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異世界スシオー 〜ハズレスキル【スシオー】で獣人町の食堂を経営改善します〜  作者: 右島 (みぎしま)


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1/3

異世界の食堂、ハズレスキルで経営改善はじめました

3話完結予定の短編連作です。

回転寿司バイトの大学生が異世界の食堂で経営改善するお話。お楽しみいただけたら幸いです。

 異変は、シャリ玉ロボが軋んだ音を立てた瞬間から始まった。


 深夜十一時過ぎ、スシオーのバックヤード。


 バイトを始めて一年、聞き慣れたはずのロボの稼働音が、その夜だけは違っていた。シャリを成形するアームが妙な角度で止まり、一秒に一個ずつ転がり落ちるはずのシャリ玉が、二個、三個と重なって詰まっていく。


 「……これ詰まってないか?」


 俺は皿洗いの手を止めて、ロボに近づいた。マニュアル通り、まずは電源ボタンを押す。反応しない。緊急停止スイッチを押す。反応しない。


 ロボの内部から、聞いたことのない高い音が響き始めた。


 まずい!


 その直感が走るのと、機械の隙間から白い煙が噴き出すのは、ほぼ同時だった。煙はすぐに黒く変わり、機械の奥でオレンジ色の火が一瞬だけ見えた。


 「店長!」


 叫ぼうとした俺の声を、爆発音がかき消した。


 視界が真っ白になり、耳の奥が痺れる。体が宙に浮いた感覚があって、次の瞬間には背中から強い衝撃が。


 ただし、床じゃない。冷たい。塩辛い。海に落ちた?鼻と口の奥に水が入ってきて、咳き込もうとしてさらに飲み込む。


 手足を動かそうとしても体が重い。服が水を吸って体を底へ底へと引っ張っていく。


 俺は今、溺れている? どういうことだ?


 頭上で白い光が揺れている。空だ。手を伸ばしたいのに、手がもう動かない。

 爆発から、そのまま海にぶち込まれたのか。何があった?考える余裕はなかった。光が遠い。意識が薄れていく。


 その時、頭上の水面を割って、何か大きな影が真っ直ぐ落ちてきた。黒と、白の。

 ザバァアアアン、と水中に振動が伝わった。


 力強い腕に体を掴まれて、一気に引き上げられる。耳元で水音が爆ぜる。次の瞬間、俺は冷たい外気に晒されていた。


 「異世界人かい? 運がいいねえ」


 低くて、落ち着いた女性の声。


 咳き込みながら目を開けると、つるりとした黒と白の肌が見えた。視線を上にずらすと、ギザギザとした歯と、つぶらな瞳のシャチ。まっすぐに俺を見下ろす巨体があった。俺の身長の、軽く倍はある。


 「は……?」


 俺の喉から漏れた音はそれだけだった。女性?は俺を片腕で抱えたまま、力強い動きで岸に泳ぎ着く。引き上げられて石畳の上に転がされ、すぐに毛布をかけられる。


「ちょっと寝てな。話はあとだ」

 そう言われてされるがまま呆然としていた。何が起こっている……?


 視界の右下、目の前の風景に重なるように、半透明のパネルが浮かんでいる。スマホでも、タブレットでもない。スシオーの店内に置いてあった、あの注文用の――タッチパネル。


 ────────────────

 名前:クロサカ・ヤスヒト

 職業:学生・アルバイト

 スキル:【スシオー】Lv.1

 ────────────────


 「……俺の、ステータス……?」


 【スシオー】の項目をタップすると、メニューが開く。


 ────────────────

 ・需要予測ダッシュボード ロック中

 ・皿追跡機能 ロック中

 ・戻し検知システム ロック中

 ・メニュー記録 使用可

 ────────────────


 「バイト経験値で解放されんのかよ……」

 俺は思わず声に出した。


 毛布の中で、誰にも聞こえないように呟いた俺の声は、塩辛くて、間抜けな響きだった。



 ◆◆◆



 ビショビショの髮が乾いてきたくらいになって、俺はオルカ……先程の大きなシャチ獣人に連れられて港町を歩いた。というより、半分担がれていた。彼女が一歩進むたびに、俺の体は揺れる。


 毛布越しに見上げる。


 頭はまるっとシャチ。ギザギザとした歯と、つぶらな瞳。後頭部から、何本もの黒い長い髪──いや、あれは髪なのか、ヒレに近い何かなのか──がたなびいている。首から下は意外にも人型に近かった。ただし、肩と二の腕は俺の太ももより太い。腰には粗い麻の前掛け、その下に網目模様の黒い作業着。腕まくりした袖から覗く前腕は、漁師というより力士に近い。


 俺が普通に立っても、彼女の腰のあたりまでしかない。


 女性、で間違いないらしい。声と仕草はそうだ。だが、男前な姉御という言葉のほうがしっくり来る。


 オルカが大股で歩き出す。揺らされながら、俺の視線も自然と通りに移った。


 二本足で歩く獣人たちが行き交っていた。背の低いハリネズミの老人が、店先に並べた本を一冊ずつ手に取って棚に戻している。その横を、スーツを着たカワウソが書類を抱えて急いで通り過ぎていく。屋台では大柄なクマの女将が魚を焼いていて、その横をペンギンの子供が三羽、整列して走り抜けていった。


 ハリネズミは俺の腰の高さしかない。クマは俺より一回り大きい。オルカは更に一回り大きい。それぞれの体格に合わせて服が仕立てられていて、屋台の高さも、店先の棚の高さも、種族ごとに微妙に違っていた。クマの屋台のすぐ隣にハリネズミ用の小さな雑貨屋があって、共存していた。


 商店街の角には、地面に近い高さに小さな郵便受けと、人間の腰くらいの高さの郵便受けと、オルカの胸の高さくらいの郵便受けが、三段に並んでいた。


 なるほど、そういう街なのか。


 「あんた、目が泳いでるよ」


 オルカが低く笑った。俺は慌てて視線を戻す。


 「すみません、初めて見るもんで」


 「異世界人ってのは大体そうらしいねえ」


 彼女が立ち止まったのは、海から少し奥に入った商店街の一角だった。木造二階建ての建物の入り口に、藍色の暖簾がかかっている。「海響亭」と、白い文字で染め抜かれている。


 「ここがうちの店だよ」


 暖簾をくぐる。中に入った瞬間、俺は足を止めた。


 店の中央を、ぐるりと一周する木製のベルトコンベア。


 皿に乗った煮込み、焼き魚、丸いパン、湯気の立つスープが、ゆっくりとレーンの上を流れている。客は席に座り、流れてくる皿の中から好きなものを取って食べていた。


 「これ……」


 俺の口から、思わず声が漏れた。


 「回転寿司じゃん」


 オルカが俺を見下ろす。


 「『カイテンズシ』? なんだそれ」


 「いや、こっちの話です」


 オルカは肩をすくめて、奥のカウンターへ向かって歩き出した。すれ違う客たちが彼女に頭を下げる。常連が多いらしい。


 「珍しいだろ。私の代で導入したんだ。領内じゃうちだけだよ」


 誇らしげな声だった。


 「ありがたいだろ? 席まで料理が来てくれるんだから。客はちょっと待ちゃ何でも選べるし、こっちは厨房から手で運ぶ手間が要らない」


 俺は黙ってレーンを見ていた。


 仕組みは、知っている。スシオーと同じだ。皿が流れる速度、客の動線、厨房側からレーンに乗せる順番。俺は一年間、毎晩これを見ていた。


 「で、あんた。これからどうすんだい?」


 オルカが振り返る。


 「異世界人を拾ったら大切にすると商売繁盛するって言うからね。ここで働いてくれたら、寝床と飯は出すよ」


 巨体が屈み込む。鋭い歯と、つぶらな瞳が弧を描き、おどけたように笑う。


 「家、帰れますかね……」


 「さあねえ。少なくとも今すぐは無理だよ」


 返事のしようがなくて、おずおずと俺は頷いた。



 ◆◆◆



 翌朝、俺は海響亭の厨房に立っていた。


 朝の仕込みの時間。オルカは大きな鍋の前で、何やら唸っている。


 「ねえクロサカ、今日は何を多めにレーンに流せばいいかねぇ」


 その声には、明らかに疲れがこもっていた。


 「うちは他に二店舗あるんだけどね。毎日行って指示出しするのが大変でさあ。私がいないと回らないんだよ」


 オルカは大鍋をかき混ぜながら続ける。


 「仕入れも仕込みも、いつも勘でやっててね。当たる日もあれば、外す日も多くて」


 俺は皿洗いの手を止めずに、じっとレーンの方を見た。


 海響亭での生活は案外居心地が良く快適だった。言葉が通じるのと食事がうまいというのは重要だと思う。


 皿洗いと給仕、それからレーンへの皿運びを任された。二階の小さな部屋が住み込みのバイトの俺の城となった。


 スシオーでのバイト経験を活かそうと意気込んでいたが、まったくの検討違いだった。

 皿を一枚運ぶのに人の倍の時間がかかったし、レーンに皿を乗せる順番も決まりが分からず、何度も怒られた。先輩従業員のラトラ……というカワウソ獣人の女性が、心配そうに俺を見ていた。


 「クロサカくん、大丈夫? ぼうっとしてない?」

 「ラトラ先輩、すみません、ちょっと考えごとを」

 彼女は首を傾げながら、自分の仕事に戻っていく。

俺も皿洗いに戻る。店内放送、湯気、客の声。海響亭の昼が、いつものように過ぎていく。


 まかないは、レーンから廃棄になった料理だった。鯵の煮付けやシチューやパン、毎日違うものが並ぶ。ラトラは魚を綺麗に骨だけ残して食べる。オルカは何でもひと口で飲み込む。俺は「いただきます」を言ってから食べる癖が抜けなくて、二人に「礼儀正しいねえ」と笑われた。


 夜、二階の部屋に戻って、海風の音を聞きながら眠る。前世の家族はどうしているだろう、と一瞬考えるが、考えても仕方がないので寝る。


 失敗もたくさんした。皿を落として怒られたし、レーンに皿を乗せる順番を間違えてオルカに「あんた、本当にバイトしたことあるのかい」と呆れられた。



 ◆◆◆



 そうして一週間が経った。


 その日の朝の仕込み、オルカはまた大きな鍋の前で唸っていた。


 「今日は何を多めにレーンに流すか……」


 俺は皿を拭く手を止めずに、ぼそりと言った。


 「鯵の煮付けを多めに、シチューは減らしていいです」


 「は?」


 「あと、夜の厨房は薄味のスープを準備しといたほうが」


 「あんた、何言ってんだい。」


 「俺、毎日見てたんで」


 オルカは俺を見下ろした。鋭い歯の奥で、しばらく言葉を探している様子だった。


 「……ハッタリじゃないだろうね?」


 「外したら、皿洗い倍にしてくれていいです」


 オルカは少し笑った。それから、半信半疑のまま、俺の言った通りに仕入れと仕込みを変えた。


 その日。


 レーンを流れる皿が、次々に取られていった。鯵の煮付けは予想通り出続けて、シチューは減らした分だけきっちりはけた。深夜帯、薄味のスープを頼んだ客が、一口飲んで満足そうな顔をした。


 その夜、廃棄に回す皿は、ほとんどなかった。


 ラトラが皿を片付けながら、不思議そうに俺を見た。


 「クロサカくんの言った通りになっちゃった。なんで分かったの……?」


 俺は曖昧に笑って、皿洗いを続けた。


 翌日も俺はまた指示を出した。


 「今日は市が立つ日だから、パン多めに」

 「雨降ってますね。鯵の煮付けを倍に、シチューも大鍋仕込んでおきましょう」

 「湿度が高くないですか? 冷たいスープを増やしましょう」


 そんな日が続いた数日の夜、店じまいの後、オルカが厨房の椅子に腰を下ろした。俺は皿を片付けていた。


 「クロサカ」


 「はい」


 「あんた、何者だい」


 「ただのバイトですよ。オルカが拾ってくれたんじゃないですか。」


 オルカは黙って俺を見ていた。鋭い歯の隙間から、ふっと長い息が漏れた。


「説明してくれ。何で当てられるんだ」


 俺は皿を拭く手を止めて、少し考えた。


 「俺、覚えてたんです。前の世界で一年間バイトしながら毎日皿を見てて……皿の動きでなんとなく店の動きが分かるようになってました」


 「皿の動きで……?」


 「雨の日はシチューが三倍、市が立つ日はパンが倍、深夜は薄味のスープが伸びる。一週間見てれば、傾向が出てきます」


 オルカが大きな手で、ぐしゃりと自分の頭を撫でた。


 「私はね、この店を先代から継いで十年やってきた。それでも仕入れは半分外す。商工会の連中もそうだ。誰もコンスタントに当てられる奴なんかいない。みんな、外す日があるのが当たり前だと思ってる」


 オルカの低い声が、店内に響く。


 「それを、あんたは一週間で……」


オルカはふっと息を吐いて、宙を見上げた。


 「……古い言い伝えがあるんだ。異世界から流れ着いた者の中には、ごく稀に、特別な力を持つ奴がいるって。それが何の力かは、人それぞれ違うらしい。剣の達人もいれば、植物を育てる名手もいる。商人として大成した奴もいたって聞く」


 ラトラがカウンター越しに息を呑んだ。エプロンを握りしめて、俺をじっと見ている。


 「……まさか、クロサカがそれってこと…?」


 オルカの瞳が、じっと俺を見つめていた。


 「私もずっと、そんなのは作り話だと思ってた。異世界人を拾ったら商売繁盛するっていう民間信仰も、ただの縁起担ぎだとね。でも、今のあんたを見てたら……」


 オルカは言葉を切って、笑った。低く、ゆっくりと。


 「あんたかい? あの言い伝えの」


 「……えっ」


 俺は思わず固まった。


 「いや、そんな大層なもんじゃ……俺、ただ皿が好きなだけで」


 「皿が好きなだけで、十年の経営者を黙らせるかい?」


 「だってほら、見てれば分かりますよ、これくらい」


 オルカはムッとしたような表情のあと、しばらく無言になった。やがて、低く呟いた。


 「……バケモンだね、あんた」


 ◆◆◆



 翌週、海響亭の食材ロスは劇的に減った。


 オルカが満足げに笑う。


 「うちの店、変わったよ。あんたのおかげで」


 毎朝の唸り声は、もう聞こえなくなっていた。仕入れの量が当たるようになり、廃棄が減り、利益率が上がった。ラトラが「最近、オルカ社長、機嫌いいよね」と俺にこっそり耳打ちしてきた。


 ある夜、店じまいの後、オルカが裏口を抜けて、外に出された樽に雑に腰を下ろした。海響亭は港町の高台の端に建っていて、裏手からは下の街並みと、その向こうに広がる夜の海までが一望できる。


 深夜零時に近い。下の街の明かりはまばらで、点々と残るランプの光が暗い水面にゆらゆらと反射していた。


 湿り気を含んだ潮風が、肌にべたりと触れる。少し肌寒い。


 俺はオルカから半歩離れて、その横に立った。


 「うちの夢、知ってるかい」

 「領の外まで、店を出すんだ。今は領内の西と東、そしてここ本店の3つだけだけどね。ウチの味の旨さをもっと広めてやるのさ」


 オルカの巨体の輪郭が、月明かりの中でゆらりと揺れた。


 「店舗が増えたら、もっとデータが取れますね」


 「データ……あんたの言うやつか」


 オルカは少し笑った。それから、ふと表情を曇らせる。


 「ただね……西の支店、最近ちょっと様子がおかしいらしいんだよ。客足が落ちてる、って」


 「客足が?」


 「噂が広まってるって支店長から聞いてる。何の噂かは、まだ詳しく分からないんだけどね」


 オルカはしばらく海を見つめていた。


 「まあ、いいや。今日はもう寝な」


 俺は曖昧に頷いた。



お読みいただきありがとうございました!

次話「支店の閑古鳥、寿司テロのせいでした」は明日17時頃投稿予定です。

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