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46話 セルカドニー侯爵家の人々

評価、ブックマークありがとうございます(^^)


僕の名前はアルウィン・セルカドニー。

七歳の魔力取得の儀も無事終わり、名実伴に貴族の仲間入りを果たした。

僕のお父様は、このセルカドニーを治める侯爵だ。

お父様はこのジュエルランドで最大の港町を繁栄させている、僕の尊敬する人だ。

いずれ僕もお父様のような、あまたの人間から尊敬されるような貴族になりたいと思っているけど、お母様やお兄様からは少し軽々しいと注意されることが多い。僕の欠点だ。


侯爵家に住まうのは、両親と五歳年上の兄と僕の五人。

お兄様は今年、王都の学園に入学した。今は学園の寮に住んでいるので不在だが、クリスマスには帰ってくるはずだ。


お母様は海洋事業で名を馳せている子爵家の出で、お父様とは爵位は正直釣り合っていない。

お母様とお父様は俗に言う政略結婚だ。

お父様は若い頃憧れていた女性が他にいたらしく、今も時折その昔話を僕にする。

お父様は実はかなりのロマンチストだ。


でも、僕は優しいお母様が大好きだし、立派なお父様も誇らしい。

よくお母様は政略結婚でも信頼関係を築けば、愛情ある結婚が出来る、と僕やお兄様に言っている。

その言葉は真実だと僕も思う。

だって、お父様はお母様をとても大切にしていると、子供の僕でも思うのだ。


--だから、次男の僕は多分、フロウライト伯爵領に婿に入り、パールと一緒に、フロウライト伯爵家を盛り立てていくのだろうな、と思っていた。






冬の日、お父様が王都からお帰りになった。

珍しく、陸路で街道を通って。

執事のフリントが開けた玄関から、召使たちの並んでいる中をいつものように立派な姿で歩くお父様をお母様と僕が出迎えていた。

そんな中、お父様がお母様に言った。


「来週、アンダリュサイト女子爵をお招きした。茶会の用意を。わざわざ奥深い山里からお越しいただくのだ。数日お泊り頂くことになるかもしれん。その用意もしておくように」

「……!」


お母様が息を呑んだ。

お父様のムチャ振りはいつものことだが、さすがの僕も、これは予想外だった。


「……はい。旦那様」


お母様はいつもどおり淑やかに返答する。

お父様は満足気に侍従と伴に、そのまま自室へ戻っていった。


「はあ…」


お母様のため息がこぼれた。


「お母様?」

「これは大変なことだわ…。本当にお父様の気まぐれには困ったこと…。フリント、お願い あとで私の相談に乗って頂戴」

「かしこまりました、奥様」


執事のフリントとメイド長が、お母様と一緒に慌てて奥に歩いていった。

僕は家庭教師に促され、自室へ戻る。

僕は自室の机でパラパラ本をめくり、考え込む。


(あーあ、お父様の王都のお土産を楽しみにしていたのに。これじゃ、お父様忘れているな。ちぇ。それにしても--アンダリュサイト女子爵だって?)


夏に一度だけ会った、幼馴染のパールの姉だ。

僕はドレスをまくり、裸足で走った女の子を思い出す。あんなに足の速い女の子は初めて見た。


フロウライト伯爵領の代官、エレスチャレ子爵が失踪し、婚約者だった彼女がそのまま子爵位を継いだのは ついこの間。

雪解け後の次の社交シーズンには王都で彼女のお披露目があるだろうと、噂されていた。


(お父様が雪が降ったというのに、王都からの帰り道を陸路で戻ったのは、エレスチャレを通るのが目的だったのか…。

どういう経緯で招待したかは知らないけれど、お父様はいつだって正しい。

だから、あの子を招くのもきっとセルカドニー侯爵家にとって大事なことなんだろうな)


僕はため息した。


(ゆううつ。一緒に遊ばないといけないんだろうな)


正直、パールとは ちっとも似ていなくて、そしてとても意地の悪い子だった。

年上のシヴァリンガム公爵にも言い返す気の強さで、そして何といってもパールを泣かせていたことが、僕の中で彼女の印象を最悪にしていた。


パールは隣のフロウライト伯爵家の跡継ぎ娘で僕の幼馴染だ。

小さい頃からお互い行き来していて、僕は彼女ほど可愛い女の子を知らない。

綿菓子のようなパールに腹違いの姉がいることは召使いたちの噂で何となく聞いてはいたけれど、実際に会うのはあの日が初めてだった。


(綺麗な子だったけど、パールほどではないよね)


パールが綿菓子なら、あの子は銀食器のような子だった。

僕の中では食べ物で比べるものすら出てこなかった。あれは可愛いとか、ない。

それくらい、とてもインパクトのある子だ。

男だったら友達になれていたかもしれない…かな。


(それより、あの子が来るなら、もしかしてあの時のアイツも来るのかな)


黒髪の--。見たことないくらい整った顔の平民。男の僕でも、ドキドキしてしまった。

確か、ソーダライト商会の人間だと言っていた。

お父様が--もし、あの平民が来たなら、彼とは仲良くすること、と言っていた。

アンダリュサイト女子爵よりもって。


(…出来るかな。正直、パールがあの平民にばかり話しかけていたから、この間のパーティーは僕はあんまり面白くなかったんだよね)


でも、お父様は重要だって言っていた。

アンダリュサイト女子爵より、ずっと、ずっと、--重要だって。




****




セルカドニー侯爵夫人は己の書斎で、信厚い執事とメイド長とで話しこんでいた。


「フリント、メイド長。準備期間が一週間というのが非常識なのは重々承知で頼みます。雪が積もったこの季節にアンダリュサイト女子爵を日帰りでお帰しするのは難しいでしょう。少なくとも、一泊はしていただかないと。おそらく、お付きに--エメラルディン王子もいらっしゃるかと思います。かの方の守る孤児院が、王都からアンダリュサイト村へ正式に移転しましたからね。エメラルディン王子はソーダライト商会の庇護の下、アンダリュサイト女子爵の後見として働いております。アンダリュサイト女子爵の安全を守る責任ある王子が、精霊の契約者を一人で外に出すなどありえません。少なくとも、エメラルディン王子の持つ魔剣、シルバート様…、あるいは竜族のかの君を連れて来る事でしょう」


海運業で名を馳せる子爵家の出である彼女は、セルカドニー侯爵にとって、懐刀と言える存在だった。

この子爵家からもたらされる情報が、セルカドニー侯爵家を支えてもいるのだ。

彼女はその口元に曖昧な笑みを浮かべた。


「旦那様は、アンダリュサイト女子爵に、アルウィンとの婚約を打診した--とのことです」


執事のフリントとメイド長は驚きを隠さず互いを見た。

執事は眉を潜めて尋ねた。


「そ、その事はフロウライト伯爵はご存知なのでしょうか?」


侯爵夫人は首を横に振る。


「フロウライト伯爵家の家督はご息女パール様が継ぐもの、と周囲もご本人も思っていらっしゃったでしょうけど、情勢は大きく変わりました。

もともと長女のアイアンディーネ様が貴族としての魔力を取得した場合、彼女がフロウライト伯爵家を継ぐ可能性は残されていたのです。だからこそ、旦那様もフロウライト伯爵からそれとなく匂わされていたパール様とアルウィンの婚約は受け流していらっしゃいました。そして、アイアンディーネ様の叙爵により、フロウライト伯爵家は彼女が継ぐ可能性が色濃くなったのです。

そのとたん、アイアンディーネ様に直接婚約の打診など、フロウライト伯爵はどれだけ不快に思うか…。それをお考えになれない旦那様ではないのに」


彼女は大きくため息ついた。


「奥様。忌憚ない意見を言わせていただければ、フロウライト伯爵家との付き合いは私としては断ち切るべき、と考えておりました」


執事のフリントが頭を下げ、恭しく述べる。


「…フロウライト伯爵への貸付が かなり膨れているのね?」


はい、と執事は頷く。


「でも、エレスチャレ子爵がいなくなったおかげでフロウライト伯爵は鉱山開発事業を始められるでしょう。その収益で借金は返してもらえると思うのよ」

「したが、フロウライト伯爵が伯爵家の当主である限り、同じことが繰り返されますわ!」


今まで口を挟まなかったメイド長が声をあげた。

高齢の彼女は先代から仕えており現セルカドニー侯爵の乳母でもあった。

彼女はフロウライト伯爵に好感を抱いていない--いや、正直に言えば、嫌っていた。


「フロウライト伯爵は今の奥方と婚約破棄して、ソーダライト商会のプラティナ様とお金目当ての結婚をなさったような方。なのに、婚約者だった女性を恥知らずにも め、妾として囲っておりました。貴族の子女になさる所業ではありません。そんな方と親戚になるなど…。セルカドニー侯爵家に必要ない縁談ではございませんか。アルウィン様のご器量でしたら、もっと良いご縁がありますわ!」

「…ええ。あなたの言う事はもっともだわ」


確かにパールも、アイアンディーネも美しい。

けれど、美しいだけの女は多くいる。

セルカドニー侯爵家の利益だけを考えるなら、フロウライト伯爵家に固執する必要はないのだ。


(いや、違う。パール様相手の場合は旦那様も損得勘定で計算出来ていた。

それが出来なくなったのは、アイアンディーネ様が表舞台に出てきたからだわ…)


「旦那様はかの方、プラティナ様の忘れ形見を通して、ご自身の思いを成就なさりたいのでしょうね…」


奥様! と、執事とメイド長が声をあげた。


「奥様、私はお若い頃から奥様を存じております。奥様は美醜などというくだらない基準で量れる方ではありません! 海運王たるお父上から受け継いだその先を見据えた視点は、旦那様には無くてはならないものです。奥様はご自身の美しさを、その価値をもっと自覚なさるべきですわ!」


メイド長の言葉に自分らしくない事を言った、とセルカドニー侯爵夫人、アクアオーラもハっとした。


アクアオーラ・セルカドニー侯爵夫人は幼い頃から侯爵家に出入りし、古参の召使からも慕われていた。

彼女の父は子爵だが、侯爵家に仕える人間は、誰一人として身分や爵位で彼女を差別したりしなかった。

確かに、美醜で言えば、アクアオーラは平凡と言っていいだろう。

だが、その相手に好かれる巧みな話術で彼女はセルカドニー侯爵領の社交界の頂点だ。


彼女の恐ろしいところは、その彼女を排除しようと動く者あれば、いつの間にか、その者自体が彼女の味方になってしまうところだ。

魅了の体質でも、魔法を使うわけでもない。

彼女はその頭の良さで、彼らの立場や心の機微を慮り、彼らに利点を与え 飼いならしてしまうのだ。

王都の社交界でも一大派閥を築き、取り仕切っている。上位貴族すら彼女の存在は無視できない。

王妃、ジェムシリカのお気に入りでもあった。


(その王妃様も離宮で静養することになったと聞くわ。アイアンディーネ様の叙爵と時期も一致している。彼女が何らかのきっかけとなったと考えられるわ。旦那様はだからこそ、アイアンディーネ様をセルカドニー侯爵家に取り込もうとなさっているのかしら…)


あのプラティナの血を受け継いでいるのなら、彼女がただの美しいだけの子供ではないとも考えられる。

--本来なら、彼女は夫と腹を割って話し合うべきだが、いかんせん、彼らの関係には上下関係があった。

夫がアンダリュサイト女子爵がセルカドニー侯爵家に必要だと思っている以上、淑女たる自分が意見は出来ない。

セルカドニーでは動物的な勘と、行動力でセルカドニー侯爵が大きな指針を決め、夫人がその意を汲んで采配を振るうのだ。

アクアオーラは頭が良く、夫にとって自分が不可欠であることを良く理解していた。

夫にとって、その部分では、彼に愛人が出来ようとも負ける気がしなかった。

だから、いつでも、彼を自由にしておけるのだ。


だが。


だからこそ、彼が焦がれた、プラティナ・ソーダライトの影にも勝てない。


プラティナもアクアオーラ同様、いつの間にかその魅力で人を虜にしていた。

言うなれば、アクアオーラは彼女の劣化版だ。

プラティナと彼女の違いは、プラティナが情熱の人であったことだ。

さすがに、当時は婚約破棄された、クリソプレーズ…今のフロウライト伯爵夫人を気の毒に思ったが、プラティナの情熱が自分の婚約者のギベオン・セルカドニーに向かわなかったことに胸を撫で下ろしたものだ。


そこまで考えて、アクアオーラは 今は、と思考を戻す。

そして、その凛とした声で、命令した。


「いずれにせよ、旦那様はフロウライト伯爵より、アイアンディーネ様…、アンダリュサイト女子爵と誼を深くしたいとお考えなの。どうか、皆もそこを理解して彼女を迎えて頂戴」




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