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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第七十二話 百台の荷車が消えた谷で、少年の靴だけが見つかった

谷の入口で、ガイアは隊を止めた。

雪の上に残る轍は十台分。

先頭の輸送隊がここを通ったことは確かだった。

けれど、荷車は見えない。

「後続の九十台は安全な場所に移したか」

「はい。別の道で配給を続けています」

その報告を聞いてから、ガイアは捜索を始めた。

斥候のアマが片方だけの子供靴を拾った。

つま先には赤い糸が縫い込まれている。

「人質でしょうか」

「まだ分からん。見つけた場所を記録しておけ」

靴底には黒い砂が付いていた。

谷の白い石とは違う。

ノアが古い測量図を開く。

「廃関所の敷地に使われた砂利と似ている」

地図には細い道が描かれていたが、現在の地図からは消されていた。

「道は消えていない。記録から消えただけだ」

崖の陰で荷車が一台見つかった。

車輪は外されていたが、積荷の番号は残っている。

「奪って売るつもりなら、番号を消すはずだ」とノア。

「人を閉じ込めるために荷車を移したのかもしれない」

ガイアはそう答えたが、確証はない。

若い兵が剣の柄を握った。

「すぐ突入しましょう」

「中に子供がいたら、最初に危険にさらされるのは誰だ」

兵士は答えられなかった。

アマは雪の中に片足だけ深く沈んだ小さな足跡を見つけた。

その先には古い排水溝があった。

「私なら入れます」

「一人では行かせない。入口に待機者を置く。戻る時刻も決める」

アマは頷いた。

排水溝の向こうから、咳が聞こえた。

続いて、水桶の音と男の声。

「静かにしろ」

「寒いよ」

子供の声だった。

アマは人数を推測せず、聞いた言葉だけを記録した。

戻ったアマの指は冷え切っていた。

セーラが温めながら尋ねた。

「怖かった?」

「はい。私が戻ったら、あの子がまだ寒い場所にいると思って」

「戻ってくれたから、助ける方法を考えられるのよ」

ガイアは医療班を関所の見えない斜面へ進めた。

突入を早めるのではなく、救出した人をすぐ温められるようにするためだった。

排水溝の入口近くで、アマは小さな紙を見つけた。

震える字で『三人、奥』と書いてある。

ノアは壁の隙間から細い光を差し入れた。

奥の倉庫に小さな影が三つ。

廊下には見張りがいた。

「数は一致する。でも、ほかにも人がいるかもしれない」

ガイアは三組の隊を配置した。

出口の監視、避難路の確保、負傷者の受け入れ。

「扉はセラに開けてもらう。俺たちは逃げる子を止めない」

アマは靴の赤い糸を指先でなぞった。

縫い目が二重になっている。

母親がほどけた部分を直したのかもしれない。

「この靴だけで死亡者に数えないでください」と記録係に頼むと、若い兵士が困惑した。

「でも、捜索の報告には人数が要ります」

ガイアは名簿を三つに分けさせた。

確認できた者、所在不明の者、目撃情報だけの者。

数字を急いで一つにすれば、助けを待つ者が消えてしまう。

谷の反対側では、御者が寒さに震えながら荷車の隠し場所を示した。

ガイアは兵を二手に分け、荷の回収より人の捜索を優先した。

「小麦は取り戻せる。だが名前の分からない子を置いては帰れない」

アマは靴を布に包み、拾った場所と時刻を書き添えた。

持ち主を探す手掛かりを、憶測で塗りつぶさないためだった。

日が暮れる頃、関所の窓が曇った。

小さな指が、内側から丸を一つ描いた。

アマは赤い糸の靴をガイアに渡した。

「返せますか」

「返すために行く」

ガイアは靴を外套にしまった。

「誰も、勝手に英雄になろうとするな。全員で帰る方法を選ぶ」

雪の向こうで、黒い影が一つ、廃関所へ近づいていった。

セラだった。

セラが動く前に、ガイアは救出後の確認方法を決めた。

「三人という紙を信じ切るな。荷車十台の乗員名簿と照らし、帰還していない人を一人ずつ数える」

アマは赤い糸の靴を布に包み、発見時刻と場所を書いた。

「これも証拠になりますか」

「持ち主に返すまではな。持ち主を勝手に決めるな」

廃関所の窓に灯りが揺れた。

中の子供が合図したのか、見張りの動きなのか分からない。

ガイアは兵に待機を命じた。

「俺たちが急げば、向こうはもっと急いで人質を動かす」

誰もが剣を抜きたかった。

しかし、剣を抜かずに待つ者がいるから、セラは暗い通路へ入れた。

救出は、敵を倒した人数ではなく、帰ってきた人の名前で数える。

その約束を、ガイアは名簿の最初の頁に書いた。

夜の捜索が始まる前、ガイアは隊員を一人ずつ呼び、持ち場を確認した。

アマには排水溝の出口、セラには関所の裏口、医療班には斜面の待機地点。

誰かが戻らなければ、どこを探すべきかを全員が知っている必要があった。

「将軍はどこに?」

アマが尋ねる。

「俺はここだ。全員の帰る場所を空けておく」

「前なら、真っ先に突っ込んでいたでしょう」

「前の俺ならな」

ガイアは答えた。

百万人の兵を動かした頃は、先頭に立つことだけが責任だと思っていた。

今は違う。

見張りの交代時刻が近づくと、廃関所の窓の灯りが二度揺れた。

合図なのか、風なのか判断できない。

ノアは風向きを確かめ、アマに小石を渡した。

「排水溝に落として、音が中へ届くか調べてほしい」

「子供を驚かせませんか」

「そうだな。やめよう」

ノアはすぐに考えを改めた。

子供たちが音を合図と勘違いして動けば、見張りに気づかれるかもしれない。

セラから短い知らせが届いた。

『裏口の錠は外せる。

ただし廊下の床板が腐っている。

走らせるな』

ガイアは医療班に毛布だけでなく、足を傷つけた者を運ぶ板を用意させた。

「救出したら全員を走らせるつもりでした」

若い兵士が言った。

「逃げる道があっても、歩けない子には道がないのと同じだ」


やがて、関所の裏で小さな戸が開いた。

最初に出てきたのは御者だった。

腕を縛られていた跡があり、歩くたびに肩を押さえている。

「子供が三人、奥にいる。ほかの御者も地下室だ」

アマは彼に水を渡しかけ、セーラの指示を思い出して一度止まった。

容体を確かめてから少しずつ飲ませる。

「荷車は?」

「奪われたんじゃない。道をふさぐために隠された。残りはまだ谷の向こうだ」

御者の言葉は重要だったが、ガイアはその場で敵の数を決めつけなかった。

「話せることは後で聞く。今は体を温めろ」

関所の中から、赤い糸を縫いつけた靴の片方を履いた少年が現れた。

アマは包みを開きかけて、手を止めた。

「この靴、君の?」

少年は頷いたが、すぐに首を横に振った。

「弟の。僕が片方を持って逃げたんだ」

ガイアは名簿の余白に弟の特徴を書き足した。

見つけた靴の持ち主を勝手に決めなくてよかった。

「弟はどこにいる?」

「地下の扉の向こう」

ガイアは関所を見上げた。

助け出せた人数を数えるのは、まだ早かった。

ガイアは弟の名前を尋ね、少年が答えた音をそのまま名簿に書いた。

聞き間違えないよう、もう一度声に出して確かめる。

少年は小さく頷いた。

地下の扉は錆びつき、向こうから弱い咳が聞こえた。

ガイアは兵を下がらせ、扉の隙間から名を呼んだ。

返事はない。

少年が震える声で弟の呼び名を口にすると、かすかに二度、壁を叩く音がした。

「生きてる」

少年の膝が崩れる。

ガイアは扉を壊す前に、ノアへ支柱の状態を確かめさせた。

急げば救えるとは限らない。

それでも一刻も無駄にはできない。

ガイアは少年の肩に手を置いた。

「今度は、靴だけじゃなく本人を連れて帰る」

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