表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第11話 ベルサイユ・ワークウェア・コレクション

 フェルセンという歴史的特大フラグを、熱々のチーズグラタンの暴力的なシズル感で鮮やかに追い払ってから数日後。


 私の「断頭台ギロチン回避のための農業・健康サバイバル計画」は、順調に畑の面積を拡大していた。


 ……だが、ここにきて、私の前に「物理的」かつ「致命的」な巨大な壁が立ちはだかっていた。


「……重い。重すぎる。そして、絶望的に動きにくいわ!!」


 私は広大なジャガイモ菜園のど真ん中で、泥まみれになったモスリンのドレスの裾を両手でわし掴みにしながら、青空に向かって悲痛な叫びを上げた。


 いくら装飾を削ぎ落として「質素なドレス」にしたとはいえ、当時の王族女性の衣服構造は、根本的に農作業など一ミリも想定されていない。


 肋骨が軋むほどキツく締め上げられたコルセットのせいで、クワを振り下ろすたびに酸欠で目の前がチカチカする。さらに最悪なのが、腰からふわりと広がるように設計された長いスカートの裾だ。


 土寄せのためにしゃがむたび、引きずった裾がスポンジのように畑の泥と水分をダイソン級の吸引力で吸い上げ、体感重量は優に数十キロを超えていた。


(これじゃダメだわ。腰が死ぬ! ギロチンの前に、極度の筋肉痛とコルセットによる内臓圧迫で私の命が尽きてしまう!! 第一、こんな重装備のドレスを着ていたら、もし暴徒が宮殿に押し入ってきた時、全力ダッシュで逃げ切れないじゃない!)


「お、王妃様! またそのような、はしたない格好で土にまみれて……! ああっ、お顔に泥が飛んでおりますわ!」


 お付きのランバル夫人が、日傘を差しながら半泣きで嘆いているが、背に腹は代えられない。私の細い首を守るためには、まずは私の「腰」と「機動力」を守らなければならないのだ。


「ランバル。こうなったら、新しい発明よ。……このベルサイユに、そしてフランスのファッション史に、革命を起こすわ!」


 私はクワを放り投げると、すぐさま宮殿にとんぼ返りし、あの伝説のファッション・デザイナー、ローズ・ベルタンを私室に呼びつけた。


 かつて「高さ1メートルの小鳥の巣ヘア」を提案してきた彼女は、「ファッションの大臣」とも呼ばれる宮廷のトップ・クリエイターだ。


 最近の私が徹底的な節約思考に走り、全く新作ドレスを注文していなかったため、彼女は私の突然の呼び出しに「ついに王妃様が正気に戻られ、特大の新作ドレスと宝石のご注文ですね!」と、目をギラギラと輝かせてやってきた。


「お待ちしておりましたわ、王妃様! さあ、今シーズンはどのようなシルクを使いましょうか? 金糸の刺繍をふんだんにあしらった、裾幅3メートルのパニエなど……」


「……違うわ、ベルタン。私が今日あなたに注文したいのは、ドレスではないの」


「え? ……ドレスではない、と仰いますと?」


 私は、前世の記憶から引っ張り出したデザイン画を、バンッ! とテーブルに叩きつけた。


「私が欲しいのは、これよ。膝下までの丈で、裾が右足と左足で二つに割れていて、しゃがんでも破れない丈夫な布地を使った……そうね、『サロペット』的なものを作ってちょうだい」


「サロ、……なんですって? 裾が……割れている!?」


 ベルタンは私のスケッチを覗き込み、次の瞬間、まるで雷に打たれたように両手で顔を覆った。


「そ、それはまるで、下層階級の殿方や水夫たちが穿く『キュロット』ではありませんか!! 女性が、しかも一国の王妃様が、足を二股に分けて布を通すなど、神への冒涜! 淑女の風上にも置けません! 私はそのような下品な布の塊を作るために、針を持ったわけではございません!!」


 ベルタンが今にも卒倒しそうになる。当時の常識からすれば、女性がズボンを穿くなど「社会秩序の崩壊」を意味する大スキャンダルなのだ。

だが、私は彼女の震える両肩をガシッと力強く掴んだ。


「いいこと、ベルタン。よく聞いて。これからフランスの女性たちは、飾られるだけの人形を卒業して、自らの足で歩き、働き、畑へ出る時代が来るの。そして、美しく働くのよ! あなたは『美しさ』と『機能性』は両立できないと言うの?」


「機能、性……?」


「そう! 締め付けるコルセットを捨て、深呼吸ができる解放感。しゃがんでも裾が泥につかない機動力。……現代に『デニム』という神の布がまだ存在しないのは悔やまれるけれど、船の帆に使うような丈夫なキャンバス地や上質なリネンでいいわ。そこに、野暮ったくならないよう、あなたの天才的なセンスで『可憐なジャガイモの花の刺繍』をあしらってちょうだい!」


 私はさらに、前世で女性たちが常に抱えていた不満——「服の利便性」という最強のカードを切った。


「そして最も重要なのがこれよ。『ポケット』! 腰の左右に、クワの替え刃や種芋、ちょっとした工具をサッと入れられる、深く大きくて実用的なポケットをいくつも付けるのよ! これぞ、新しい『美』の創造、いや、女性の解放よ!!」


 最初は「絶対に無理です!」と拒絶していたベルタンだったが、「新しい美の創造」「女性の解放」「天才的なセンス」という私の怒涛の煽り文句と熱量に当てられ、次第にクリエイターとしての血が激しく騒ぎ始めたようだった。


「……女性の、解放。労働する者のための、機能的かつエレガントなシルエット。そして、ポケット……!」


 彼女の瞳の奥に、猛烈なインスピレーションの炎が灯る。


「……王妃様。キャンバス地では肌擦れを起こします。最高級の厚手のリネンを使い、泥汚れが目立たず、かつ高貴さを失わないインディゴブルーに染め上げましょう。そして刺繍は金糸で……ええ、ええ! 見えてきましたわ! 全く新しい時代の『モード』が!!」


 数日後──。


 ベルサイユ宮殿の豪華絢爛な「鏡の間」

 そこはさながら、世界初の「パリ・ワークウェア・コレクション」のランウェイと化していた。


「……あ、アレは何だ!?」

「王妃様が……王妃様が、ズボンを穿いていらっしゃるぞ!!」


 両脇に並ぶ貴族たちが、目玉がこぼれ落ちそうなほど驚愕し、扇子を取り落として腰を抜かしている。


 だが、その視線のど真ん中を、私は最高に晴れやかな気分で、大股でスタスタと闊歩かっぽしていた。


 足にまとわりつく重いスカートはない。息を止めるコルセットもない。

 膝丈のゆったりとしたインディゴブルーのパンツスタイル。白いブラウスの上から肩紐で吊るされたその服は、動きやすさを極めつつも、ベルタンの神業カッティングによって驚くほど洗練されたシルエットを描いていた。


 腰には頑丈な革ベルトが巻かれ、深いポケットには愛用の軍手が突っ込まれている。


(最高!! なにこれ、めちゃくちゃ息が吸えるし、足が軽い! 今なら100メートル走で自己ベストを出せる気がするわ!!)


 私は嬉しさのあまり、ランウェイの途中でピョン! と軽くジャンプし、足を高々と蹴り上げるハイキックのポーズまで披露してみせた。

 貴族女性たちが「ヒィィッ!」と悲鳴を上げるが、知ったことではない。


 その夜。

 一日の農作業を終え、泥を落としたピカピカのサロペット姿で夕食の席についた私を見て、夫であるルイ16世が目を丸くした。


「アントワネット……! その服は一体なんだい!? いや、ドレスのデザインがどうこうという次元の話じゃない。君のその腰の左右についている『袋状の構造物ポケット』……! それはもしや、何か物を収納するための画期的なシステムなのか!?」


 さすがは生粋の理系オタクの国王である。彼は「女性がズボンを穿いている」という社会的タブーなど一瞬でスルーし、服の「機能的構造」にのみ猛烈な反応を示したのだ。


「ええ、陛下。これは『ポケット』と申しまして、農機具や小物を両手を使わずに持ち運べる素晴らしい空間ですのよ。ほら、この通り」

 私がポケットからポンッとジャガイモを取り出して見せると、ルイは「おおおっ!」と感極まった声を上げた。


「素晴らしい……! 実に合理的だ! 僕の宮廷服は飾りが多くて、いつも新しい錠前の部品や真鍮のネジを持ち歩くのに苦労していたんだ。これなら、右のポケットにシリンダー、左のポケットにヤスリを入れられるじゃないか! アントワネット、僕にもすぐに同じものを一着、作ってもらえないだろうか!?」


「ふふっ、ええ、もちろんよ! ペアルックで畑に出て、一緒に錠前を作りましょう、陛下!」


 こうして、国王夫妻がこぞってサロペットを愛用し始めたというニュースは、翌日にはパリの街角にまで届いた。


「おい、聞いたか? 王妃様が、アタイらみたいに動きやすい服を着て畑に出てるらしいぞ!」


「しかも、荷物が入る魔法のポケットがいっぱい付いてるんだと! アタイら市場で働く女にも絶対便利じゃないか!」


 結果として、「王妃様と同じ機能的なズボンを穿きたい」「ポケットが欲しい」という市場の女たちが続出。


 パリの街で、女性用の作業服が「最先端の流行モード」であり「自由の象徴」として爆発的に広まり始めたのである。


贅沢を削るために始めた農作業から、まさかの新しい「産業アパレル」と「文化」まで作り始めてしまった私。


(……ふふん、これで機動力も完璧よ。もし史実通りに革命の暴動が起きたとしても、このサロペットとスニーカー的な靴さえあれば、重いドレスで足を取られることもなく、全力疾走で馬車まで逃げ切れるわ!!)


 マリー・アントワネット、18歳。

 歴史上初めて女性に「パンツスタイル」と「実用的なポケット」を流行させた王妃として、その名を農業史だけに留まらず、ファッション史の常識までをも根底からひっくり返そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ