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13話


私はシルバートに頷くと、彼の視線の先の天を仰いだ。

聞こえてくる歌は高く細く、賛美歌のような美しい調べだ。

だが、その声はか細く、不安を波立たせる。

そして、木々の間を陽炎のような揺らめきが過ぎた。

薄いベールのようなものが横切り、そのベールの内に入ると森の情景が瞬く間に変わったのだ。

金の葉はくすみ、灰色になり、太く力強い枝はしおれ、冬の訪れというには、あまりに唐突だ。

その揺らめくベールを上に向かって視線で辿ると、木々の上、そこに長い白い髪を風にそよがせた女の上半身があった。

ベールは女の白いドレスのドレープだった。

そのドレスは薄く透明に透けている。それは大きく広がり、彼女の移動に合わせて揺らめいていた。

その彼女はドレスだけでなく全身、石膏像のような白で、腕は目的なく空を彷徨わせその目は白く濁っている。だが、歌は変わらず続いていて、酷くもの悲しい音色を響かせている。


そして、彼女は時折苦痛の声を上げた。


私が彼女のドレスの裾に視線を戻すと、そこに大きな異形が形作られているのを見つけた。

それは黒い生き物で、トラックくらいの巨大な、トラのようなフォルムだった。

だが、あまりに黒く、その相貌は良くわからない。

それが数頭、彼女の足元にまとわり付いていた。


(『呪い』に似ている…)


それは『呪い』と同じく目鼻もわからない顔つきのくせにその獰猛な口を大きく開けた。

そして揺らめくドレスの裾に牙を剥く。

彼女はその度、歌を止め、悲鳴を上げた。

私は見ていられず瞼をギュッと閉じた。


前世のゲームのイベントで、私は彼女たち、精霊に会っている。

だが、その精霊たちはこんな姿ではなかった。

春は淡いピンクのドレスに頬は薔薇色、楽しそうに軽やかな歌を歌い、彼女が通るとその土地に花々が芽吹くのだ。なにより、瞳は澄んだ緑だった。

夏は青空を映したドレスで、秋は豊かな緋色、冬は静寂の中も白い艶ある暖かな毛皮をまとい、きらきらと優しい声で歌っていた。

彼女が通ると領地の気配は次の季節をたたえ始める。

その訪れはいつも美しく、麗しいものだった。


こんな風では決してなかった。

こんな、濁った目で涙する、哀れな姿では決してなかった。


(これが、精霊の最期なの…!?)


この地の精霊の姿に私はショックを受けていた。

シルバートは私が呆然としている間に剣を一振りし、彼女に噛み付いた巨大な魔獣を討ち取り、続けて残りも屠った。

自身を苛んでいた魔獣が消えたせいか、精霊は息を付き周囲を見渡した。

シルバートはそれに気にも留めず、こちらに歩いてくる。そして、足元を走る子ネズミサイズの魔獣をまた押さえ、私に魔剣を使うよう促す。


…その様子を上空、背後からじっと精霊が見ているというのに!


(マイペースすぎでしょおお!)


なんだ、何百年も生きているシルバートにしてみれば、精霊なんて怖くもなんともない存在か。でも、人間は違うの。あの精霊、こっちを認識してます。


(いやあ、何の用なのおお!!)


と、心で叫んだけど、シルバートの威圧の方が怖かったので、盾から出て魔剣でプスリとしてやった。よし、と満足げに笑むシルバートの背後の精霊の凝視する視線を見つけて、私はササっと目を逸らす。

目が合って固まっちゃったら大変だ。あ、いや、メデューサじゃないってわかっているけど。わかっているけどね!

誤魔化すように、子供用の剣の形に変形した魔剣でネズミ型魔獣をプスプス刺す。

魔剣にどんどん、魔力を吸い込ませる。

楽しくなって来たところで声がかかった。


「人の娘よ」


私は一瞬固まり、それから周囲をグルリと見渡す。

こちらを腕を組んで見下ろすシルバートと、万能盾の中にいるスピネル君。

…それ以外、この近くには人の気配は--ない。


「娘よ」


もう一度聞こえた。

私はスピネル君をじっと見やる。


「…スピネル君が実は女の子ってこと」

「私は男ですよ」


スピネル君がちょっと、ムッとして答えた。

あら、地雷?


「魔剣を操る娘。そなたじゃ」


ご指名入りました…。






私はこわごわ上空の彼女-精霊-を仰ぎ見た。

彼女はこちらに向き直っている。

石膏像のような表情は変わらないが、もう痛みはないのか、涙は引いている。

瞳は白濁としているが、かすかに若葉の色を帯びていた。

彼女は掠れた声でまた、私に話しかけた。


「魔剣を操る娘、そなたに礼を言う、魔獣を消してくれたおかげで、少しばかり妾は正気に返れた」


(え!? 私じゃないよ、それ!)


するとシルバートがズイと前に出る。


「造作も無い。人と精霊の共存は我が主の望むところ。我はそれに従ったまで」


彼の朗とした声が響いた。

精霊はそれにウムと頷く。


(頷いちゃったんですけど…。事実誤認ありますけど…。私とこの魔剣は主従じゃありません~…)


私がアワアワとシルバートを見上げると、彼はジロと私を睨む。

うう、これはお口にチャックだな。


「幼いが娘、そなたは世界の真理を理解している。そなたに感謝を」


(おおう、シルバートのミスリードが効果出している…)


私は決して真理の探求者ではないのよ、精霊。しかし、今は沈黙の人。それくらい出来るもん。


「だが、いずれまた魔獣に苛まれる。そなたらはこの地に居つくのか?」

「状況次第で滞在が延びよう。その間、この森での狩を認めてもらいたい」

「それは、妾こそ望むところ。--娘。そなたに契約の資格を授けよう。手を」


(え…)


心臓がドキンと跳ねた。

この台詞、精霊契約…!!


シルバートが、瞠目し、私の前に進み出たが遅かった。

私も手を出すのを躊躇したが、精霊に人の戸惑いなんか通用せんかった!

私の左手が白く光り、熱い、と思ったら手の甲に不思議な模様が書き込まれていた。

私はこれに蒼白になる…。


(うーわー、精霊印じゃん! こ、これアカンやつだ。断れないヤツだ!!)


精霊契約は前世のゲーム進行中はヒロインの立場でバンバン契約したけど、あれはゲームならでは。

本来そうそう新参者が契約出来るものではないのだ。

そう、ジュエルランドの建国時、それぞれの領主が各々の領地の精霊と契約し、土地を得た、というエピソードがオープニングで彩られる。その時、領主の手の甲にこれと同じ模様が浮き出るのだ。


つまり、この手の甲の模様は"資格"と目の前の精霊は言ったけれど、もうこれは実質精霊契約と同様だ。


(こんなの手に入れたらそれこそ、エレスチャレ子爵に殺されかねない…!!)


ただでさえ、好感度最低なのに~!!

助けを求めるようにシルバートを慌てて見るが、彼は眉間にシワ寄せて首を軽く振った。


(ど、どうしよう~!!)


「これでこの森でそちらが獣に襲われることはない。伐採や魔石採取も好きにするといい。魔獣の駆逐をしてくれれば助かることこの上ない。この森を拓くことが出来るのは娘、そなたじゃ。出来れば定住してもらえれば嬉しいが…。それは、娘、そなたの気持ち次第。

契約する気になれば、妾をお呼び。妾の名前は空晶。この森で精霊印に呼びかければ、駆けつけよう」


彼女はそう言って、ふわりとその白いドレスを翻し、眼前を通り過ぎ、やがて消えていった。








私たちの帰りの足取りは重かった。

スピネル君が気遣うように私を伺い見るが、シルバートが無言なので、私たちもそれに倣った。


(精霊印…。こんなの私の立場で手に入れたら、トラブルしか起きないよ…)


精霊印は土地の所有者の証だ。

貴族はこれを精霊から契約により手に入れるのだ。

この世界の真実の土地の所有者は精霊だ。

精霊は人間に無関心な者もいるけど、大抵の国では彼らと契約して国を興すのだ。

のちのちの精霊の怒りに触れることを恐れてだ。

ジュエルランドも勿論それに倣っている。

だから、貴族は彼らに認められるほどの魔力が必要なのだ。


(いくら魔剣持ちだって、私の魔力はそれほどでもないのに)


平民ほどではないが、一般的貴族の所有量より少ないはず。だから、貴族としてのお披露目がされなかったんだから。ちゃんと量ったのは森番小屋に移る前だけど。


(あ、でも、魔剣という魔力保管庫があるから、それを数えればそこそこの量なのかも)


ともあれ、精霊印を手にするということは私が所有主張できる土地を得た、ということ。

なにせ、精霊の守りがあるので、そこそこの防衛が出来ちゃうのだ。

精霊がノリノリで盗賊団の足元を崩したり、背後から山津波を起こしたりして盗賊どもから領地に住む住人を守ってくれちゃうのだ。

だからこそ、王は魔力の強い貴族を領主に据えて、精霊との契約を推奨するのだ。


しかし、私が知っているのは正統な手段で認められたフロウライト女伯爵となったヒロインの立場での話だ。

今の私は詐欺疑惑の上、乗っ取りの疑いかけられているソーダライト商会の身内。

建前上フロウライト伯爵の娘なだけ。実情は平民のようなもの。それが精霊印なんて現状では誰にも歓迎されない事態だろう。


(出来るだけ多くの精霊に認められ契約すれば、貴族としての格はあがる。でもそれは王家や国内の貴族との信頼関係の数値が高い場合だったもの)


私はゲームの知識を思い出す。

領地経営で気をつける部分だったなあ、と。あまり契約優先で国王や貴族の心証悪化すると、むしろ反乱の疑いかけられちゃうんだよ…。

一貴族が精霊契約しすぎると、今度は王家に睨まれる。

貴族自体も契約を盾に国から独立する--というのは稀だ。いや、ほぼない。

気まぐれな精霊によって、与えられた精霊印が消される場合もあるからだ。


(…シルバートが考え込んでいるのも精霊印がそんな不安定なもののせいだよね)


じっとそのシルバートの背中を見つめているとログハウスが見えた。

すると、おもむろにシルバートがこちらを向いて言った。


「…娘、そなたは土地を治める気概はあるか?」


私は息を呑んだ。








夕食時、私は無口だった。

ダートナがいぶかしんだが、シルバートがあとで大人たちに話すと言って私とスピネル君を早々に床につかせた。

私は寝室で天井を見つめる。

シルバートの問いに惑っているのだ。


(これが、ゲームならサーイェッサー!と答えるところなんだけど)


スピネル君が隣の寝袋で横になっている。

護衛の彼は今もアイアンディーネと寝食を伴にしている。


「ねえねえ、スピネル君。…シルバートはなんであんな事聞いたかわかる?」



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