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マリーアントワネットに転生したけど処刑されたくないので、お菓子はほどほどに  作者: てっぺい
第六章

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第146話 太陽王の遺産

「……いいえ。魔法などではありません。極めて大胆なトリックです」


 騒然とする地下宝物庫の中で、ナポレオンの冷徹な声が響き渡った。


 彼は展示台の周囲をゆっくりと歩き回りながら、鋭い視線で現場を観察している。


 同じく、ルイも床に這いつくばるような姿勢になり、真剣な眼差しで石畳を調べていた。


「どういうことなの、ナポレオン。壁にも天井にも穴はないわ。通気口から、あんな重くて巨大な剣を引き上げられるはずがないじゃない」

 私が問うと、ナポレオンは不敵な笑みを浮かべた。


「ええ、その通りです。我々は『物が盗まれた』となると、無意識のうちに『上から持ち去った』か『扉から運び出した』と考えてしまう。……それこそが、犯人の仕掛けた固定観念のトラップです」


「固定観念……?」


「扉からも、天井からも侵入できないのであれば、残されたルートは一つしかありません」


 その時、床を調べていたルイが弾かれたように顔を上げた。


「……見つけたぞ!! アントワネット、展示台の足元の『石畳の目地』を見てくれ!」


 ルイが指差した先。

 部屋の中央、展示台が置かれている四角いスペースを縁取るように敷かれた石畳の継ぎ目に、不自然に白っぽい粉……真新しい石膏が詰められていた。


 そして、その石膏の隙間から、黒くドロリとしたグリスが微かに滲み出している。

 ランバル夫人が嗅ぎ取った『機械油の匂い』の正体は、これだったのだ。


「石膏と、油……?」


「下がって!」

 ルイは展示台のすぐ横の石畳を「コンコン」と叩いた。


 周囲の床が「コツコツ」と中身の詰まった硬い音を立てるのに対し、展示台が乗っている四角い区画の石畳だけが、「ゴンッ、ゴンッ」という、下に空洞があるようなくぐもった音を響かせた。


「間違いない……。ナポレオン、君の言う通りだ!」


「ええ。犯人は上からも横からも来ていません。……『下』から来たのです」

 ナポレオンが、確信に満ちた声で断言した。


「下からって……ここは地下室よ!? この下は固い岩盤のはずじゃ……」

 私が驚きの声を上げると、ナポレオンはニヤリと笑った。


「マリー。オペラ劇場を思い出してください。舞台の床の一部が切り取られ、役者や大道具を地下から持ち上げる『せり上がり』の仕組みがありますね?」


「……っ!! まさか!」


「犯人は、その演劇の舞台装置の技術を応用したのです。宝物庫の真下から、金庫室の床の石畳の目地を強力な酸などの薬品で静かに溶かして切り抜き、スクリュージャッキを当てた。そして、展示台が乗っている床の石畳ごと、エレベーターのように下へ降ろした……! ジョワユーズを回収した後、再びジャッキで床を押し上げ、石膏で隙間を塞いで元通りに偽装したのです!」


「なんて大胆な……!」

 アーサーが戦慄したように呟く。


「しかし、金庫室の真下に潜り込むなんて……どうやって? ここは地下三十メートルですよ!」

 ランバル夫人が青ざめると、ルイがギリッと奥歯を噛み締めた。


「……あるんだ。このベルサイユの地下深くには、広大な空間が」


「え?」


「アントワネット、覚えているかい? 君がサウナを作った時、宮殿の悪臭と汚物を処理するために、僕が『下水道ネットワーク』を設計して地下に掘らせただろう?」


「……あ!」


「あの下水道の管のひとつが、まさにこの宝物庫の真下の地層を通っているんだ! 犯人は僕の設計図をどこかで入手し、下水道から宝物庫の真下へとピンポイントでトンネルを掘ってアプローチしたんだよ!!」


 ルイの解説に、宝物庫の中は水を打ったような静寂に包まれた。


 王妃が推進した衛生革命。そして王が設計したインフラ。


 皮肉にも、私たちがベルサイユを清潔で豊かにするために築き上げたその「下水道」が、難攻不落の密室を破るための巨大な侵入ルートとして利用されてしまったのだ。


「でも、どうして犯人はジョワユーズだけを盗んだの? 金塊の山には目もくれず、わざわざあんな大掛かりな土木工事までして……」


 私の疑問に、ルイはひどく青ざめた顔で重々しく口を開いた。


「……あの剣が、ただの宝飾品ではないからだよ」


「ルイ?どういうこと?」


「歴代のフランス国王にのみ、口伝で受け継がれてきた『太陽王の秘密』がある。……アントワネット、僕たちは産業革命を起こし、蒸気機関と石炭で国を豊かにした。だが、太陽王ルイ14世は、百年以上前にすでに『その先』を見ていたんだ」


「その先、ですって……?」


「……すまない、今はこれ以上言えない。あまりにも荒唐無稽で、かつ恐ろしすぎる話だからね。ジョワユーズを無事に取り戻すまでは、僕自身の口に出すことすら躊躇われる」


 ルイは額に冷や汗を滲ませながら、拳を強く握りしめた。


「ただ一つだけ言えるのは……もしあの剣に隠された秘密が明るみに出れば僕たちが築き上げた産業の優位性など、一瞬で塵に還る。世界のパワーバランスそのものを、根底からひっくり返すほどの『力』なんだ」


 ——ッ!!


 宝物庫に、背筋の凍るような戦慄が走った。

「科学を『魔法』と偽り、大掛かりな舞台装置でヨーロッパの王侯貴族を騙し続けてきた大ペテン師。彼ならば、太陽王の伝承から、その『力』の真の価値を嗅ぎ付けていても不思議ではありません」


 ナポレオンが、殺気を孕んだ低い声で言った。

「希代の詐欺師……アレッサンドロ・ディ・カリオストロ伯爵!」


「マリー、猶予はありません。何が封印されていようと、奴の手に渡れば破滅は必至だ。一刻も早く取り戻さねば!」


「絶対に逃がさないわ!!」

 私はバンッ! と壁を叩き、アーサーを見た。


「アーサー! 下水道の出口から、犯人の足取りは追える!?」


「ハッ! 既に部下に調査させておりました。下水道の最終排出口があるセーヌ川の支流付近に、泥にまみれた馬車の轍が残っていました。北東のサンリス街道へ向けて猛スピードで逃走中と思われます。……逃走から約数時間。今すぐ『マリー・エクスプレス号』で追撃すれば、国境を越えられる前に必ず捕捉できます!」


「行くわよ、ルイ、ナポレオン、アーサー! 太陽王の遺産を、エセ魔術師の金儲けの道具にされてたまるか!!」


 私は踵を返し、足早に宝物庫を後にしようとした。


 その背中にランバル夫人が声をかける。

「アントワネット様! どうかお気をつけて! ベルサイユのことは私にお任せください。この騒ぎは、私が責任を持って抑え込んでみせます!」


「頼んだわよ、私の最高の右腕!」

 私は力強く頷き返し、そのまま螺旋階段を駆け上がった。


 エントランスには、超高速馬車『マリー・エクスプレス号』が待機していた。アーサーが素早く御者台に飛び乗って手綱を握ると、繋がれた屈強な八頭立ての駿馬たちが、出陣を待ちわびたように荒々しくいななきを上げる。


「行くぞ! ハイーッ!!」


 空を裂くアーサーの鞭の音を合図に、ルイが開発したボールベアリング搭載の巨大な車輪が石畳を激しく蹴り上げた。


 特殊鋼のコイルスプリングが金属音を立てて衝撃を吸収し、馬車は猛スピードで、ベルサイユ宮殿の正門を弾丸のように駆け抜けていく。


(……史実では、首飾り事件にも関与し、私を破滅の淵へと追いやった因縁の男。カリオストロ伯爵)


 私は、激しく揺れる馬車の中で、拳を強く握り締めた。


(あなたが科学を「人を騙す魔法」として使い、フランスの未来を盗むというなら。私たちは科学を「人を幸せにする魔法」として、真っ向から叩き潰してあげるわ!)


 マリー・アントワネット、26歳。

 彼女の生存戦略は、18世紀最大のオカルト詐欺師との、「頭脳と科学の総力戦」へと、猛烈なスピードで突入していくのであった。

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