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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第二十七話 女王になった娘が、父の前でだけ泣いた夜

隣国セレスタの女王アデルが王都へ到着した。

華やかな馬車と近衛兵を従えた彼女は、広場で人々に手を振る。

しかしライアンを見つけた途端、冠を外して駆け寄った。

「父さん!」

「おお、アデル。元気だったか」

近衛兵が息をのむ。

女王が、古い上着を着た老人に抱きついたのだ。

晩餐会では王国の大臣たちが、セレスタとの穀物協定を急いで結ぼうとした。

アデルは丁寧に応じたが、どの条件にも即答しなかった。

「女王陛下、なぜ決断を先延ばしに?」

「私の国にも、冬を越すための蓄えが必要です」

アデルは持参した収穫見込み表を卓上に置いた。

数字の余白には、国内の村々から寄せられた要望が書き込まれている。

外交官は顔をしかめたが、彼女は表を引っ込めなかった。

誰を救うための協定か、数字の外にいる人を消したくなかった。

会議後、アデルは一人で庭へ出た。

ライアンが見つけると、彼女は肩を震わせていた。

「どうした?」

「私、ひどい娘かもしれない」

国境の向こうで凶作が続き、セレスタでもパンが不足している。

王都の子供を救いたい。

でも自国の民を飢えさせるわけにはいかない。

「父さんなら、全部渡すんでしょう?」

「昔の俺なら、そうしたかもしれん」

「じゃあ……」

「それでお前の国の子が飢えたら、俺は悲しい」

アデルは顔を上げた。

「父さんは、私に優しい女王になれと言った」

「優しさは、目の前の人に全部渡すことだけじゃない。明日の食事を残すことも優しさだ」


翌朝、アデルは新しい提案を持って会議へ戻った。

穀物の無償提供ではなく、両国で備蓄量と輸送路を公開し、余剰分を交換する。

凶作時には優先的に子供と病院へ回す協定を結ぶ。

「相手国を信用できない」と王国の大臣。

「だから帳簿を相互に監査します。信用できる人だけで国は回りません」

マリナが資料を整え、ノアが輸送中の保存技術を検証した。

アデルは一つずつ条件を読み上げた。

簡単な取引ではない。

誰かが得をすれば、別の誰かが負担を負う。

その負担を隠さずに決める。

交渉は三日かかった。

最後の夜、アデルは食堂でライアンの隣に座った。

「女王って、もっと立派な人がなるものだと思ってた」

「お前は立派だよ」

「でも、毎日怖い」

「怖くない人間が国を動かす方が、俺は怖いな」

アデルは吹き出した。

それから、ようやく泣いた。

会議中には見せられなかった涙だった。

「私、父さんに会いたかった」

「会いに来ればいい」

「そんな簡単じゃないの」

「じゃあ、来られる日まで手紙を書け。返事は遅いかもしれんが」

彼女は笑った。

「昔から字が汚いものね、父さん」

帰国の日、アデルは近衛兵の前でライアンに頭を下げた。

「この人は、私が飢えていた日にパンを分けてくれた父です。私の国の子供が飢えないよう、これからも働きます」

兵士たちは敬礼した。

ライアンは照れくさそうに手を振った。

馬車が動き出す直前、アデルが窓から顔を出した。

「父さん! 今度帰ったら、昔のスープを作って!」

「あんな薄いのがいいのか?」

「うん。あれが一番、家の味だから!」

ライアンは頷いた。

王冠を戴いた娘も、父にとっては、温かい椀を両手で抱えていた小さな子供のままだった。

アデルの随行官は、王国への輸出量を増やせばセレスタの小麦価格が上がると試算していた。

王国の大臣には、その数字が見えていない。

「私は父に育ててもらった娘です。でも、セレスタの子供たちの女王でもあります」

会議室が静まり返った。

ライアンは何も言わなかった。

自分のために国を飢えさせる決断など、娘にしてほしくなかった。

交渉の途中、アデルは母国から届いた報告を読んだ。

山間部で小麦の収穫が減り、子供のいる家庭が食事を削っているという。

彼女は会議を中断し、故郷へ指示を送った。

王都の大臣は不満そうだったが、ライアンは何も言わずに温かい茶を差し出した。

女王の仕事は、立派な言葉を話すことだけではない。

遠くの小さな村の暮らしを想像し続けることだ。

アデルは幼い頃の自分が書いた手紙を、ライアンがまだ持っていると知った。

『きょうはおなかいっぱい。

あしたもたべたい』。

文字は曲がり、紙にはスープの染みがついていた。

彼女はしばらく笑い、それから黙った。

「この手紙の願いを、国じゅうの子に叶えたい」

ライアンは頷いた。

大きな理想の出発点は、あまりにも小さな一枚の紙だった。

セレスタへ帰る馬車には、王都で買った安い木の椀が一つ積まれていた。

宮廷の豪華な食器に混じれば、ひどく不釣り合いだろう。

それでもアデルは大切に包んだ。

国を治める日々に迷ったら、この椀で温かいスープを飲もう。

かつて父がくれた一杯を、忘れないために。

協定の文案には、穀物を運ぶ荷車が国境で止められた場合の規定がなかった。

アデルはそこに気づき、輸送の遅れを報告する窓口を設けた。

以前、父に宛てた手紙が関所で止められた村があったと聞いたからだ。

食料は倉庫にあるだけでは、人を救わない。

必要な場所へ届いて初めて意味を持つ。

会議が長引いた夕方、アデルはライアンと市場を歩いた。

女王の身分を隠して、焼き芋を二つ買う。

子供の頃は、銅貨一枚を使うのも怖かった。

今は国庫を動かせる。

それでも値札を見てしまう癖は抜けない。

「いい癖だ」

とライアンは言った。

「値段の向こうに、買えない人がいると気づける」

宿へ戻ると、アデルの机には母国の子供たちから手紙が届いていた。

『学校のスープがおいしくなった』。

たった一行だった。

アデルは何度も読み返し、翌日の交渉資料の上に置いた。

難しい数字を見失いそうになったら、この一行を思い出そう。

女王の仕事の先には、必ず誰かの食卓がある。

別れの朝、アデルはライアンの古い小屋の跡地へ足を運んだ。

今は食堂の一部になっているが、壁の一角だけ昔の木材が残されていた。

彼女は指で傷をなぞった。

子供の頃、背比べをした印だ。

「私、あの頃より大きくなった?」と尋ねると、ライアンは笑った。

「背はな。心の大きさは、まだこれからだ」

女王は少しむくれたあと、深く頷いた。

冠をかぶっても成長は終わらない。

父の前でなら、まだ子供でいてもいいのだと思えた。

アデルは帰国後も、父へ毎月手紙を書くと決めた。

国の報告ばかりでなく、朝食に何を食べたか、庭にどんな花が咲いたかも書く。

ライアンが一番喜ぶのは、きっとそんな知らせだからだ。

帰国の馬車へ乗る前、アデルは父に小さな封筒を渡した。

中には、セレスタの子供たちが描いた畑の絵が入っている。

「穀物を分けられない代わりに、来春の種を一緒に育てる約束をしたの」

「いい約束だな」

「でも、うまくいくか分からない」

「分からないことを隠さず、皆に話せばいい」

アデルは頷いた。

国民の前では泣かないと決めていた。

けれど父の前で涙を見せたからこそ、誰かに弱さを話す勇気が少し生まれた。

「父さん、次は私の国に来て」

「行こう。うまいパン屋を教えてくれ」

晩餐会が終わったあと、アデルは父の前でようやく靴を脱いだ。

かかとに靴擦れができていた。

「女王なのに、こんなことも言えないの」と彼女は笑う。

ライアンは薬箱を取り出し、「痛いなら痛いと言えばいい」と答えた。

「臣下に弱みを見せたら、国が揺れる気がするの」

父は包帯を巻きながら言った。

「一人で立つのと、一人で抱えるのは違う」

アデルはしばらく黙り、翌朝の会議で補佐官に冬の備蓄計算をもう一度頼むと決めた。

父の前で泣けた夜は、国へ帰って誰かを頼るための夜にもなった。

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