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48話


悩んでいても時は過ぎる。

今日はセルカドニー侯爵家へ訪問の日です。

メンバーは私、アイアンディーネとブルーレース、護衛にスピネル君と、スマラルダス。

馬ソリを前に、お泊り荷物を元セルカドニー侯爵領の皆様が運んでくれている。

彼らはもう正式にフロウライト伯爵領の住人だ。

アンダリュサイト村に住むことを選択した家族もいるし、そのままこの空晶館で住み込みの仕事に従事を選んだ人達もいる。アンバー先生が先頭に立って、春になれば彼らの住まいを館の外に整え、農作業にも関わって貰うのだ。


「スマラルダスはセルカドニー侯爵とめんしきは?」

「王都で孤児院のスポンサーを探していた頃 夜会で挨拶くらいだな。認識阻害を外した状態だったから、フロウライト伯爵領では俺だと気がつかなかったろう」


スマラルダスの言っているのはパールのお披露目の際のことだろう。

スマラルダスはオーラを隠して変装していたようなもんだよね。


「エメラルディンを名乗るのですか?」

「いや、アンダリュサイト女子爵の代官代行はあくまで"スマラルダス"だ。お前の祖父、オニキス・ソーダライトが手配した代理人だ。セルカドニー侯爵が何か察していても知らぬ存ぜぬで通せよ?」


らじゃー。


旅の予定はまずエレスチャレ町で一泊。

そこで馬車に乗り換え、セルカドニー侯爵邸へ。

スマラルダスが一緒なので自然、シルバートもついてくる。過剰戦力のような気もするけれど、私が空晶の土地以外に出ることをスマラルダスたちは私以上に神経質になっている。

空晶館に残るアンバー先生や、スピネル君を呼び出せるバングルも装備済みだし、そうそう、事件なんて起きないと思うけれど。


(……フロウライト伯爵夫人は執念深そうだからなー)


私の産みの母を恨みに恨んでいたらしい彼女は、娘のパールを跡継ぎにするためなら継子殺しも躊躇わないだろう。

箱型の馬ソリの、ふわふわの毛皮を敷き詰められた椅子にご満悦の私は、眼前のスマラルダスと目が合った。


「用心するに越したことはない」


スマラルダスが私の心を読んだかのように憮然と言った。


そやね。




****




エレスチャレの町に到着するとそのまま町役場を訪れる。

到着の前触れを出していたので、子爵を迎えるにあたってエレスチャレの役場の人達は準備万端だった。

役場の様子と、リビアンさんが元働いていた医療所を視察させてもらったあと、私たち一行は町で唯一の宿屋に赴いた。


宿の裏手には小さな森がある。林、と言っていい規模だ。

小さなエレスチャレの町の小さな森。


私は直感した。


(ここが、精霊の住む森じゃね? ……しかし、小さいわー。

フロウライトの森の四分の一くらいじゃない? あそこもそれほど広い森じゃなかったけども~)


失礼なことを考えつつキョロキョロとあたりを見回す。

馬ソリから、明日使う馬車へ、宿の従業員が荷物を移してくれている。ここから先は同じ雪道でも雪が少ない。距離としてはそこまで離れていないのだけど、結構な積雪があったアンダリュサイト村はやっぱり山の中なのだと納得する。

セルカドニー侯爵への手土産は、ブルーレースの手製の限定品仕様の魔女の化粧品と結局リンゴにした。

箱に入った高級品種だ。その味は私が保証するぜ。あと、品種によって分けたリンゴジュースも揃えてみた。品種ごとに味が違うので楽しめるとは思う。


(アンダリュサイト村はもっとこのリンゴを売り出すべきだよね)


自信もって言えるわ。アンダリュサイト村産のリンゴはそんじゃそこらのリンゴでは太刀打ちできないくらい、美味しい!


そんなことを考えつつジッと見ていたら、フゥと背中から風を感じた。


(……? いい香り…)


何気なく振り向くと、視線が合う。

一瞬血の気が引いた。

これは以前もあったこと。

林の向こうの木々の上、人間がいるべき高さではない そこに、女の子の上半身が隠れるように私を見ていた。

そして、彼女の唇がかすかに動く。

それを私は読み取った。


--"私のリンゴ"


その瞬間、覚えのある熱さが左手の甲を走る。


「きゃ…!!」


私はそれに、小さく悲鳴を上げた。


「アイアンディーネ?」


少し離れたところで佇んでいたスピネル君が私の声を聞いてこちらに駆け寄った。

私は冷や汗をかき、再び林の奥を見たが女の子の姿は既になかった。

不審がるスピネル君をよそにして、私はおそるおそる自分の左手の手袋を外した。


そこには、空晶との精霊印があるはずだった。

だが、今見たその印は形状が変わっていた。


ゲームで覚えがあるその形。


「二つ目の契約印…」

「……!!」


私の呆然とした呟きに、スピネル君が即座にスマラルダスを呼んだ。



そして その夜、エレスチャレの宿で私はこの印を付けた女の子の精霊に呼び出しを受ける--。





夕食後、宿の一室で私たち一行は息を詰めて私の手の甲に浮かんでいるデザインの変わってしまった精霊印を凝視した。


「この形状は二体目の契約が成った証だな…」


さすが、スマラルダスは知っていた。

そう、精霊契約は複数契約の場合、精霊印が上書きされるのだ。しかし、空晶の時もそうだったけど精霊側の気分で付けたり消したり出来るとはいえ、契約前にポンポン与えすぎでしょ、これ…。


「新しい精霊契約は考えてはいました。けれど、こうやすやすと精霊印が手に入るとは思いませんでしたわ…」


私の呟きを周囲が頷いて同意する。


「俺はアイアンディーネが見たという精霊は見ていない。スピネル、ブルーレースお前達は?」


二人とも気づかなかったと首を横に振る。

あの時振り向いた私が たまたま精霊を目撃したから付けられたのか。もしかして。


「どうしましょう? 明日はセルカドニー侯爵邸へ出立しなければなりません。まずは正式なけいやくは帰りまでにかんがえるということで」


問題は先送りだ、先送り。

そう言って、私は宿のベッドの上でぶらぶら足を揺らした。

ブルーレースがコホンとわざとらしく咳払いで注意を促す。

そんな私の気楽そうな態度に、スピネル君やスマラルダスも表情を緩めた。


「…そうだな。いずれにせよ、エレスチャレに精霊がいるのなら契約はすべきだ。帰りに またここに立ち寄るんだ。その時に--」


そのスマラルダスの言葉をさえぎるように、窓をコンコンと叩く音が聞こえた。

室内の人間の視線が一気に窓の外に集まる。

そこには、手のひら大の丸い光が招くように ゆらゆら揺れていた。




出来たら明日2/2にも続きを投稿しますね。

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