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逢 -Meets- 7


ピコン―――ピコン―――ピコン―――…



無機質な部屋に、規則的に流れる電子音。



ブクブクブク――――ブクブクブク―――…



それと同時に、ガラス張りの大きな円柱のシェルターには、たっぷりの液体に無数の気泡が上昇する。




その中には、男性とも女性とも取れない中性的な人影。


短くはない金色の髪が気泡に合わせてフワフワと揺れ、

白い肌には、その容体を電子音で知らせるための無数の線が貼り付けられる。

そして、何よりも目を引くのは…背中に見える黒い双翼。



ピクンッ…



シェルターの中の人影の指が、少しだけ動いた。

それに反応するように、定期的な線を描いていた計測器の針が大きく揺れる。


「おっ?」


それに気づいた男が、何かの資料を除きながらシェルターへ近づく。

そして、目の前に立ち止まると顔を上げ、その中の人物を見つめる。


「お目覚めかなぁ~?ベイビーちゃぁ~ん?」


身体ごとゆっくりと横に傾げながら、シェルターを見上げているのはロジェ。

だが、その姿は姉妹の前に現れた時とは少し様子が異なる。

帽子を目深に被ってはいるが、赤く怪しげに揺れていた瞳は茶色くキラキラと輝き、

口の端に見えていた牙も見当たらない。


ロジェの声が聞こえたのだろうか、液体の中の人物はゆっくりと瞳を開く。

焦点の合わない緋色の瞳は、一瞬見せたその色を瞼によって、また隠す。


大きく揺れた針は、また同じく定期的な線を繰り返すだけ。


「あらら…よく寝るもんだぁ~…。」


変わらない黒衣を揺らしながら、倒していた身体を元に戻すと、手にしていた資料に何かを書き込む。

そんなロジェの後姿に声をかけた人物がいた。


「レヴィの様子はどう?」


声の主へと振り返るロジェ。

そこに立っているのはノヴァだった。


「う~ん…まぁ、いつも通りだねぇ。」


そっけなく答えたロジェは、資料を持って脇にあるデスクへと向かう。


椅子に座り、パソコンにデータを入力していくロジェ。

その後ろからノヴァがそっと、ロジェの首に腕を回す。


「大事な、大事な私の子供よ。目覚めるのが待ち遠しいわ…。」


ロジェは知らん顔のまま、カチカチとキーを叩く。


「ねぇ、ロジェ…。」


ノヴァが、ロジェの耳元で囁く。

それでもロジェは、何の反応も示さないままディスプレイを見ながら処理を続ける。


「夜真に、あの薬を使ったのは…どうして?」


カチカチとキーを叩く断続的な音がピタリと止まる。

そして、ロジェは視線だけをノヴァへと移す。


「アレは、まだ試作段階のはず…。

それが、いつの間にか実戦で使える代物になっている。……と、解釈して良いのかしら?」


ノヴァは甘えるように、自分の頭をロジェの頭に凭れかける。

その重みに、ロジェの頭は少し傾く。


「まぁ…使えるって言えば、使えるんだけどぉ…。」


ロジェは視線をノヴァから逸らす。

首が少し傾いているせいか、ノヴァにはロジェが誤魔化そうとしている様にも見えた。

そして、何か思い出したようにニヤリと笑うロジェ。


「やっぱ、モルモットじゃ反応イマイチだからさぁ…死神だと、どんくらい効くのかなぁ…みたいな、実験?」


そう言うと、ロジェは口元に笑みを浮かべたまま、再びキーを叩き始める。


「普通のモルモットなら、刺して一分と経たないうちに侵食が始まる程度の濃度だったんだけどさぁ…

あの死神、まだ何の症状も出てなかったねぇ。」


ノヴァは凭れていた頭を起こすが、腕は回したままロジェの横顔を見つめる。


「何でわかったのぉ?…アレ、使ったって。」


たまに資料に視線を送りながら、作業を続けていくロジェ。

ノヴァはスッとロジェから離れる。


「あなたの顔を見て居ればわかるわ。だから止めたのよ。」


言いながらノヴァは部屋を去ろうと振り返る。


そして、あの状況を思い出す。


未耶から夜真へ振り向いた時のロジェの顔…。

一つずつ刺したメスの位置を確認しながら浮かべた最後の笑顔。


「あのまま続けていたら、あなたあの場で研究を始めかねなかったでしょうしね。」


たっぷりの皮肉を込めた言葉。

だが、その言葉とは裏腹に、ノヴァの口元も緩んでいた。


去って行ったノヴァの気配を感じながら、ロジェはケケッと不気味な声で笑った。







「ロジェ? 居てるか?」


ノヴァが去って行って暫く―――

相変わらずパソコンに向かって作業をしていたロジェに話しかけた男が居た。


「あぁ、バルトさん。久しぶりだねぇ。」


ロジェは座っていた椅子ごと、くるっと振り返る。


よお、と片手を上げながらロジェに近づいていく男、バルト。


優しそうな笑顔と、声。

だが、そのスタイリッシュなシルエットには似つかぬ箇所がひとつ。


「どうかなぁ?…腕。」


立ち上がったロジェは、バルトに近づきながら尋ねる。

バルトは、スッとロジェへノースリーブの肩から露わになっている左腕を差し出す。


「まぁ、ぼちぼちやな。

やっぱ、ちぃとバランスが取りにくいけどな。」


だがその腕は、タイトなバルトの身体との違和感を露呈する。

右腕の倍ほどもある腕回り。

掌も、右側とは比較にならないほどゴツゴツと大きい。


「感覚は問題なしや。神経もイケてるんやろ。

変な動きも、可笑しいとこも、ない思うけど?」


そう言いながら、両手を同時に握ったり放したりする。

ロジェへ差し出された両腕は、異なる長さを主張する。


ふんふんと頷きながら、バルトの腕を見つめているロジェ。


「変な拒絶反応とかも無さそうだねぇ。

まぁ、バルトさんだから、多少の無茶は平気なんだろうけどぉ~。」


そして、差し出された左腕のあちこちを触る。


「おぃおぃ…無茶ってなんやねん。

あんま悍ましいことしなや。いくら俺でも、不死身とちゃうからな。」


少し引きつった笑顔を向けるバルト。


「その、悍ましいことを頼んできたのはバルトさんなのになぁ。」


クスクスと笑いながら、ロジェはバルトを部屋にあるベッドへと誘導する。


腕に、検査のための器具を取り付けるロジェ。

すると、入口から騒がしい声と共に二人の気配が近づく。


「気安く触ってんじゃねーよ。」


「まぁた、そういうこと言って。

ホントお姉さんは素直じゃないよねぇ。」


現れたのは、バーニャとキースだった。


「おぅ、バーニャ久しぶりやんな。」


煙草を咥えたままキースを睨み付けているバーニャに声をかけるバルト。

だが、バーニャはバルトの腕に気が付くと、一層顔を歪める。

そんなバーニャの代わりに答えたのはキースだった。


「あれ?バルト、その腕どうしたの?」


言いながらバルトへ近づき、何か気が付いたように表情を変えた。


「それ…僕の知ってる腕…?」


キースの視線は、バルトの左腕に留まったままだ。

ロジェは検診を終えた器具を片付けていく。

バーニャは先ほどまでロジェが座っていた椅子に、背もたれを抱えるように跨いで座る。


バルトは左肩をぐるぐると回しながらキースに答えた。


「あぁ…お前は、おらんかったからな。見てへんかったな?

せや。よう知ってると思うで……なんせ―――。」



―――お前が切ってくれはった腕やからな―――



バルトの言葉に思い出されるキースの記憶。


切り上げた剣は、大きな男の腕を空高く舞い上げる。

血塗られた傷口の焼ける臭い。


バーニャが嫌悪感を露わにした声で呟く。


「んな気持ちワリィこと、よくする気になるよね…。

あたしはごめんだね。死神の腕(・・・・)を付けるなんて。」


バルトの腕に付けられた違和感のある左腕。

それは―――



―――烈火の左腕―――



バルトはベッドから立ち上がると、バーニャに煙草をせびる。


「まぁ、そう言いなや。

お蔭で、俺はゴブリンとしての欠点を、多少なりとも補えるんやねんから。」


バーニャはバルトをこれでもかと睨んでいたが、優しい微笑みを向けるバルトに煙草を箱のまま差し出す。


「チッ。胸糞ワリィ。」


咥えていた煙草を足で踏みつけると、新しい煙草に火をつけた。


「あららぁ、バーニャちゃぁん。お行儀が悪いねぇ。

煙草はぁ~、せめてぇ~、灰皿へぇ~。」


不思議な歌を歌いながら、クネクネとバーニャへ近づき、灰皿を寄こすロジェ。


「だから、その呼び方も気持ちワリィから止めろ。」


灰皿を受け取ろうともしないバーニャは、ロジェを睨む。

その灰皿を、バーニャの代わりに受け取るバルト。


「キース?いつまで、そないしてんのや?」


バルトが座っていたベッドの前に立ちすくんでいたキースに声をかけたバルト。

キースは、ハッと我に返ったように振り返る。


「いや…まさか、そんなことになってるとは思わなかったからさ。」


「よぉ言うわ。俺かて、遊びに出てんのちゃうで。

お前の加勢に行け言うから、覗きに行ったってんのに…さっさと居んでまいおってから。」


バルトは煙草の煙を吐きながら、近くにあったデスクに腰掛ける。

キースもそのままベッドに座った。


「だってさ、楽しくないゲームは続けらんないじゃん?バルトなら、わかるでしょ?」


ハハハッと誤魔化すように笑うキース。


「まぁ、せやな。」


バルトもフッと笑みを返す。

吸い終えた煙草を灰皿に押し付けると、その灰皿をバーニャの足元へ滑らせた。


「ちゃぁんと、捨てや。」


優しく笑うバルト。

バーニャは、フンッと顔を背けるが灰皿を持ち上げると煙草を押し付けた。

それを見たバルトは、さらに表情を緩めた。


「だけどぉ、バーニャんはホントに死神嫌いなんだねぇ。」


バルトのデータをパソコンに打ちながらロジェが問いかける。


「だから、変な呼び方止めろっつってんだろーが!」


バーニャは少し苛立ったように、声を荒げる。

だが、ロジェはクククッと笑うだけ。


「ねぇ、バーニャ。」


キースがバーニャを呼ぶ。

チッと舌打ちしながら、ロジェを睨み付けたバーニャはキースへ振り返る。


「バーニャって、何でそんなに死神嫌いなワケ?」


首を傾げながら尋ねるキース。

バーニャはギロッとキースを睨み付ける。


「じゃあ、お前は嫌いじゃないワケ?」


逆に問いかけるバーニャに、キースはう~んと考える。


「嫌っていうか、別に何とも思わないけどね?」


同意を求めるようにバルトを見る。

バルトは、は?と首を傾げた。


「まぁ、それぞれにイロイロあるんちゃう?細かいことはえぇやないか。」


「そうだよぉ、キィくん。

女の子ってぇのはぁ、イロイロデリケートなんだからねぇ。」


今度はキースをあだ名で呼びながら、ロジェも会話に加わってくる。


「お前が言いだしたんだろーが。」


バーニャがロジェを睨むが、ロジェはとぼけた様に返す。


その時、入口にはまたしても二つの影が現れる。


「あら?皆様お揃いでいらっしゃるのですね?」


「…。」


髪をかき上げながら歩いてくる女と、それに手を引かれるように歩いてくる少年。

全員の視線が入口へと向く。


「あらま、もおそんな時間なのねぇ~…。」


そう言って、ロジェはシェルターで眠るレヴィに近づいた。


「マリア? 珍しいな、あんたが此処に来るなんて。」


キースが問いかけた。

すると、マリアがフフッと笑う。


「えぇ、今日はこの子の付添いですわ。」


そう言って、自分の前に少年を軽く押し出した。


「…。」


その少年は皆の視線を浴び、瞳をキョロキョロさせながら俯く。

すると、バルトが少年へ歩み寄り、ふわっと髪を撫でた。


「怖がることあれへんよ。

み~んな、サデュウの仲間やし。久しぶりで緊張してんのやんな?」


優しく声を掛けられたサデュウは、頬を赤く染めながら少しだけ笑った。


「サデュちゃん、こっちに来てくれますかぁ?」


レヴィの周りで、何やら作業をしているロジェがサデュウを呼びつける。

サデュウは少しためらいながらも、マリアに背を押され、少しずつ近づいて行った。


「あら、バルト。どうしたの?その腕。」


マリアは、露わになっているバルトの左腕にそっと触れた。


「えぇやろ?

これで、やっとマリアをお姫様抱っこできんねんで?」


バルトはいたずらっぽく笑う。


「まぁ、それは頼もしい。」


嬉しげに答えるマリアは、バルトの逞しい左腕に寄り添う。

すると、バルトの右手がマリアの顎を持ち上げた。


少しずつ顔が近づく二人。


「ちょっと。」


その声に、二人の動作はピタリと止まる。


「悪いんだけど、そういうのは他所でやってくれない?」


眉間に皺を寄せたバーニャが、椅子の背もたれに顎を乗せたまま上目づかいに睨む。


バルトは、マリアへニコッと笑顔を向けると、そっと頬へ唇を落とす。

マリアはバルトからスッと離れ、バーニャの前を通り過ぎながら奥へと向かう。


「初心なのね。」


くすっと笑いながら、横目でバーニャを見たマリア。


「テメッ!!」


マリアの態度に勢いよく椅子から立ち上がったバーニャ。

それを押さえたのはキースだった。


「ちょっと、落ち着いて。

あんなの、いつものことじゃん?」


言いながら、バーニャの腕を握る。

だが、バーニャの苛立ちは収まらない。

すると、そこへバルトが近づく。


「まぁ、妬きなはんなや。キースの言うとおりや。

あんなん、ただの挨拶よって、気にすることあれへんよ。」


ポンポンとバーニャの頭を軽くたたくと、マリアについて奥へと去って行く。


「気持ちワリィこと言ってんじゃねーよ。」


吐き捨てるように言うと、キースの腕を振りほどいた。


「テメーもいつまでも触ってんじゃねぇ。」


キッとキースを睨むと、バーニャも奥へと歩いていく。


「はいはい。」


生返事を返しながら、キースもそれに続いた。








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