58 S級冒険者イディール
「まずは謝罪させてほしい、我々の勝手な事情にキミを巻き込んでしまった」
話をするとはなったが、場所は特に移動せず冒険拠点のド真ん中で会話が繰り広げられる。
野次馬に集まった一般冒険者たちの見守る中。
衆人環視によって話の内容を公共化することを狙っているのか。
「白状すると、あのサンザンホーをこちらへ送り込んだのは私たちだ。新しく、優良な冒険エリアがあると誘い出して。ここまでも我々の手で案内してやった」
そうでしょうねえ。
『イデオニール大樹海』の奥にあるここ冒険拠点は、もはや生半可な冒険者では辿りつけないほど奥深くにある。
広大な樹海内にポツンとある拠点を探し当てることすら上級冒険者でも難しいというのに
もっとも確実な到達方法は、ウチで放し飼いにしている虎やオオカミたちにおやつを上げる約束で連れてきてもらうこと。
とはいえヤツらも野生動物なので悪意には敏感だ。
乱暴者や悪だくみする者を招き入れることはけっしてない。
「ウチとしては大変迷惑です。本来ここまで来れるはずもないクズを招き入れた意図は何です?」
「ヤツの本性を暴き立てるためだ。ヤツが所属しているギルド支部の不正は、前々から取り沙汰されていたものの決定的な証拠が見つからなかった」
そこで人里離れたこんな場所でなら油断して馬脚を露すと?
ナイスアイデアかもしれないが、それで迷惑をこうむるのはこちらなんだけど?
「ヤツが引き起こす被害については心配していなかった。キミが必ず押さえこんでくれるだろうと。……彼のアドバイスでね」
そう言ってギルド理事が視線で示すのは、俺もよく知るギルド職員のオッサンだ。
彼は今、意識を失っている無法者を縄で縛って拘束する作業中。
「ゴゾルデくんのことは、彼が現役冒険者だった頃から知っている、心から信頼できる相手だ。その彼が太鼓判を押して受け合うのだから私も間違いないと思えた。キミがすべてを丸く収めてくれると」
ゴゾルデ……ああ、あのオッサンの名前か。
あるよね役職名とか呼び続けて本名が頭に入ってこないこと。オッサンは役職かよ、と。
つまりこの人たちがあのアホを連れて来てくれたおかげで大迷惑。
何してくれとんのじゃと思う一方で、この理事さんはオッサンと共に、あのアホという荷物を抱えてここまで自力で来たという事実に思い当たる。
こんな危険地帯の奥底まで、自分の脚だけで?
相当な実力者ということではないか?
「キミのお陰で周囲に余計な被害を出さずに、ミーフン街が行う不正に確信を持つことができた。……そしてもう一つの事柄にも」
「もう一つ?」
「現行、冒険者ギルドにはもう一つの重大な案件があってね。ある一人の実力者に、最高の等級を預けるかどうかの議題を……」
「ん?」
その語り口に、何やら思い当たる節が……!?
「イディールくんといったね? キミは随分と面倒な輩たちに目をつけられているようじゃないか。本来ならキミほどの強さを持つなら早々にS級冒険者に列せられてしかるべきだが、おかげで議論は遅々として進まない」
どうやら思った通りの話の流れになるようだ。
俺が、S級もしくはA級の上位冒険者になるとかならないとかの話で、俺を退学処分にした騎士学校の妨害工作が凄まじいとか何とか。
元々この冒険拠点を築こうとなったきっかけも騎士学校の妨害を乗り越えて俺をS級にしようという意図からであったし……。
……俺自身はそこまで切望した覚えもないんだけれど……。
とにかくいつかはその話が出てくると心の準備をしてきたが……。
今?
「『イデオニール大樹海』は、人類にとって大いなる謎を孕みし大秘境。その奥へと進む橋頭保を築き上げたキミは、たしかなる偉業を打ち立てた英雄と言っていい。あの不正昇格など果たしたサンザンホーとは違う、本物の強者だ」
「はあ……?」
「だからそれに相応しい称号を与えるのは、冒険者を支援する我らギルドの務めではあるが、これまで部外者の横やりで思うように進まなかった。しかし今こそ、断じて進むべき時がきたと感じている」
そうですか。
よくわかりません。
「リジートさん、もういい加減思い悩む時期は過ぎたと思いますがね、オレは」
「ゴゾルデくん……」
「イディールは、オレがスカウトしてここまで見守ってきました。コイツに資格があることはオレが誰より信じています」
『わたくしの方が信じています!』とコレーヌが物言いしてきたが、今は黙っておこう。
「大樹海における深度更新地点に新しい冒険拠点を築き上げた実績は、もう誰であろうと文句のつけられないS級昇格の根拠です。そしてイディールの実力そのものも、今その目で確認されたでしょう?」
「うむ……」
話が見えてきた。
つまり今回、あの不正冒険者をけしかけた目的は、不正冒険者自身を暴き立てるだけでなく、それを叩き潰した俺の実力を確認する意図もあったってことだ。
一石二鳥と呼べるだろうが……!
「もちろん断りもなくキミを巻き込んだことは無礼だった。だからその詫びも兼ねて、我々が差し出すことのできる最高のものを差し出すことにしよう」
「それはやっぱり……!?」
「うむ……」
冒険者ギルド一等理事、すなわち偉い人。
その口から高らかに宣言される。
「冒険者イディールのS級昇格を、ここに決定する」
それと同時に、周囲から大歓声が響き渡った。
野次馬に集まった一般冒険者たちのものだ。
「ええええええ? えッ? えッ?」
対する俺自身はひたすら困惑。
そもそもS級の昇格ってそんな簡単に決められるの?
最上級冒険者を決定するからこそ各支部の独断に委ねず、中央にまで申し送って裁決を仰ぐものじゃなかったの。
理事って言うぐらいなんだから他にも何人かいるんだろうし、その人たちの意見も取り入れないとでは……!?
「心配ない。キミの案件については既に充分な議論が交わされている。ここ大樹海の冒険拠点新設はかなり前から報告されているのでね」
そうっすか……。
たしかにそうだよな、完成してからもう何日も経っておるし……。
「前の動議で反対票を入れた理事も、多くが意見を翻したよ。元々貴族辺りからの圧力に従わざるを得ない者たちだったので、さすがに腹に据えかねたのだろう。もはや木っ端貴族の権力など及びもつかない大偉業、遠慮する必要もない」
「そこで最後の締めくくりに、このリジートさんが本人の資質を直に見極めて最終判断を下すって運びになったのさ。それで俺がここまで案内したってわけよ」
つまりこの人に、理事全員の決定権が委ねられているってこと?
だからここでの宣言が最終決定に……!?
「おめでとうございますマスター」
『キュピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピィイイイイイイイイイイイッッ!!』
皆も一緒になって喜ぶ。
特にスラッピィは興奮しすぎ。
「いいえ、むしろそこまで喜ぶほどのことでもありません。有能なるマスターには元から最高称号が似合いの方なのですから、不当な評価だったこれまでがおかしいのですよ」
『キュピキュピキュピッ!!』
はあ……!?
ということは何? 今度こそ俺のS級昇格決定なの?
『やっぱアレはナシになりました』みたいなことにはならずに?
「いや、この決定は冒険者ギルドのプライドと尊厳を懸けて絶対に履行しよう。そもそも前回の棄却採決も、ギルドの存在意義に関わるほどの屈辱だったのだから……!」
冒険者は本来、いかなる権力にも関わることのない無頼の徒だ。
冒険者ギルドはそんな渡世人を守護するための相互扶助団体であり、世の権力とは切り離されたところにある。
あるべきだ。
……という考え方なので、お国やら法やらの介入で無理強いされるのが何より嫌いな組織なのだ。
騎士学校は望みを通して、いらぬ怒りや恨みを買ったのは間違いない。
「ギルドといえど所詮社会に身をゆだねる浮草だからな。権力と完全に無関係ではいられない。しかし今回の顛末はあまりに情けなさ過ぎた。解決の糸口を当事者であるキミ自身から提供させてしまい心底情けなく思うよ」
「いえ、そんなお気になさらずに……!?」
「しかし正式にS級冒険者となってくれたからには、我らギルドが全力で、キミをくだらん雑事から守り抜くと誓おう。それすらできないようではギルドは存在する価値はないからね」
いや、本当にS級冒険者になってしまうんだなあ俺。
冒険者最高峰の誰もが羨み尊敬する存在に。
それでさっきのA級アホのように思い上がるつもりはないが、かつては散々『無能』『無才』『落ちこぼれ』などと罵られ続けてきた過去を思うと……感慨がなあ。
「よし、晴れてS級となったからには決めておかないといけないことがあるよなあ?」
そう言うのはギルド職員のオッサン、俺にとってはそれこそ恩人であるが、ソイツが何やらにやついて言う。
「決めるって……何を?」
「異名だよ。冒険者の代表でもあるS級であるからには、バシッとキマッたあだ名でハッタリかましてこそよ」
えええええええええええッッ!?
やだなあ異名って『漆黒の迅稲妻』とか『絶対零度の氷騎士』とか『煌めきのゴールデンプリンス』とか、キラキライタカッコいい感じのヤツでしょう!?
騎士学校でそんなのが流行っていた!?
「いや……冒険者の間での異名はもうちょっと地に足ついてるから安心しろよ。オレがな、イディールにピッタリのあだ名を考えてきてあるのよ」
そしてオッサン、自信満々に発表。
「……『樹海の主』ってのはどうだ?」
「なるほど、『イデオニール大樹海』を切り拓いて、これからその謎を解き明かそうという新進気鋭の冒険者に相応しい称号だな」
ギルド理事さんまで乗ってきて……!?
S級冒険者『樹海の主』イディール。
それが俺の、巷に響き渡る通り名となってしまった。




