視線を止めた。
その耳元に、小さな魔獣がいたのだ。
本当に小さな。
そう、私が魔獣狩を始めた当初、シルバートによる接待狩で仕留めていた、ちっちゃな黒いネズミのような。
なので、気軽な気持ちで、彼女に知らせた。
「精霊様、みみもとに魔獣がおりますわ」
それによって--彼女が天にも轟く奇声をあげるなんて、思ってもみなかった。
いや、マジで!
明日、2/3も更新します~。




