月光・・・いつだって私たちはその優しさに気づかない⑩
その夜は眠れるわけなどなかった。
混乱する群衆と逃げ惑う人々、叫び声、サイレンの音、駆け付ける救急隊員と警察官。
ウトウトするとそんな光景が目の前に浮かび目が冴えてしまう。
銃を乱射する犯人を取り抑えるまでさほど時間はかからなかったというのはネットニューースで知った。
実際に目にしたわけじゃないのに、その悲惨すぎる光景を想像しては頭から離れなかった。
銃で撃たれ横たわる和彦とそれを見守るまわりの人たち。
酸素マスクをつけられ救急車で搬送される和彦。
手術を受ける和彦。
どんなにか怖くて痛かったことだろう。
いや、一瞬のことで何が起こったかよく理解できずに「悔しい」思いが一番だったかもしれない。
事件の起こったのは3日前。
時差の関係ではっきりしないけど、2、3日は生死の境をさまよったのかもしれない。
和彦との再会は冴子には言わなかった。
言葉にするとそのことがオカルトチックな低俗なものになってしまい、和彦に悪いような気がしたからだ。
でもそういうときの魂って、”どこでもドア”を通ってワープできるんだな、
なんて不謹慎なことを考えてしまったのも事実だ。「命の危機は脱した」という冴子の言葉に安心したせいかもしれないが、そう考えてしまった自分にちょっと幻滅した。
あの晩の私は(今日はいろいろなことがあったので、もうずいぶん前のことのように思える)まさか生死と戦っている和彦の幻影?なんて思いもしなかったから、2年前までそうしていたように軽口をたたき、いろいろなことをグチってしまった。
「冷静に考えたらさ、出版社なんていつ倒産するかわからないのに、まさか自分の身に起こるなんて思いもしなくて、ただがむしゃらに働いていたな」とかなんとか。
そんな言葉を和彦は「エマらしいよ」と受けて止めていてくれた。
いつもより悲しそうな顔が気になったけど、ちょっと疲れているだけなんだと思ったりもした。
助かって本当に良かった。
もしあのまま命を落とすことになってしまったら、和彦のあの悲しそうな表情が最後になってしまう。
それはあまりにも気の毒で私だってつらい。
誰よりも賢くてストイックな和彦には努力が実を結ぶ将来が来て欲しいと思った。
それにしても本当に大丈夫なんだかろうか?
急変なんてないよね?
まぁ、冴子たちも心配だけど和彦の留学仲間からの連絡を待つと言っていたし、大丈夫なはずだ。
それにリアルの和彦ではない方だったにせよ、また電話をくれると言っていたのだから・・・
和彦はきっと電話をくれる、それは確信だった。
そう思えると安心し、朝方やっと眠りについた。
翌日は精神的な疲れが体まで影響を及ぼしたのか全身の倦怠感が半端なかった。知恵熱を出さなかったのがまだマシだ。
それでも夕方から日雇いで行く予定の、ホテルの宴会場スタッフの仕事はどうにか行くことができた。
それから二日続けてスーパーのレジの仕事。
私が携帯アプリで見つける日雇いの仕事は距離が優先だった。どんなに自給がよくても遠くの仕事は行きたくない。乗り換えを想像するだけでドッと疲れた
そんなわけで、近場のホテルとスーパーの仕事が見つかったから、いつになく三日連続で働くことにしたのだ。
さすがにその次は休み。
ずっと和彦の容態が気になるが、冴子からも和彦からも連絡はなかった。
和彦のラインIDを冴子から教えてもらっていたのでこちらから連絡しようかとも思ったが、集中治療室とかに入っていそうでためらわれた。
万が一容態が悪くなったら連絡くれるはず。それがないことは心配いらないってことだろう、と思ったが気が気ではない。
こんなにも私は和彦を心配する人間だということを自覚した。潜在意識の中に隠されて見えなかっただけかもしれないしそうでないかもしれない。
よくわからなかった。
しかし、ずっと私をいつも気にかけてくれていた人がいたんだ、と気がついて気持ちが暖かくなったのは事実だ。
少しでも私の中にあるいいところをわかってくれて、何より死ぬかもしれないときに、最後に顔を見たいと思ってくれるなんてすごいことなんじゃないか。
もしかしたら最後に行きたいのが日本の居酒屋で、よく飲みに行っていた私はおまけ?なんていう線もあり得るかもしれないと思ったがそれでもいいと思った。
空っぽだと思っていた私の中にほんのりと灯りが灯ったような気がした。
それは湿気の多い日の月のようで、頼りなくおぼろげな光ではあったが私を内側から照らしてくれる気がした。
それからレストランの洗い場の仕事が二日続いた。
連絡はまだない。
でも私の中でほんの少し変化が出てきた。
少し前までは目覚めても布団から出るのが面倒で、でもひきこもりになっても誰も助けてはくれないから起き出してアルバイトに行かなければならなかったわけだけど、スンナリ起きれるようになり、働くのがそれほど苦ではなくなってきた。
つまらない、面倒だ、早く帰ってダラダラしたい、こんな気持ちで支配されていた私が少しずつ変わっていける気がした。エネルギーをくれるのはまちがいなく私の中にある淡い月の光だった。
その光が消えないちに和彦からの連絡が欲しいと切に願った。




