第1話 君が居ない部屋
雨だった。
まるで空まで泣いているような冷たい雨。
黒い傘が並ぶ中、神崎悠斗はただ祭壇を見つめていた。
白い花に囲まれた遺影。
写真の中ではいつもと変わらない笑顔を浮かべている。
朝倉美咲。
悠斗の幼馴染。
そして将来、結婚するつもりだった人。
『どうして……』
その言葉だけが何度も胸の中を巡る。
事故だった。
昨日まで笑っていた人がもう居ない。
そんな事がホントにあるなんて。
『悠斗くん……』
美咲の母親が涙を浮かべながら肩を抱く。
『美咲ね……』
『いつもいつもあなたの話しをしてた』
胸が締め付けられる。
何も言えない。
ただ深く頭を下げる事しか出来なかった。
焼香が終わる。
棺が閉じられる。
ゆっくりと運ばれていく。
悠斗は動けなかった。
(約束したじゃないか……)
高校を卒業したら旅行に行こう。
大学を卒業したら一緒に暮らそう。
いつかこの部屋で笑いながら年を取ろう。
全部、約束だった。
全部、叶うはずだった。
なのに…
夕方。
家へ帰る。
玄関を開けてもいつもの『おかえり』という声は聞こえない。
もう居ない。
階段を登り自分の部屋へ入る。
六畳ほどの小さな部屋。
ベッド。
机。
本棚。
ゲーム機。
美咲と良くゲームをした部屋。
宿題をした部屋。
映画を観た部屋。
泣いて笑って喧嘩して。
仲直りをした。
思い出のほとんどがこの部屋に詰まっていた。
机の上には1枚の写真たて。
2人で海へ行った時の写真。
日に焼けた笑顔。
美咲がピースをしている。
悠斗も照れくさそうに笑っていた。
思わず写真を手に取る。
『……』
涙が落ちる。
『なんでだよ…』
『なんでお前なんだ…』
誰にも届かない叫び。
部屋には静寂だけが広がる。
その時だった。
カタっ
小さな音。
悠斗は顔を上げた。
『……』
写真たてが…
気のせいだろうか。
窓は閉まってる。
風も無い。
地震でもない。
『……』
見つめる。
何も起きない。
『疲れてるのか…』
写真たてを置く。
しかし。
カタ……
もう一度。
カタ……
今度ははっきりと動いた。
写真たてが揺れる。
『美咲……』
思わず名前を呼んでしまう。
もちろん返事はない。
でも、不思議と怖くはなかった。
むしろ…
『まだここに居るのか?』
写真を見つめながら小さく笑う。
『だったら最後ぐらいちゃんと話したかった。』
涙が止まらない。
拭っても拭っても溢れてくる。
悠斗はその場にしゃがみこみ声を殺して泣いた。
どれくらい時間が経っただろう。
涙が少しだけ落ち着いた頃。
悠斗は立ち上がる。
『空気を吸ってくるか』
『気持ちを切り替えよう』
そう思って部屋のドアに手をかけた。
ガチャ。
ゆっくりとドアを開く。
その瞬間だった。
『……………え?』
廊下があるはずだった。
毎日見慣れた自宅の廊下。
そこに広がっていたのは。
深い森だった。
見渡す限りの木々。
柔らかな木漏れ日。
鳥のさえずり。
風が葉を揺らす音。
土と草の匂い。
『………は?』
頭が真っ白になる。
夢か。
幻覚か。
悠斗は何度も瞬きした。
しかし景色は変わらない。
森はそこにあった。
恐る恐る1歩を踏み出す。
足の裏に感じるのは確かな土の感触。
『どういう事だ?』
振り返る。
そこには
自分の部屋のドアだけが森の中にポツンと立っていた。
壁もない。
家もない。
ただ1枚のドアだけが、異様なほど自然にそこへ存在していた。
悠斗は言葉を失う。
そのドアの向こうには薄く確かに自分の部屋が見えている。
ベッドも。
机も。
写真たても。
全部、そのままだった。
『夢…じゃない?』
鼓動が早くなる。
恐る恐るドアへ近づく。
『とにかく戻ろう。』
そう呟きドアに手を伸ばした。
第1話、後編へ続く。




