逢 -Meets- 5
「なぁ、朱雀…。ホントにこんな場所であってんの?」
戒は周りをキョロキョロと見渡しながら、前を歩く朱雀についていく。
「あぁ、大丈夫。もぅ少しだから…。」
そう言って、グングンと歩いていく。
二人は郷から百キロほど離れた山奥に来ている。
鬱蒼と生い茂る森林はをかき分けながら進んでいく朱雀。
二人は、目の前に向かってくる木々の間を抜け、奥へ奥へと登って行く。
暫く行くと、前方に古びた鳥居が見えた。
「おっ!朱雀、何か見えたぜ。」
それまで代わり映えのしなかった景色から解放された嬉しさから、戒は朱雀を追い越し鳥居へ向かう。
「あっ!戒!! その鳥居をくぐってはいけませんよ!」
朱雀が慌てた様に、戒を呼び止めた。
ピタリと止まる戒の足。
「何で?」
思ったことをそのまま口にした。
すると朱雀は、そんな戒を後目に横を通り過ぎると、足元にあった石を拾い上げる。
「よく、見てて。」
朱雀はその石を、頭の上に振りかぶると、鳥居をくぐるように投げた。
ヒュッ――――――……
「!!」
朱雀の手から離れた石は、確かに鳥居をくぐり抜けた…?
「なんだ?コレ…?」
戒は眼鏡を掛け直しながら、鳥居の正面に立った。
鳥居を通り抜けたであろう石。
その石は、鳥居をくぐり抜ける際……
向こう側に見える木々に当たることなく、忽然と姿をくらます…。
朱雀は、不思議な鳥居を見つめる戒に説明する。
「これは、神宮の結界です。
この鳥居は、ただの人間には見えない。
そして、見えたとしても…くぐったが最後、その出口は…。」
朱雀は押し黙る…。
戒はゴクンと喉を鳴らす…。
「この山のふもとへ逆戻り。」
「…。」
二人の間に沈黙が流れた―――
「朱雀…ソレ……。」
もっと大がかりな何かを期待して張りつめた緊張は、あっさりと裏切られる。
戒が冷やかな視線を朱雀へ向けて言い放つ。
「なっ!! 仕方がないでしょう!本当のことなのですから!」
私だって…とブツブツ文句を言いながら、顔を赤らめる朱雀。
戒は、肩を落としてため息をつく。
「で? どうすりゃいいの?」
朱雀は、こちらへ…と戒を鳥居の裏側へと誘導する。
二人は鳥居の横を通り過ぎると、裏側から鳥居の正面に立った。
「さ、行きましょう。」
「へ?」
「どうしました?戒…。」
戒は、口を開けたまま放心している。
「戒?」
朱雀は、首を傾けながら戒の顔を覗き込む。
「あぁ…イヤ…。なんというか…とてつもなく平明な展開に…拍子抜け……。」
その答えに、少しムッとする朱雀。
「このままくぐれば良い…なんて考えは甘いですよ、戒。
神宮を舐めてるんですか?」
見てろ、と言わんばかりに意気込む朱雀。
鳥居の正面に立つと、両足を肩幅に開き、両手を軽く広げる。
瞳を閉じて、大きく息を吸い込む…
朱雀の身体から、ゆらゆらと蹌踉めく湯気が立ち上る。
思い切り吸い込んだ息を、今度はゆっくりと吐き出す朱雀。
朱雀は両掌に意識を集中すると、その手を自分の胸の前に合わせて力強くたたき、合掌の形を取る。
パア―――ンッ!!!
その大きな音が、山にこだまする。
「これは…。」
朱雀の後姿越しに、鳥居を見ていた戒。
その瞳には、渦を巻くように鳥居の中心へ集まってくる影の様なモノが見える。
それは次第に色濃くなり、ついには鳥居に囲まれた空間は、黒く染まる。
そして…
ギンッ―――!!
その中心に、パッと現れたのは…大きな一つ目。
「うおっ!?」
戒は驚きの声を上げ、一歩後ずさる。
その目玉は、パチパチと瞬きを繰り返し、キョロキョロと視線を泳がせている。
だがその視線は、目の前に立つ朱雀を捕えるとピタリと止まる。
その瞳の中にある瞳孔が、何度も大小を繰り返す。
朱雀は、ゆっくりと瞳を開け、現れた目と視線を絡ませる。
すると、鳥居の目はパチパチっと瞬きをすると、次の瞬間、無数の小さな目玉へと変化した。
「…。」
戒はその光景を、口をあんぐりと開けて見ているだけ。
その無数の目玉は、鳥居の中を縦横無尽に動き回っている。
朱雀は、胸の前で合わせていた両掌を、その目玉たちへ近づけた。
それを合図に、目玉は朱雀の両手に分かれ集まってくる。
うじゃうじゃと湧いていた目玉は、朱雀の掌へ吸い込まれるように消えていく。
全ての目玉が消え去り、鳥居の中は黒い闇に覆われた。
「さてと…。」
朱雀は、ゆっくりと手を降ろすと、戒へ振り返る。
「行きますよ。」
そう言って、黒い闇へと足を踏み入れた。
一人置いてきぼりの戒。
「…。」
頭をポリポリと掻くと、はぁっとため息をついて歩き出す。
「ちゃんと説明してよねぇ…。」
ブツブツとぼやきながら、朱雀の消えた黒い闇へ足を踏み入れた。
―――パチパチパチ―――
―――チカチカチカ―――
ほんの数秒の出来事だが…
黒い闇へ足を踏み入れた戒は、耳に残る異音に身を震わせ、瞳を閉じた。
先ほどの無数の視線が刺さるように自分を見ている気がする。
近づいたり、遠ざかったり…足を踏み出すたびに、少し触れているような気さえ感じる。
「気持ちワリィ…。」
ドンッ!!
「ってー…。」
瞳を閉じたまま歩いていた戒は、突然の障害物に激突する。
おでこを押さえながら瞳を開けると、朱雀の後姿があった。
くるりと戒へ振り返る朱雀。
「それはこっちの台詞です。さぁ、もう少し歩きますよ。」
そう言うと、スタスタと先を行く。
戒は、ぐるりと周囲を見渡した。
そこは先ほどまでと何も変わらない、ただの雑木林。
違っていると言えば…先ほど通り抜けた鳥居は、戒の前から後ろへと移動している。
「くぐったんだから、当たり前…か?」
う~ん、と唸りながら朱雀へ続く。
隣に並ぶと、戒は朱雀へ説明を促した。
朱雀は、そうですね、と歩きながら話を始めた。
「戒は、『百目鬼』というのを知っていますか?」
「トドメキ?」
「えぇ。 人間たちは、身体に百の目を持った妖怪のことを、俗に『百目』と呼びます。
先ほどの鳥居も、その『百目』の一種です。」
戒は、相槌を打ちながら朱雀の話を聞いている。
「なんだよ…『妖怪』って?」
すると、朱雀はフフッと笑う。
「先ほどの鳥居は、『魔界の門番』。」
戒は、聞き覚えのある言葉に、あからさまに嫌な顔をする。
「ナニソレ?」
それに気づいた朱雀は、軽く首を横に振る。
「先日出逢ったキースたちは、『地獄の門番』。鳥居は彼等とは異なります。
あれはあれで、鳥居に宿る『魂』です。肉体に宿る、我々の魂と同じようにね。」
戒は、ふ~ん、と言いながら、うんうんと首を縦に振る。
「悪魔たちの呼称は、文字通り…地獄の入り口を守るための門番。
そして百目鬼は、その地獄の先…魔界にある方々の門を監視するのが目的です。
彼ら事態に、物理的な攻撃も効かなければ、こちらに危害を加えることもできない。
ただ、許可の有無の確認と記録。それだけの門番。」
なるほどね、と相槌を打ちながら戒は話を聞いている。
「そんなのあったんだ……僕、初めて知ったよ。
研究所でも、鳥居のデータなんて一つも無かったし…。」
戒は少しだけ口を尖らせる。
朱雀は、はははっと笑う。
「あの鳥居の存在を知っているのは、薫様と早紀様。後は、私と、あの姉妹の一家だけ。
そう簡単に教えてあげられるほど、簡単なモンじゃないってことです。」
未耶と夜真の家系は、代々門番として神宮に仕えている。
だから、あの鳥居の存在を知っていても不思議はない。
だが、まさかそんな門を守っているなどとは知る由もなかった。
朱雀の話を聞きながら考える。
「でも、いいの? そんなトップシークレットみたいなの…僕、知っちゃったよ?」
戒は冗談めかして言う。
「あの門は、存在を知っているだけでは開けないから…大丈夫です。」
「…あっそ。」
朱雀の余裕な返事に、戒は不貞腐れたように答えた。
「しっかし、妖怪ねぇ…。朱雀の口から、まさかそんな言葉が出るとは思わなかった。」
朱雀の後ろを歩く戒は、少し首をかしげながら笑う。
「人間たちの間では…魂を『妖怪』と呼ぶことがあるようです。
霊だの、悪霊だの、妖怪だの、化け物だの、妖精だの…人間たちから見れば、言い方は多種多様。」
「まぁね…でも、いいんじゃねぇの?
空想、夢想、妄想、想像…人間って好きだよね。
僕たちから見れば、形が違うだけの魂。でも、人間はその『魂』を物理的に証明できない。
だけど人間は、ピッタリ形が合致しないと納得できない生き物だからね。」
戒は相変わらず、周りをキョロキョロと見回しながら、少し投げやりに言う。
「そうですね…。
人間は無知であることを、とても恐れる。
だから、答えが欲しい。それが正しかろうと、間違っていようと…。」
朱雀は軽くため息を挿む。
「そうやって…いつか人間は、『神』ですら作り上げてしまいそうですね。」
そう告げた朱雀の後姿を見つめる戒。
「今日はホント…笑えない日だねぇ…。」
ポツリと呟きながら、その背中を追った。
暫く歩いていると、景色は雑木林から竹林へと変わっていた。
そして、その向こうに見えるのは、酷く草臥れた社。
「あそこか…?」
小さく呟く戒に、朱雀はしっかり頷いた。
戒は意識を集中し、見知った気配を確認するように探る。
「………居た!!」
そう叫ぶと、社へ向いて走り出した。
朱雀も、戒の後へ続いて走り出す。
「未耶! 夜真!!」
ガラッと勢いよく扉を引く戒。
「!?」
だが、そこに居る二人の姿に目を見開いた…。
抱き合うように眠っている二人。
その姿は、二人に何があったのかを如実に物語っていた…。
「どうした…戒?」
立ちすくむ戒の横から、朱雀が顔を出す。
「!!…未耶!! 夜真!!」
叫ぶと同時に、二人は横たわる姉妹へ駆け寄った。
「おいっ!しっかりしろ!! 何があった!?」
未耶を抱きかかえ揺さぶる朱雀。
「朱雀、あまり揺するな…大丈夫、眠っているだけだ。」
夜真の顔色や症状を確かめながら、戒が落ち着き払った様子を見せる。
「傷も深いが、酷く衰弱している…。
こいつら、もしかしたら…あの直後から、ずっとここに居たのかもしれない…。」
そう言うと、戒は社の中を見渡し、手当てに使える物がないかを探す。
朱雀はクッと顔をしかめた。
壁に掛かっていた旗のような布をビリビリと引き裂く戒。
裂いた布で、夜真の膿を優しくふき取る。
「とりあえず、二人を連れて帰ろう。」
軽い手当を終えた戒が、朱雀へ振り返る。
二人を見つめる朱雀の表情には苦悩が満ちている。
「私が…私がもっと早く…来られていれば…。」
己を責めるように、ギュッと瞳を閉じた。
「朱雀のせいじゃない…。
お前に怪我をさせたのは…俺だ…。」
二人は姉妹の姿に…。
己を悔い、責めることしかできなかった…。