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飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


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第百十七話 剣を抜かない大将軍の最後の戦い

国境の丘で、二つの軍旗が向かい合っていた。

発端は食料を積んだ荷車だった。

国境の関所で通行税を二重に請求され、商人が引き返そうとしたところ、双方の兵が荷を押さえた。

小競り合いで三人が負傷し、互いに「先に攻撃された」と報告している。

「将軍、こちらが先に動けば勝てます」

若い副官が言った。

ガイアは丘の下にある三つの村を見た。

畑には収穫前の麦が揺れている。

「勝ったあと、あの畑を誰が戻す?」

副官は答えられなかった。

ガイアは兵を配置し直した。

村へ続く道を塞がず、負傷者を運ぶための通路を空ける。

相手が攻撃した場合の防御は準備したが、こちらから弓を引く命令は出さなかった。

相手国の指揮官は交渉の使者を門前で止めた。

「剣を抜かないのは、援軍を待つためだろう」

「疑うのは構わない」

ガイアは自軍の負傷者名簿を差し出した。

「まず双方の負傷者を治療する。治療所には武器を持ち込まない。お前たちも確認できる場所に置く」

指揮官は名簿を見たまま黙っていた。


やがて、自国の衛生兵を二人派遣することに同意した。

治療所では、言葉の違う衛生兵が身振りで包帯を渡し合った。

負傷者の一人は、相手の兵に水を渡されても飲もうとしなかった。

「毒かもしれない」

ガイアは水差しを取り、自分の兵に同じ水を飲ませた。

それでも無理に勧めず、衛生兵に確認させた。

「信用しろとは言わない。確かめられるようにする」

翌朝、荷車の検査が始まった。

双方の役人が同席し、積み荷と重さを別々の帳簿へ記す。

ところが、穀物の重さが一致しなかった。

「やはり荷を隠している!」

相手国の兵が怒鳴った。

通訳が慌てて説明した。

二つの国では同じ名前の重さの単位が違っていたのだ。

副官は顔を青くした。

「これだけで、戦争になるところだったのですか」

「これだけ、じゃない。確かめずに相手を敵だと決めたことが問題なんだ」

双方は共通の単位を荷札に併記し、検査記録を交換することにした。

けれど、通行税の問題は残った。

どちらの国も簡単には譲らない。

三日目の夜、丘の向こうから矢が一本飛んできた。

矢は空の荷車に刺さった。

副官が剣を抜く。

「攻撃です!」

「まだ分からない。全員、持ち場を守れ。撃ち返すな」

ガイアは使者を出し、発射位置の確認を求めた。

相手国からは、見張りの兵が誤って弦を放したという報告が届いた。

「そんな言い訳を信じるのですか」

「信じるかどうかと、確かめるかどうかは別だ」

双方の責任者が現場を確認し、矢の発射と負傷者がいないことを記録した。

相手の指揮官は兵を処分し、ガイアへ謝罪した。

「こちらにも過失があった」

ガイアは頭を下げた。

「荷車の検査方法を決めず、商人を危険にさらした。今後は連絡窓口を置きたい」

四日目、暫定の取り決めが結ばれた。

負傷者の搬送を優先すること。

食料を積んだ荷車は双方の立会いで検査すること。

通行税の最終決定までは徴収を保留し、通行を妨げないこと。

争いが起きたら、まず連絡窓口で事実を確認すること。

「将軍、これで勝ちですか」

副官が尋ねた。

「まだだ。村の人たちが無事に暮らせるかを見届けないと」

ガイアは村の代表を招き、荷車の通る時間帯と道の補修費を話し合った。

軍だけで決めた約束が、住民の暮らしを壊しては意味がない。


一週間後、最初の荷車が国境を越えた。

商人は検査を終え、二つの国の兵に同じように礼を言った。

ガイアが王都へ戻ると、ライアンが食堂で待っていた。

「剣は使ったか?」

「一度も抜かなかった」

「じゃあ、よく頑張ったな」

父はいつものようにスープをよそった。

ガイアは匙を取る前に言った。

「父さん。子供の頃、俺は強くなれば誰も傷つけずに済むと思ってた」

「今は違うのか?」

翌朝、ガイアは副官とともに中立倉庫へ向かった。

封印は無事だったが、両国の商人が入口で言い争っている。

「荷が腐る。協議を待っていたら村が飢えるぞ」

副官はガイアを見た。

昨日なら兵を並べて道を開けたかもしれない。

ガイアは倉庫の管理人に尋ねた。

「積み荷のうち、傷みやすい物はどれだ」

管理人が麦袋と野菜箱を分ける。

両国の立会人が数量を記録し、野菜だけ先に村へ運ぶことで合意した。

税の争いは残る。

だが子供たちの食事まで止める必要はなかった。

「将軍、これでは勝敗がつきません」

副官が小声で言う。

「つけなくていい勝敗もある。昨日の兵を今日も家へ帰すために、俺たちはここにいる」

副官は剣の柄から手を離し、代わりに荷車の封印を確かめた。

「強くなったからこそ、抜かないと決められる剣がある」

ライアンは頷いた。


翌朝、ガイアは国境の報告書を仕上げた。

戦闘なし、死者なし。

負傷者三人は治療中。

通行税は未解決、次回協議の日付を記載。

いつかこの一件が「最後の戦い」と呼ばれるなら、それは敵を倒したからではない。

誰かが次に剣を抜こうとしたとき、代わりに確かめる手順が残っている日だ。

ガイアが剣を鞘に収めたまま戻ると、護送隊の兵士たちは安堵して肩を落とした。

食料車の車輪には泥がこびりついていたが、積み荷は無事だった。

「勝ったのか」と問われ、ガイアは「村まで届けば勝ちだ」と答えた。

関所での話し合いは、最初から険悪だった。

双方の隊長が同時に声を荒らげ、負傷した兵士の名前さえ確かめられない。

ガイアは剣を外し、机の端へ置いた。

「先に、けがをした三人を治療する。どちらの兵かは後でいい」

相手側の隊長は疑わしげに見た。

「こちらの兵を人質にする気か」

「医師と本人の同意なしに移動させない。記録は双方で残す」

ガイアはそう答え、双方の衛生兵を同じ天幕へ案内した。

次に荷車の封印を確認すると、通行税の札に二種類の印が押されていた。

古い規則と新しい規則が、別々の関所で使われていたのだ。

「誰かが盗もうとしたと決めつける前に、命令書を比べよう」

若い副官が提案した。

ガイアは驚いて彼を見た。

かつてなら、最初に突撃を求めていた男だった。

夕暮れ、双方は荷車を中立の倉庫へ移し、翌日の協議まで封印を共同管理することで合意した。

問題は残った。

それでも畑に火は放たれず、村の子供たちは家へ帰れた。

「将軍、勝ったのでしょうか」

副官が尋ねた。

「明日も話し合える。それだけで、今日は十分だ」

ガイアは剣を腰へ戻さず、鞘ごと荷物の上に置いた。

ガイアは報告書を閉じ、次の担当者に渡した。

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