↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飢えた孤児100人を育てた俺、20年後に英雄たちから「父さん」と呼ばれています  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
112/120

第百十二話 暗殺者が教えた逃げる勇気

訓練場の子供たちは、木剣を渡されると思っていた。

だが元暗殺者セドが地面に描いたのは、建物の間取りと三本の逃げ道だった。

セドの左手には、かつて敵の組織に刻まれた古い傷があった。

シオンがライアンの家で育ち、セラが国境の救出に加わったころ、彼はその組織で逃走経路を塞ぐ役目を負っていた。

今は、同じ知識を子供たちの避難に役立てようとしている。

「今日覚えるのは、勝ち方じゃない。生きて帰る方法だ」

少女ニナが手を挙げた。

「逃げたら臆病者だって、父さんが言います」

周りの子供たちも頷いた。

セドはすぐに否定せず、木剣を一本持ってみせた。

「相手が剣を持ち、お前が何も持っていなかったら?」

「戦います」

「後ろに小さな子がいたら?」

ニナは黙った。

ライアンは訓練場の端から、そのやり取りを聞いていた。

セドは昔、逃げることを許されない場所で育った。

だからこそ、逃げられる道を教えたいのだ。

セドは避難の合図を決め、子供たちを三組に分けた。

大人へ知らせる役、出口を確かめる役、足の遅い子に付き添う役。

誰も敵を倒す役にはならなかった。

最初の訓練では、ニナが一人で出口へ走った。

振り返ると、足の遅い子が取り残されていた。

「失敗だ」

とセドが告げる。

ニナは肩を落とした。

「でも、逃げろって言ったじゃない」

「そうだ。だから一人で背負わなくていいように、合図と役割を決めた」

セドは訓練をやり直した。

今度はニナが大人へ知らせ、別の子が出口を開けた。

足の遅い子には付き添いがついた。

全員が安全な場所へ着くまで、訓練は終わらない。

そこへ、訓練を見ていた父親の一人が怒鳴った。

「逃げ癖をつけるな! 戦える子に育てろ」

セドは静かに答えた。

「危険な相手から離れることは、戦う前にできる判断です」

父親は納得しない。

ライアンが間に入った。

「子供に勇気を教えたいのは分かる。でも、子供が死んだら、勇気を褒める相手もいなくなる」

父親は黙り、訓練場の出口を見た。

ニナは父親の手を引き、今度は一緒に避難路を歩いた。

最後の訓練でセドは、わざと出口の一つを塞いだ。

子供たちは慌てたが、ニナが別の道を指さした。

全員が戻ってきた時、セドは初めて笑った。

「今のが勇気だ」

訓練場では、転んだ子を助けようとして別の子まで転ぶ場面があった。

セドは二人を起こし、どこで足が絡まったかを確かめた。

「助ける時にも、自分が倒れない場所を選ぼう」

子供たちは地面の石をどけ、通路を広くした。

避難訓練は、速く走る競争ではない。

最後の一人が安全に出られるように、危険を見つけて直す練習だった。

ニナは家に帰ると、父親へ訓練場の地図を見せた。

家の出口は一つしかない。

父親は裏窓の前に積んだ荷物を片づけ、近所の大人と緊急時の集合場所を決めた。

「お前に教えられるとはな」

ニナは得意そうに笑った。

父親は娘の頭を撫でたが、すぐに手を離した。

もう小さな子ではない。

だが、守るべき子供であることに変わりはない。

セドは訓練の記録を読み返した。

誰が一番速かったかは書かれていない。

どの出口が狭かったか、どこに危険があったか、次はどう直すか。

彼はその紙を見て、ようやく自分の過去を別の形で使えると感じた。

最後にセドは子供たちへ、助けを求める声の出し方も教えた。

怖くて声が出ない時には笛を使い、笛がなければ決めた場所へ集まる。

勇気にはいくつもの形がある。

セドは避難路の地図に印を付けた。

門の横は雨の日にぬかるみ、倉庫の裏には壊れた箱が積まれている。

訓練で走れた道が、本番でも使えるとは限らない。

「逃げ道は、描いただけでは逃げ道にならない」

子供たちは大人と一緒に箱を片づけ、足元の石を直した。

ニナは一番小さな子の歩幅で道を確かめた。

自分が速く走れることと、皆が無事に帰れることは違う。

セドはその変化を見て、褒める前に一度だけ目を伏せた。


午後の訓練では、セドが予告せず笛を鳴らした。

子供たちは一斉に走りかけたが、ニナが「待って」

と声を上げた。

訓練場の端に、まだ杖をついた少年がいる。

皆で戻ろうとすると、セドが止めた。

「全員で同じ場所へ戻ると、道が塞がる。役割を思い出せ」

ニナは知らせる役へ合図し、付き添い役の二人が少年の歩幅に合わせた。

最後に人数を数え、全員がそろったことを確かめた。

見学していた父親の一人が「戦う訓練も必要だ」と言った。

セドは反対しなかった。

「必要になる時はあります。でも、相手と距離を取れるなら、まずそれを選べるようにしたい」

父親は黙り、訓練場の出口を見た。

子供の勇敢さを誇りたい気持ちと、無事に帰ってほしい気持ちが、胸の中でぶつかっていた。

セドは最後に子供たちへ尋ねた。

「今日、一番難しかったのは何だ」

ニナは「走ることじゃなくて、周りを見ること」と答えた。

杖の少年は「遅いから迷惑を掛けると思った」と呟いた。

ニナが首を振る。

「遅い人がいるなら、道を変えればいい」

セドはその言葉を黒板に書いた。

速い子だけが助かる訓練なら、意味がない。

訓練が終わるころ、ニナは地図の角に小さな丸を付けた。

「ここに、足の悪いおじいさんが住んでいます。みんなと同じ速さでは走れません」

セドは丸を見て、しばらく考えた。

「いい指摘だ。誰かが背負えば済むと思うか?」

「背負う人がいなかったら、置いていくことになる」

「そうだ。だから訓練の前に、その人自身に何が必要か聞く」


翌日、老人は杖をつきながら避難路を歩き、階段より緩い坂道の方が安全だと教えた。

セドは地図を描き直した。

「俺は昔、出口さえ知っていれば逃げられると思っていた」

「今は違うの?」

「出口まで行ける道を、みんなで確かめないと意味がない」

ニナは地図を丸めず、雨に濡れないよう布で包んだ。

次の訓練まで、自分が預かると言った。

セドは訓練の記録に、成功した人数だけでなく、危険だった場所も書き残した。

狭い出口、見通しの悪い角、合図が聞こえなかった位置。

勇敢な子供を増やすより、勇敢さを試さずに済む場所を増やしたかった。

ライアンが記録を覗くと、最後に小さく『次回は大人も参加』と書かれていた。

ニナは訓練の最後に、地図へ小さな印を一つ加えた。

足の悪い人が休める場所だ。

セドはそれを見て「俺は気づかなかった」と言った。

教える大人が全部を知っているわけではない。

子供が見つけた危険を取り入れれば、訓練は次の人にも役立つ。

ライアンは掲示板の地図を眺め、誰もが帰れる道を作ることは、強い兵を育てることより難しいのかもしれないと思った。

訓練が終わると、ニナはセドの前に立った。

「先生は、逃げたことがあるの?」

セドはしばらく黙った。

「ある。逃げられなかったこともある」

それ以上は話さなかった。

子供たちへ、自分の過去を全部背負わせる必要はない。

ライアンは訓練場の端で水を配った。

ニナの父親も残っていた。

彼は娘に向かい、「怖かったら逃げてもいい」

と言いかけ、言葉を直した。

「危ないと思ったら、助けを呼んでいい」

ニナは頷いた。

セドは訓練場の出口に小さな地図を貼った。

避難路は一つではない。

大人がいない時に知らせる場所も記した。

ただし、地図が古くなればかえって危険になる。

セドは門番と一緒に実際の通路を歩き、塞がれた裏口を見つけて修理を頼んだ。

ニナは地図の端に「毎月たしかめる」と書き添えた。

訓練は一日で終わらず、来月も行うことになった。

「父さん、俺は子供の頃、強くなりたかった」

帰り道、セドが言った。

「今は?」

「生きて帰る子が増えればいい」

ライアンは息子の肩に手を置いた。

かつて誰かの命令で剣を握った手が、今日は子供たちに出口を教えていた。

セドは空を見上げた。

「逃げる勇気を教えられたなら、少しは昔の自分に返せたかな」


翌週、ニナは小さな子の手を引いて避難路を歩いた。

地図では近い裏口も、雨で滑る日は使えない。

セドは門番に、天候ごとの代替経路を確認させた。

「逃げろ」

という言葉を、実際に逃げられる道に変えるためだった。

次の訓練では、ニナが地図に描いた迂回路を、年下の子が自分の足で確かめた。

ライアンは答えを急がず、隣を歩いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。