逢 -Meets- 6
遠くで何かの音がする…
あぁ…誰かが話をしてるんだ…
何の話をしているの…?
「ん……。」
夜真は、虚ろな意識から覚めるように、小さく聞こえる声に耳を傾けた。
「そんな…では、早紀様は…。」
あれは…朱雀の声…?
「…は…わ…………た……。」
あ…朱雀、どっか行っちゃった…何言ってんのか、聴こえねーや…
「…どうなってんのよ…。」
今のは…戒?
「私にも…よく、わからないの…。」
姉さんの声もする…
わからない…?
ワカラナイ…
その時、夜真の意識は、記憶に新しい悲劇を呼び起こす。
「…や…いや…いや……イヤァ―――!!!」
夜真は悲鳴と共に起き上がる。
「くぅ!!」
急に体を動かしたせいで、至る所に鋭い痛みが走る。
「夜真!!」
声に気付いた二人が駆け寄ってきた。
「夜真!まだ動かないで!!」
戒が慌てた様子で、夜真を布団へ寝かしつける。
「あ…あ…あぅ…。」
夜真は放心したように、うめき声しか出せない。
「大丈夫。大丈夫だから、ゆっくり息して。」
戒は、夜真の手を握ると一緒に深呼吸の真似をした。
すると、それを見ていた未耶が声をかける。
「戒…どういうこと?」
未耶の顔は青ざめていた。
朱雀たちが二人を連れ帰った後、程無くして未耶は目覚めた。
裂傷していた傷の程度は、軽くはない。
だが、それでも先ほどの夜真のように苦しみに呼吸が整わないほどではない。
未耶の問いかけに答える戒は、少し表情を歪める。
言葉を選ぶように、ゆっくりと答えた。
「夜真の足の傷…。両足とも、ほとんどの神経が切れてる…。
それと……原因はわかんないんだけど…その神経に、何かが入り込んで……炎症が治まらない。
もしかすると…毒性の薬か何かの影響かもしれないんだけど…。」
「そんな…。」
未耶は、口元に手を当てて涙ぐんでいる。
すると、少し落ち着いた様子の夜真が口を開いた。
「やっぱ……そぅ…なんだ…。」
「夜真!?」
未耶が戒の隣から顔を出す。
「なんか…ね…あれから…足だけずっと…燃えてるみた…いに熱くっ…て…。
だんだん…頭の…先…まで痺れて…きてさ…。
多分……何か…あった…んだろ…って……思って…。」
夜真はへへっと笑う。
「そんな…じゃあ、どうしてもっと早く言わなかったの!?」
未耶は顔を歪めながら夜真を叱る。
「はは…姉さん……母さん…みたい…。」
「夜真!!」
戒が落ち着いた夜真に薬を飲ませた。
「これは、ただの鎮痛剤でしかない。
でも、原因がわからない以上…これ以上の処置はできない…。」
戒は、申し訳なさそうに下を向く。
だが、夜真は何でもないように、驚くべきことを口にする。
「ねぇ…戒?」
戒は、夜真の顔を見る。
夜真は額に汗を浮かべながら、笑顔を取り繕う。
その様は、とても痛々しく感じる。
「足…切っちゃおっか?」
二人は驚く。
「夜真!! 何言ってるの!?」
未耶は、作った拳に手に力を込めた。
だが彼女も、夜真と同じように傷を負っている。
握られた掌からは、傷口が開いたのだろうか、包帯に血がにじむ。
夜真は、薬が効いてきたのか、戒に支えを乞い座りなおす。
「あそこに居た時も、ずっと思ってたんだ…。
だんだん…自分のモノじゃないみたいに、言うこと聞かなくなってくるし…。
この足、切っちゃえば…痛くなくなるんじゃねーかなって…。」
「夜真…。」
未耶は布団の下にあるであろう、夜真の足に目を向けた。
抱き寄せるように夜真を抱えていた戒が、小さくため息をつく。
「夜真…さっき言ったこと、ホンキで思ってる?」
未耶は咄嗟に、戒を睨み付けた。
戒は、未耶から放たれる鋭い視線を感じながらも続ける。
「二人を連れ帰った時、夜真の両足だけが酷く腐食していた。
確かに、あれから結構経ったけど…腐るまでには早すぎる。
だから膿とか傷口の細胞を採取して、研究所で調べてはいるんだけど……。」
戒は夜真を抱く腕に、少しだけ力を込める。
「今わかっているのは、夜真の体内に異物が侵入していること。
それから、その異物は夜真の身体を少しずつ侵食してきてる…。」
そう言うと、戒は夜真に、いいか?と尋ねた。
二人のやり取りに顔をしかめる未耶。
夜真が小さく頷くと、戒が静かに夜真の足元の布団を接ぐ。
「!!」
臑下から足の指先まで、黒ずんだ肌。
その黒い肌に浮き上がるのは、恐らく神経であろう無数の筋。
その筋は、至る所にしこりの様な瘤ができており、まるで血が流れているかの様にドクドクと蠢いている。
「うそ…。」
未耶は両手で口元を覆う。
戒は、夜真の足元に優しく布団を掛け直した。
「このまま放っておいても、対処がわからない以上…良くなる見込みはない。
調べるって言っても…前例もなければ、糸口さえ見つからない…だが、侵食が衰える様子はない…。」
戒が夜真を見つめる。
「でも……切っちゃえば、解放される?」
夜真は笑いながら、然も当然のごとく言い放つ。
夜真の笑顔に、戒は唇を噛みしめた。
そして、ゆっくりと夜真を布団へ寝かせる。
「正直なところ…。
夜真の身体のどこまで侵食しているのかもわからない。
だから、切ったところで…変わらないかもしれない…。」
「だったら!!」
未耶が大きな声を上げるが、戒はそれを制した。
「だったら何だ!?」
いつになく鋭い視線を未耶に向ける。
「だったら……何だよ…。」
戒が消え入りそうな声で呟く。
「そのロジェって奴から、薬でも手に入れてくるのか?
それとも、どっかから優秀な医者でも連れてくるのか?
俺だって!……俺だって……何とかしたいよ……。」
未耶は、自分が戒を責めていたことに気が付いた。
「戒…ごめんなさい……。
私…そんなつもりはないの……本をただせば…私が……。」
「姉さん!!」
今度は、夜真が大きな声を上げる。
「もぉ…二人とも勝手に盛り上がんないでくれる?
これは、あたしの問題。二人がどーのこーのじゃないっつーの。」
少し笑いながら悪態を付く。
夜真は戒に支えてもらいながら横たわると、ゆっくり瞳を閉じる。
「戒……。」
夜真は、瞳を閉じたまま戒を呼んだ。
「出来たら…気持ちの変わらない内にお願いしたいんだけど…。」
「夜真…。」
そう呟くと、準備してくる、と言って部屋を去った…。
戒が去ってから、夜真は何も話さない。
「夜真…。」
その静かな空気に耐えられなくなった未耶が、夜真の名を呼ぶ。
すると、夜真が未耶を見つめた。
「夜真…?」
「姉さん、もう聞いたの?」
夜真が唐突に尋ねた。
未耶は、一瞬躊躇った様子を見せるが、夜真は続ける。
「父さんと、母さん…やっぱ、あの女の言った通り?」
未耶は俯きながら、コクンと頷く。
「朱雀は、無事なの?」
夜真は質問だけを投げかける。
未耶は同じように頷くが、俯いたまま答える。
「でも…傷は深いわ…。」
「真は?」
未耶は、また黙ったままコクンと頷く。
「薫様は?」
未耶は、今度は頷かないまま答える。
「戦いの後から、意識が戻ってらっしゃらないの…。
早紀様のことは、あの三人には話したわ…。」
「…。」
夜真は黙りこむ。
未耶は、投げかけられなくなった言葉に、更に首を擡げる。
「…奏楽は?」
予期していた質問に、未耶は答えを出せない。
何も答えない未耶に、続けて問う。
「生きてるの?」
未耶は答えの代わりに、瞼を閉じた…。
夜真は視線を天井へ戻すと、同じように瞼を閉じた。
「大丈夫だよ……きっと………。」
夜真の言葉に、未耶は頷くことしか出来なかった…。




