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月光・・・いつだって私たちはその優しさに気づかない⑥

 空気を入れ替えるために窓を開けた。

 エアコンはつけたままだ。


 布団を畳んでカバーをかけ、モップでテレビまわりとカラーボックスに上の埃をはらう。

 雑巾を絞って畳に雑巾をかける。

 一日おきにこの工程を行うから対してほとんど埃もつもっていないし、雑巾の後ろも汚れなかった。


 六畳の部屋には物が少ない。

 テレビとそれに向かい合わすように置かれたソファ、大きめのテーブル、細々としたものを入れる三段    のカラーボックス。一組の布団と観葉植物が一鉢、

 それだけだった。

 必要最低限しかない服や下着はすべて押入れの中にあった。


 小雪ちゃんの部屋とはぜんぜん違うな、とさきっきまでおじゃましていた、ファンシーショップのように物で溢れていた部屋を思い出してちょっとおかしくなる。

 掃除が大変だろうなーと思う。


 カラフルな化粧品やらアクセサリーやらキャラクターの絵柄のついた大小さまざまな小物たちは、決して埃をかぶった不潔な感じではなく整然としてそこにあった。

  いつもそんな状態に保つのはかなりの労力と時間を要する。


 それだけで私と小雪ちゃんは生きる力が違うような気がした。

 10分もしないで終わってしまうようなこの六畳が私のキャパだ。

 ややものが多い3畳のキッチンさえ一度に掃除する気がしなくて、いつものように明日にまわすことにする。


 窓を閉めて今度はスポードリンクを飲むために台所に向かった。

 食費は切り詰めても、何種類かの飲み物は切らさないようにしている。

 冷蔵庫を開けるとお祭りで売っているようなビー玉が入ったラムネの瓶を見つけた。


 2、3日前、夕方の散歩で町内をグルグルまわっているときに安売りスーパーの店頭で見つけたものだ。アルバイトのない日は夕暮れ時できるだけ歩くのを日課としていた。

 区の体育館にはジムもプールもあるけど、どうしても行く気力がない。


 ラムネの値段は50円ぐらいで、瓶代を考えたら相当体に悪い液体なんじゃないかと思ったけど、1本ぐらいならいいかと買ってきたものだった。


 シンクでビー玉を箸の頭で突いて、泡が収まったところでソファに移動した。

 夏祭りのイメージがなくても、ビー玉の入ったラムネは夏を代表するする飲み物だと思う。

 ラムネはよく冷えていて美味しかった。


 そういえば和彦と江の島の商店街でこんなラムネを買って飲んだっけ。


 本当に数年ぶりにその記憶を思い出した。


 大学に入学した年、和彦と知り合って間もない頃だった。

 いきさつは忘れたけど、和彦と二人で鎌倉に行こうという話しになって江の島まで足を延ばしたのだ。

 私はサークルの友人にそのことを言ったのだろうか?

 もう何年も前のことなので忘れてしまった。


 とにかく、その前も後もサークル内で私たちが噂になることはなかった。


 いくつかの大学が集まって作られたボランティアのサークルでは、もちろんいくつかカップルはできし、みんなそんな話題が好きだったはずなのに、今思えば不思議な気がした。



  誰にでも最高の夏はあると思う。


 私にとって和彦と鎌倉と江の島に出かけたその日がこれまでの人生で完璧な最高な夏だった。


 撮った写真には二人とも薄手の上着を着ていたから、夏と言っても9月に入っていたかもしれない。もしくは夏と言っても近年のような殺人的な夏ではなく涼しい日があったかもしれない。

 いずれにしても3年生になったらみんなと同じようにリクルートスーツを着て就職活動をし、袴をレンタルしてみんなと卒業写真を撮るのだ、と信じて疑わなかった大学一年生の夏だった。

 

 私はその日、ずっと気持ちが満ち足りでいたのを覚えている。

 なぜって、好きでたまらない男性とデートしているわけでもないのにこの気持ちはなんだろう、て自分が不思議だったからだ。


 天気が良かったけど暑すぎるということはなくて、風が気持ちよくて、海は青くキラキラしていて、途中で食べたシーフードスパゲッティがとても美味しくて店員は愛想がよかった。

 そして、夕暮れに浜辺にいる人たちは誰もが幸せそうだった。


 私と和彦は、こっちの道に行こうとか、ここらでお茶しようとか、このお寺さんよりこっちだね、なんて意見が完璧に合っていて1ミリも争うことはなかった。


 日頃和彦は理屈っぽくて、私も自分の意見を言わないと気がすまない方だったから、言い争うこともしばしばだった。

 今日はちょっといつもと違うな、と思った記憶がある。


 和彦が合わせてくれている、とも思えなかった。

 あれは何の偶然だったのか?


 でも、景色が素晴らしくて、食べ物が美味しくて、まわりの人はみんないい人で、友人とも仲良くできるそんな完璧な一日が一生のうちにはあるのかもしれない。


 そんな宝物を抱いて人は生きていくのかもしれない。


 と、ぼんやりソファでして思っていると、テーブルの上に置いてあった携帯電話が振動しているのに気がついた。

セールスの電話かな

 そう思い、私はしぶしぶという感じで画面を見た。


 




 


 




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