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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第二十三話 大聖女が治せなかった、少女の空腹

王都西区の施療院で、セーラは六歳の少女ネネを診察していた。

熱は下がった。

傷もふさがった。

それなのに少女は、食卓の前で固まってしまう。

「食べていいんだよ」

ネネは首を振った。

「食べたら怒られる」

以前いた施設では、失敗した子の食事を取り上げていたという。

体の傷は治せても、恐怖は魔法では消えない。

セーラは自分の手を見つめた。

世界中から奇跡を求められる大聖女。

その手で救えないものが、目の前にある。

「父さんなら、どうする?」

ライアンは答えを急がなかった。

ネネの前に座り、自分のパンを半分に割った。

「俺も腹が減った。一緒に食べてくれるか?」

少女は動かない。

ライアンはパンを一口かじり、残りを皿に置いた。

無理に手渡さない。

「今日は食べなくてもいい。明日もここにあるから」

ライアンは厨房に、ネネの皿を下げる時間を決めないよう頼んだ。

ただし傷みやすい料理は取り替え、食べ残しを責めない。

セーラは診察記録に「食べなかった」

とだけ書くのをやめ、「食卓に座れた時間」

も記すことにした。

小さな前進を、大人の焦りで消したくなかった。


翌日も、ネネは食べなかった。

三日目、彼女はパンを布の中へ隠した。

セーラは叱りそうになって、口を閉じた。

食べ物を隠すのは、次にいつもらえるか分からないからだ。

「持っていていいよ。ただし、傷む前に取り替えようね」

セーラは小さな木箱を用意した。

ネネの名前を書き、毎朝新しいパンを一つ入れる。

食べたかどうかを責めない。

五日目、箱が空になった。

「ネネ、食べたの?」

少女は怯えた顔をした。

セーラは慌てて首を振る。

「嬉しくて聞いたの。怒ってない」

ネネは小さく言った。

「半分、隣の子にあげた」

セーラは胸が詰まった。

自分が父から受け取ったものが、今また別の子へ渡っている。

施療院では、治療後の子供が再び飢えて戻ってくることが問題になっていた。

病気を治しても、家に食料がなければ同じことを繰り返す。

セーラは医師たちを集めた。

「退院の条件に、帰る先と食事の見通しを確認する項目を加えたい」

「医師の仕事ではありません」

と年配の医師が反論した。

「そうです。だから配給所と学校と協力するんです」

施療院の外には、治療を待つ列が続いていた。

治療魔法を強くするだけでは足りない。

病気になる前に守る仕組みが必要だった。

セーラは配給所へ出向き、責任者と話した。

子供の名前を勝手に公開せず、必要な家庭へ食事券を届ける方法を考える。

施療院に来られない人には巡回の看護師を送る。


翌週、ネネが突然いなくなった。

セーラは顔色を変えた。

門番によれば、少女は朝早く市場の方へ歩いていったという。

探し回った末、路地裏で見つけた。

ネネは小さな少年の隣に座り、自分の箱からパンを出していた。

「この子、三日食べてないって」

セーラはしゃがみ込んだ。

「教えてくれてありがとう。でも、あなた一人で全部背負わなくていいんだよ」

ネネは不思議そうに首を傾げた。

「大人を呼んでいい。私たちは、呼ばれたら来るためにいるの」

少年を施療院へ連れて帰ると、ライアンが鍋をかき混ぜていた。

「おかえり」

ネネが足を止めた。

「……ただいま、って言っていい?」

「ああ、もちろん」

「ただいま」

その声を聞いて、セーラは泣きそうになった。

治療を終えても、子供が帰れる場所がなければ、救えたとは言い切れない。


翌週、ネネの木箱の横に、新しい箱が置かれた。

名前はまだ書かれていない。

路地裏で見つけた少年が、自分の名を人に教えるのを怖がっていたからだ。

「この子の分は、どう書けばいい?」

調理人に尋ねられたセーラは、少し考えた。

「まずは目印をつけましょう。名前は、本人が言いたくなったときでいい」

ネネは自分の箱と、隣の箱を見比べた。

「わたしのパンをあげてもいい?」

「あなたの分を我慢しなくていいよ。あの子の分も、ちゃんとある」

ネネは驚いたように目を見開き、二つの箱の蓋を確かめた。

セーラは退院前の確認表に、新しい欄を作った。

帰る家で食事を用意できるか、通院できるか、困ったとき誰に相談できるか。

年配の医師は紙を見て言った。

「治療の記録が増えすぎませんか」

「私たちだけで抱えません。配給所と学校の担当者に、必要なことだけつなぎます。本人が望まない情報まで渡さないようにします」


翌月、退院した子が再び空腹で倒れた件数を、初めて数えられるようになった。

数字はすぐには減らなかった。

けれど、何が足りないかを話せるようになった。

帰り際、ネネがセーラの袖を引いた。

「明日も、あの子の箱にパンは入る?」

「入るよ。あなたの箱にも」

ネネは少しだけ笑った。

「じゃあ、明日も来るね」

セーラは頷いた。

奇跡の治癒魔法ではない。

たった一言を言える場所を作ることが、どれほど難しいか知ったからだ。

手当てを受けた子は、薬よりも先に代金を心配した。

セーラは必要な処置を説明し、費用については別の担当者と相談できるようにした。

「痛いって言ったら、迷惑?」と子が尋ねる。

「迷惑じゃない。痛いことを教えてくれると、助かるの」

その返事を聞いて、子は初めて握りしめた拳を開いた。

ライアンは病室の隅に積まれた洗濯物を見て、誰が片づけるのかを尋ねた。

治療の記録は立派でも、寝具が足りなければ患者は休めない。

手伝いに来た人たちと交換の順番を決めると、若い看護係が「こんな小さなことまで?」と驚いた。

「小さくない。ここで眠る人には、今夜の全部だからな」

ライアンはその場で答えを決めなかった。

集まった者の言葉を順に聞き、食い違う部分だけを紙に書き出した。

誰かの声が大きいからといって、事実まで大きくなるわけではない。

診察を待つ人の列が長くなると、誰もが自分の痛みを後回しにし始めた。

セーラは先に顔色と呼吸を見て、急いで診るべき人を別の椅子へ案内した。

ライアンは不安そうな親に「順番を抜かされた」と言われ、説明する言葉を探した。

「順番を守ることと、命を守ることがぶつかる時もある」

親は唇を噛んだが、やがて椅子を譲った。

夕方、セーラは記録を読み返して、書き忘れた一行に気づいた。

忙しい一日ほど、誰かの小さな訴えは消えてしまう。

彼女は患者のもとへ戻り、もう一度話を聞いた。

ライアンは廊下で待ちながら、昔の自分なら答えを急いだだろうと思った。

今は、娘が答えを急がないことを誇らしく感じた。

夜、セーラは父に尋ねた。

「私は、世界一の聖女なのかな」

「知らん。でもネネが帰ってくる場所にはなれた」

その答えが、どんな称号より嬉しかった。

ネネは翌朝もパンに手を伸ばせなかった。

セーラは皿を片づけず、少女が見える場所に置いた。

「今食べなくても、あなたの分は残しておく」

その言葉を聞いたネネは、まずパンの端を指で押した。

昼には半分を食べ、残りを布に包もうとした。

セーラは止めず、持ち帰れる袋を渡した。

ライアンが「また明日もある」と言うと、ネネはすぐには信じなかった。

だから二人は翌日も同じ場所に皿を用意した。

奇跡のような一度きりの治療ではなく、約束を破らない日々が必要だった。

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