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光の剣、剣の影  作者: 万卜人
第十五章 光の剣
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 前庭に近づく久忠の背後から、朧が不意に声を掛けてきた。

「太郎左衛門、儂はここで消えるぞ」

「何っ?」

 振り返ると、そこには朧の姿はなかった。驚き、きょときょとと周囲を見回す久忠に、上から声が降ってくる。

 思わず見上げると、庇の向こうから、朧の顔が上下逆さまに、覗いていた。久忠を見下ろす朧は、ニッと笑った。

「儂は姿を消す。何しろ、儂は、この見てくれじゃ。目立ってしまうからな。何、心配するでない。姿を消しても、きっとお主を見守っておるわい! いよいよとなったら、助けに入るから、お主は思うままに振舞うが良い。それがお互い、上手くいく……」

 一気に喋って、すっと朧の顔が、庇から引っ込んだ。

 久忠は庇に駆け寄り、伸び上がって朧の姿を探した。しかし、どこにも、朧のひょろ長い姿は、見つけられなかった。

「あ奴め……勝手な理屈を抜かしおる!」

 呟くが、どうしようもない。朧の姿を振り払うように、久忠はくるりと踵を返して、再び歩き出した。

 通廊、廻廊が複雑な迷路を作り出す太和殿を、久忠は奏楽の音を頼りに、歩いて行く。音が近づくに連れ、久忠の歩みは、徐々にゆっくりとなった。

 興奮が鎮まるに連れ、慎重さが戻ってきた。

 物陰に隠れたのは、本能的だった。自分の行為に、後で気付いたくらいで、久忠は何が神経に障ったのかと、壁にぴたりと張り付きつつ、辺りを見回した。

 前庭に続く大きな門に、藍色の官服を目にした。汪直の部下だ!

 名前は知らないが、背が高く、肩幅広く、立っている姿から、相当の武芸者と察せられる。

 手には何も、武器の類を持っていないが、裾長い官服の裏地には、各種の暗器を隠しているのは、もう判っていた。

 どうやら、門を守備しているらしい。部下を配したのは、汪直らしい用心深さだろう。

 どうするか?

 久忠は無意識に、腰の刀に手を掛けた。

 いや! ここで無闇に切り掛かっては、騒ぎを聞きつけられ、計画は水泡に帰す。

 じっと潜んでいると、門の向こうで動きがあった。もう一人の汪直の部下が、早足で近づき、門を守る部下に、何事か囁いた。

 二人は顔を突き合わせ、相談しているようだったが、すぐに門の向こうへ姿を消した。

 今だ! 久忠は、躍り上がるような、自分の気持ちを抑えつつ、素早く門へ近づいた。奏楽の音が、さらに大きくなった。

 門から先を眺めると、儀式の真っ最中だった。

 真っ白な築山に、皇帝が輿に乗って登っている。築山の中心には、青銅の鼎などの器物と、天へ生贄を捧げる台があった。天へ合図するためか、築山には炎が燃え盛っている。

 輿から離れ、皇帝は燃え上がる炎の前へ進み出ると、東西南北に向かって、拝礼をした。拝礼を済ませ、立ち上がり、儀典官より一振りの刀を受け取った。台には、すでに生贄の羊が横たわっている。

 刀を振り上げ、皇帝は羊の首筋を切り裂いた。羊の弱々しい悲鳴が上がり、首筋からはどっと、大量の血液が迸った。

 用意の器に、羊の血液が注がれた。生贄の血液は、この後、出席する百官たちに配られ、相伴される。

 拒否は許されない。儀式に皇帝と共に天への感謝を捧げる礼を同席するのは、最高の名誉とされるからだ。

 門を守備する宦官が呼び戻されたわけが、久忠には判った。

 築山を守備する、魚林軍兵士たちに混じり、朱祐堂ほかが、列の真ん中にいた。皇太子は、身分の低い兵士と全く同じ装備を身に着け、それと察して注目していないと、見分けられない。

 本物の皇太子に相対する位置に、汪直がすっくと立ち、炯々とした両目を光らせている。汪直の側には、小七郎とアニスが立っていた。

 小七郎──と、叫びたい気持ちを、久忠は必死に抑えた。

 汪直は、本物の皇太子が動く切っ掛けを、待ち受けているのだ。皇帝が正式に皇太子の宣下を済ませた後、小七郎を入れ替わらせる計画だろう。そのため、部下たちを一斉に引き上げさせたのだ。

 久忠の位置からは、皇太子と小七郎は遠すぎ、どちらに駆け寄るにも、距離がありすぎる。

 両者に視線を注ぎ、久忠は今さらながらに、皇太子と小七郎が瓜二つだと、認めざるを得なかった。

 皇太子は小七郎より年上だが、小七郎は幼い頃より苦労しているため、大人びて見える。背格好も似ているから、身内の親しい仲でなければ、咄嗟には見分けられないだろう。

 久忠は、儀式を続けている皇帝に注意を戻した。皇帝は、のろのろとした身動きで、大儀そうに儀式を執り行っている。時折、身体がよろけ、側に控えている儀典係が、その度に皇帝の体を支えた。

 皇帝は相当に身体が悪そうだ。顔色は黒ずみ、目には気力がない。ここから見ても、病人に見える。あの調子では、皇太子と小七郎の二人を目にして、きちんと見分けられるか、大いに疑問である。

 汪直もまた、皇帝の状態を悟って、皇太子入れ替わりという、大胆な計画を立てたに違いなかった。

 皇太子が危ない……。入れ替わらせるには、本物は邪魔である。皇帝が皇太子宣下を済ませた後は、必ずや、本当の皇太子を暗殺という挙に出るはずだ。

 その時こそ、久忠は進み出て、何としても汪直の企みを阻止せねばならぬ!

 久忠は、じっと、待ち受けた。

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