34 昼食は三人で
北の館に戻ると、マルスは昼食の仕度を完璧に整えていた。ただ一つ予想外だったのは。昼食のテーブルに何故かサッシャが座っていたことだった。
「ユリウス様、北の魔女ヴェーヌ様、ごきげんよう」
椅子からさっと立ち上がり、サッシャは美しい礼をした。
「ああ、よくいらした」
ホワイエ侯爵邸の扉はやっぱり閉めようかと、ヴェーヌはぼんやり思う。
「昼食は召し上がったか」
ヴェーヌは、サッシャと一緒に食事をしたいわけではなかったが、とりあえず聞いてみる。
「いいえ。お恥ずかしい限りですが、朝方から所用があり、まだにございます」
予め、マルスがサッシャに訊ねたのだろう。テーブルには三人分の食事が並んでいるのだから、勧めないわけにはいかない。
「パーリッシュ夫人、よろしければ、ご一緒に昼食はいかがですか」
ユリウスがサッシャを誘った。
「昼食にお誘い頂き、光栄です。謹んでご一緒させて頂きますわ。でも、まだパーリッシュではありませんの」
「結婚の申し込みは受けたのだろう?」
ヴェーヌが、内心焦って確認する。まさか、また、ユリウスを追ってきたわけではないだろう。
「ええ、承諾しましたわ。それで、幾つかのお願いと確認があって、こちらに来ましたの」
サッシャは、慎み深い笑顔をつくる。柔らかく花が揺れるようだ。
「食べながらで、構わないか?」
言いながら、ヴェーヌは自分の席につく。当たり前のように、隣にユリウスが座った。
サッシャは、二人の距離感と漂う雰囲気を察し、小さく微笑み、二人の向かいに座った。
朝と同様、昼食も簡素だ。サラダにスープにパンに果物。各々の皿に「盛りすぎでは?」と思うほどたっぷりとミモザサラダがよそわれている。なめらかに白いじゃがいもを濾したスープとガーリックオイルの香りが鼻をくすぐるバゲット。果物は葡萄が用意されていた。
示し合わせたわけではないが、三人が揃って最初にミモザサラダに手をつけた。食べ終わらないのでは?と心配になるほどサッシャの一口は小さい。
「お二人は、ご婚約されていると伺いましたわ。ご結婚されたら、ホワイエ侯爵邸に住まわれますか」
さっき結婚したが、さすがに言うのは躊躇われた。ヴェーヌはユリウスの答えを待つ。
「わたし達は、北の館に住むよ」
ユリウスが当たり前というように笑顔で答えた。
「ホワイエ侯爵邸と爵位、それに領地はどうされますか」
ユリウスの笑顔に頬を染めながらも、優雅にスープを口に運びながらサッシャが訊ねた。ユリウスは手も止めず、その長く美しい指でバゲットを千切り、口に運びながら答える。
「そのためにアイズ・パーリッシュに任せたのですよ。邸も爵位も領地もアイズのものです。その話は、国王陛下にも伝え、書類も揃え、提出済みです。これからは、アイズと共にホワイエ領をよろしく頼みます」
ユリウスの答えを聞くと、サッシャは食事の手を初めて止めて、ゆっくりと丁寧にユリウスに訊ねた。
「ルゼ様は、どうされますか?」
「ルゼ?ルゼがどうかしましたか?」
真面目に問うサッシャに、ユリウスも手を止めて聞き返す。
「ルディウス王子の乳母として、身分が問われますわ。ユリウス様が爵位を手放しますと、ルゼ様も…」
爵位を辞退したユリウスは平民だ。ルゼを貴族にするには、どこかに養子に入らなければならない。
「わたしとしては、名前だけでも新しいホワイエ侯爵家の一員に入れて貰えたらと思いますが…ルゼと話し合う必要がありそうですね」
「そうして頂けると助かります。わたくしとアイズは、結婚後は王都のホワイエ邸に住うか、他に屋敷を借りるか迷っているのです。領地の屋敷もありますが、アイズは宮仕えなので王都を離れては不便です。でも、ルゼ様が新しいホワイエ侯爵家に入れば、ルゼ様がご成婚のあかつきには、ホワイエ邸を含め、全財産をお返ししたいと考えていますの。あと5年もしないうちにルゼ様もご結婚されるでしょう」
「そうしたら、お前達の老後の住まいはどうなる?」
大雑把なヴェーヌは、住む所なんて何とでもなると思うが、サッシャは違うだろう。実家より婚家のハウンゼン侯爵家で過ごした時間の方が長いサッシャが、今度はパーリッシュ伯爵家の何の財産も持たない文官の三男に嫁ぐのだ。せっかく手に入れたホワイエ侯爵家の財産を全てルゼに譲れば、手元には何も残らない。
「ご心配には及びませんわ。アイズは、蓄えはありませんが贅沢はしませんし、わたくしは、息子に跡を継がせたときに、ハウンゼンの小さな領地を一つ頂いていますの。アイズが引退するときには、そちらに隠居いたしますわ」
逞しい。心底そう思い、ヴェーヌは口に出しそうになるが、貴婦人を讃える言葉としてはばかられる。
「ユリウス、ルゼに会いに行くか?」
話の流れから、当然のように出た言葉だったが、ユリウスは冷静に返した。
「一週間の休暇は?」
ヴェーヌは、ユリウスの言葉にはっとする。そうだった。休暇中だ。しかも、休暇は始まったばかりだ。
「休暇中だったのですか?それは、失礼を致しました」
サッシャが申し訳なさそうに立ち上がる。
「いや、いい。座れ」
ヴェーヌが引き止めた。
「幸い、城にはウーヌス達がいる。あいつらを介してルゼと話せるだろう」
「ウーヌスとは、どなたのことですの?」
座り直したサッシャが問うた。
「夫人とルディウス王子を拐かした大ガラスの名ですよ」
ユリウスが丁寧に答えた。
「ああ、あの、駒鳥に変化した大ガラスですか。あの大ガラスが人の言葉を話すのですか?」
サッシャは、一昨日の明け方に自分がしがみついた大きなカラスの記憶を辿った。
「いや、あいつらの言葉はカアカアとしか聞こえない。あいつらの口から、わたしの声を聴かせるんだ」
だが、駒鳥の姿のままでは声が小さすぎる。大ガラスに戻すと、城の者が怖がるだろう。普通のカラスでは、どうか?ヴェーヌは、考えながら、ふと疑問に思ったことを口にした。
「あいつらは、何故、駒鳥になったんだ?」
「小鳥になるのが、ウーヌスとドゥオとトリアの夢だったのかな?わたしが祝福をしたら、小さくなってしまったよ」
「じゃあ、わたしの魔法で姿を変えるのは、難しいか…」
食い意地の張っているヴェーヌの食事の手が止まった。魔法のことを考え始めると、マルスの素晴らしく美味しい食事も、ヴェーヌを振り向かせることは出来ない。
「大丈夫だよ。ヴェーヌの魔法で出来ないことなんてない」
ユリウスが当たり前のように言う。
「お城にいる者に、ここから魔法をかけられるのですか?」
サッシャが驚く。
「あいつらは、わたしの使い魔だからな。どこにいようと、わたしの魔法とは繋がるんだ」
相変わらず、サッシャはちまちまとミモザサラダを口に運んでいる。ペースダウンしたユリウスは、どうやらサッシャに気を遣っているようだ。ヴェーヌは、サラダもパンもスープもきれいに素早く平らげて、最後の枇杷に辿り着いていた。ヴェーヌは、各々の食事の進み具合を見て言った。
「食事が終わったら、ウーヌスに呼び掛けてルゼと話しが出来るようにしよう」
いつもなら一口で枇杷を平らげるヴェーヌが、フォークに刺した枇杷をじっと見つめ、時間を稼ぐように端を少し齧った。




